170 今日は休憩日
心地よい陽気と馬車の揺れが眠気を誘う。
気を抜けばウトウトしてしまいそう。
今日も本当にいい天気。
さっきまで料理の話で盛り上がっていたフレスさんも、気がつけば着替えのつまった鞄を枕にして、すやすやと寝息を立てている。胸の上に重ねた手が呼吸をするたびに上下していた。
「チェック」
「あ……ちょっと待って」
馬車の反対の隅には男の子が二人。
サラサラの栗色ヘアと優しげな顔立ちの、ファーゼブル王国輝士見習いさんだ。
その正面に座っているのが、世にも珍しい黒髪を持つ東国の少年剣士ダイ。
ジュストくんとは対照的に軽装で、刀身が反った少し変わった剣を常に肌身離さず持っている。
二人はこの前立ち寄った町で購入した戦略ボードゲームで、繰り返し対戦して遊んでいた。
よくも飽きもせず……と思うけれど、それを言うなら、さっきからジュストくんの背中を見続けている私も似たようなものかもしれない。
マントを丸めてまくら代わりにして、本を読むふりをしながら、ちらちらと彼の様子を盗み見ている。
ちなみに、二人とも腕前は初心者。
私が混じったら手加減しても簡単に勝っちゃうので、だいぶ前から相手にしてもらえなくなった。
こう見えてゲームは得意なんだよね。
「風が出てきた……少し涼しくなりそうだな」
馬車の外から聞こえよがしな独り言が聞こえた。
風に靡く長い銀髪を押さえながら、鋭い眼で遠くの空を見詰めているビッツさん。
吟遊詩人みたいな格好をしているけれど、実はクイント国の王子様。
王子様なのに雑用を引き受けるのが好きで、ほとんどの時間、馬車の御者係を担当してくれている。
一応、御者役は交代制だけど、馬の扱いはビッツさんが断然上手い。
彼が手綱を握るときは、お馬さんも上機嫌に見える。
ちなみに私は何故か動物から嫌われるみたいで、まるっきり言うことを聞いてくれない。
楽といえば楽なんだけど少しカナシイ。
そして真っ直ぐな一本道でなぜか出発地点に戻るという離れ技をやってのけた、壊滅的方向音痴のジュストくんは、満場一致で手綱を引かせてもらえない。
新代エインシャント神国へ向ける旅が始まってから、二週間ほどが経っていた。
木々の色は秋に近づき、すこし肌寒い季節なった。
旅は何事もなく平穏に……とはいかない。
突然、不愉快な感覚が私を襲った。
上手く言えないけど、背中にぬるっとしたものを当てられたような悪寒。
この二週間ほどで慣れてきたとはいえ、気持ちいいものじゃない。
「ジュストくん、ダイっ!」
私が叫ぶと、二人は即座にゲームを中断して、傍らに置いた剣を握り締めた。
「来たよ。数は四、あっちの方角から」
馬車の右側側面、幌の向こうを指差す。
「おいビッツ、聞いたか!」
「聞こえている!」
ダイが呼びかけ、ビッツさんが馬を止める。
「フレス、起きろ!」
ジュストくんがフレスさんの肩を揺すって目を覚まさせる。
即座に彼女は跳ね起き、青い法衣の乱れを整えて状況把握に努める。
寝起きのよさが羨ましい。
「四体か、半妖型は?」
「いないよ。この前とかわらないと思う」
「よし。今回は僕たちに任せて、休憩日のルーは馬車で待っていて」
「あ、いや。私より寝起きのフレスさんの方が」
「私は大丈夫ですよ」
フレスさんが窓から顔を出し、外を確認しながら言う。
「いました。動物型が四体……キュオンですね」
犬を巨大化させて、少々グロテスクにしたような紫色の魔犬は、残存エヴィルの中ではよく見かけるタイプだ。
けれど、この怪物は野生の狼よりもずっと恐ろしく、強い。
「先に行くぜ」
指の骨を鳴らして
「二人とも」
私は両手を差し伸べる。
その手にジュストくんとビッツさんが軽く触れる。
