第4章 鋼の国の吸血鬼 編 - star knights vs vampire girl -

169 ◆かわき

 街外れの森の中が、唯一の心安らぐ場所だった。


 木の上から遠くに見える時計塔を見るのが好きだった。

 わたしが生まれて間もない頃に作られた時計塔。

 それは完成してからずっと変わらない姿で、街の人々を見守ってきた。

 何年も、何十年も、何百年も。


 今は周りにも高い建物が並んで、以前ほど目立たなくなってしまった。

 だけど、わたしはこの時計塔が一番好きだった。


 わたしたちは誰の目にも触れてはいけない。

 千年近く前、ここがまだ小さな集落だったころから、ママはこの街を見守ってきた。

 ある時は人々に混じって。

 ある時は影からこっそりと。

 時計塔ができてからはそこに移り住み、街の守り神と呼ばれるようになった。


 でも、あの戦い……

 後に魔動乱と呼ばれるエヴィル異界の魔物達侵攻のせいで、わたしたちは時計塔を追われてしまった。

 わたしたちが普通の人間と違うというだけで、迫害される。

 そんな時代になってしまった。


 ある日、ママがいなくなった。

 こんな悲しいことを終わらせるために、頑張ってくるって。

 寂しかったけど、わたしは一人で街中を転々としながら暮らした。

 見た目は人間と変わらなかったから、いじめられることはなかった。

 けれど……


 やっぱりわたしは人間として生きることなんてできなかった。

 気がつけば、逃げるように街を出て、森の中で暮らすようになった。




 そんなわたしに、初めての友だちができた。

 幼い双子の姉弟だった。

 元貴族の家の子どもたちで、面倒な勉強が嫌で逃げ出してきたんだって。

 気の弱い弟、元気な姉。

 二人はなかなかのいたずらっ子。

 いつまで一緒にいても飽きなかった。

 

 姉弟はわたしが普通の人間じゃないと知っても怖がらなかった。

 これまでに見てきたいろんな話をしてあげると、夢中になって聞いてくれた。

 わたしは、初めてできた友だちと夢中になって遊んだ。

 そんな時間がいつまでも続けばいいと思った。


 でも……

 日増しに激化するエヴィルの侵攻と共に、わたしのなかに『何か』が生まれはじめた。

 それはどす黒い感情と、狂おしいまでの渇き。

 その正体がわからないまま、わたしは自分の中の何かと戦い続ける毎日を送った。

 それは、ある日とつぜん爆発するようにはじけた。


 姉弟がさらわれた。

 無防備に遊んでいる小綺麗な身なりをした姉弟に目をつけた盗賊の、身代金目当ての犯行だった。

 わたしは盗賊のアジトへ乗り込み、盗賊たちを片っ端から殺した。


 盗賊団を皆殺しにしても、姉弟の姿は見つけられなかった。

 わたしは必死に二人を探した。

 人を殺めたことによって大きく膨れ上がった悪しき衝動は、もはや止める術を持たない。

 わたしは自分の中の渇きと戦いながら、死にものぐるいで二人を探した。


 二人は盗賊のアジトの裏の、崖の下にいた。

 どうやら逃げ出そうとして転落してしまったらしい。


 弟の方はかろうじて息があったけれど、姉の方はすでに息絶えていた。

 ……せめて弟だけでも救わなきゃ。

 そう思う反面、わたしはこのまま二人の肉を喰らってしまいたいとも思った。


 このままでは、本当にわたしはバケモノになってしまう。

 わたしは考えた末に、自らの血を弟に与えることにした。


 人ではないわたしの血を与えれば、命が助かるもしれない。

 弟に血を与え、無事を確認したわたしは、そのまま逃げるように去った。

 そして、二度とあの森には戻らなかった。


 わたしは、人間の敵となった。

 悪しき衝動には、抗うことができなかった。

 何人もの人間を殺し、肉を喰らった。

 いつしかわたしは最強の『ケイオス知恵持つエヴィル』と呼ばるようになった。


 そんなわたしの前に、五人の男女が現れた。

 人類の希望と言われる若者たち。

 その中にあの日の少年がいた。

 わたしの血の影響で絶大な輝力を手にした彼は、世界で一、二を争う輝術師として、立派に成長していた。


 そして、わたしは倒された。

 でも、彼らはわたしの命を奪わなかった。

 成長した少年はわたしに約束した。


「この戦いは必ず俺たちが終わらせる。だから、それまで我慢して欲しい」


 わたしは彼の言葉を信じて、渇きと戦う決意をした。

 それは、人間の戦士たちと戦うよりもずっと辛い日々だった。


 間もなく魔動乱は終結した。

 わたしの中の悪しき衝動は消えたけれど、あの街に戻る気はなかった。

 わたしたちエヴィル人ではない者と、人間の関係はもはや修復不能だったから。

 今さら時計塔の守り神には戻れない。

 ママも帰ってこない。


 わたしは他のエヴィルたちと一緒に人外の地へ逃れた。

 監視がついているのは知っていたけれど、別に気にならなかった。

 このままわたしは誰とも関わらずに一生を終える、

 そのつもりだった、なのに。


 血が、かわく。

 まただ。

 もう二度とないと思っていたあの衝動が、全身を駆け巡る。


 だめだ。

 また始まる。あのおぞましい日々が。

 我慢できない。

 悲しいことを繰り返すだけだとわかっていても、体のうずきを止めることはできない。


 気がつくと、わたしは人を求めて死霊峡を出た。

 そんなわたしの前に、一人の人間が立ちふさがった。

 監視の人間か……

 このわたしの前に現れるからには、相当に腕の立つ人間なのだろう。

 それがあの少年じゃなかったことが、安堵するべきだったのか残念だったのか。

 自分でもわからない。


 いいよ。

 最初の獲物はおまえだ。

 力が弱っているとはいえ、わたしはかつて『黒衣の妖将』と呼ばれた最強のケイオス。

 その前にたった一人で現れたこと、後悔させてやる。

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