輝力が流れていく感覚と共に、二人の周囲に
「気をつけてね」
「そう簡単にやられはしない」
「すぐに終わらせてくるよ」
二人はそれぞれ自信に満ちた笑顔と言葉を浮かべ、馬車から出て行った。
ビッツさんは不安定な場所を歩くように慎重に。
ジュストくんは飛ぶような低空飛行で。
「じゃあ、私も行って来ますね」
フレスさんは散歩にでも行くかのように軽い感じで外へ出た。
少し前までの迷いはもう完全に断ちきったみたいだ。
今回、私は休憩日。
馬車から顔を出して四人を見守った。
※
「うりゃあ!」
掛け声と共に一閃。
ダイの一撃がキュオンの両足を切り落とした。
続く連続攻撃で胴体を両断。
命を維持することができなくなったキュオンの体が霧散し、赤いエヴィルストーンが転がる。
別のキュオンがダイに迫る。
それを見て返す刀でカウンター気味に突きを放つ。
ゼファーソードの刃が魔犬の胴体に食い込んだ。
「ちっ!」
ダイが舌打ちをする。
二匹目のキュオンはまだ生きていた。
瞬間、ダイの纏う輝粒子が揺らいだ。
連続攻撃による一瞬の消失。
その隙をカバーするため、代わりにジュストくんが前に出た。
「せいっ!」
後ろに飛んで距離をとったダイと入れ替わるように、低空飛行でキュオンに接近。
一振りで首を落とし、とどめを刺す。
仲間をやられた事で怒ったのか、残り二体の魔犬が並んで雄叫びを上げた。
そして両方向からジュストくんに跳びかかる。
ジュストくんが剣を構えなおす。
と同時に、右側から迫っていた一体が吹き飛んだ。
「フッ……他愛もない」
吹き飛んだキュオンの額には小さな穴があいていた。
ビッツさんが撃った弾丸が貫いたんだ。
彼の持っている
弓矢に比べて撃つのに時間が掛かるけど、威力はとても高くて、狙い所が良ければエヴィルですら一撃で倒す。
撃ったときの反動が強すぎるのと、狙いが難しいのが欠点の扱いづらい武器だけど、ビッツさんは輝攻戦士の力と流読みで、その問題点をフォローしている。
ビッツさんはダイやジュストくんほど輝攻戦士の戦いに慣れていない。
だから彼は下手に動き回らず、遠距離からの狙撃で前衛の二人を援護する。
「
倒れたキュオンにフレスさんが追い討ちの氷の矢を浴びせる。
とある事情から高位輝術師の力を手に入れた彼女は、穏やかな性格とは裏腹に強力な術を使う。
「うわっ、危ない!」
「外れちゃいました」
……とは言っても、正式な訓練を受けていない上に、温厚な彼女はそもそも戦いに向いていない。
いま放った氷の矢も、ジュストくんのわき腹をかすめて地面に突き刺さった。
輝攻戦士だから当たってもたいしたダメージにはならないとは言え、味方に後ろから撃たれたらたまったもんじゃない。
ちなみに、フレスさんが援護するまでもなく、弾丸が命中したエヴィルは数秒後に勝手に霧散した。
「危ない!」
私は馬車の中から叫んだ。
照れながら頬を掻いているフレスさんに最後のキュオンが迫る。
即座にジュストくんがかばうように彼女の前に出る。
「
フレスさんがジュストくんに防御力増加の術をかける。
ジュストくんはキュオンの爪を剣で受け止めた。
輝粒子に加え、薄い防御膜に守られた彼はビクともしない。
さすがフレスさん、サポートの術ならお手の物だ。
ジュストくんが魔犬を押し返す。
力任せにキュオンを弾き飛ばした直後、横手からダイが踊り出た。
「終わりだ!」
バランスを失ったキュオンを躊躇なく両断する。
四体の魔犬はあっさりと全滅し、四つの赤いエヴィルストーンが後に残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。