171 シュタール帝国
「日増しにエヴィルとの遭遇率が増えているな」
「そうですね。ますます残存エヴィルの活性化が進んでいるんでしょう」
戦いが終わった後、馬車の中でビッツさんとジュストくんが話していた。
魔動乱終結降、人間世界ミドワルトに残った残存エヴィルたちは、人外の秘境へと身を隠した。
世界に八箇所存在する、いわゆるエヴィルの巣窟と呼ばれる場所に。
すべての脅威が去ったわけじゃないけど、そこに近づかない限り、ミドワルトはおおむね平和だった。
巣窟から彷徨い出るエヴィルがいたとしても、ほとんどが輝士団によってすぐに駆逐された。
それが少し前に、大きく事情が変わった。
残存エヴィルがにわかに巣窟を離れて活動を開始し始めたから。
ミドワルト中におびただしい数の残存エヴィルが溢れかえっている。
今みたいな戦いはこれまでにも何度もあった。
でも、私たちも慣れたもの。
何度も戦闘を経験したおかげで、ちょっとやそっとのエヴィルなら、問題なくやっつけられるようになってるからね。
でも、さすがに連続して戦闘をすれば疲れもたまる。
特に町に着くまでゆっくり休めないのは辛い。
「迂闊に野宿もできないね」
「けど、ルーが早めに予知してくれるから、楽に対処できるよ」
私は輝力の流れを感じて、エヴィルの接近を感知することができる。
最初はなんとなく程度だったけど、今はもう数や距離、敵の大体の強さまでわかるようになった。
「もっと強い奴が出てくれば面白いんだけどな」
「またダイがばかなこと言ってる……」
最初のうちは敵が現れるたびに全員で戦っていたけれど、余裕ができてからは交代で休みをとることにしている。
そんな中、こいつだけは休むことなく全ての戦闘に参加して、一番多くのエヴィルをやっつけている。
本当に元気なやつだなあ。
「なんか、ダイなんかを襲っちゃったエヴィルが逆に可哀想」
「けど、エヴィルは絶対に退治しなきゃいけません」
私がダイを茶化していると、フレスさんが真剣な顔で言った。
エヴィルは人類の敵。
話はもちろん通じないし、放っておいたら見つけ次第に人間を殺そうとする。
特にジュストくんとフレスさんは、以前に大切な人をエヴィルに殺されている。
エヴィルを許せない気持ちは人一倍強い。
ビッツさんやダイも、エヴィルとは少なくない因縁を持っている。
エヴィルは単なる凶悪な猛獣じゃない。
彼女が言うように、油断したら自分たちが殺されてしまう。
……んですよ?
「あの、フレスさん」
私は小声で彼女に話しかけた。
周りの男の子たちに聞こえないように。
「なんですか?」
「わかってるならさ、さっきみたいなことは止めてね」
「ごめんなさい。はやく輝術に慣れるように練習しますから」
「そっちじゃなくて」
フレスさんがそっぽを向く。
そっちは幌しかないよ。
「さっきさ、わざとキュオンの攻撃を食らおうとしたよね?」
「話は変わりますけど、今日もいい天気ですね」
「ねえフレスさん」
「だって、みなさん全然怪我をしないから、治癒の術の練習ができないんですもの」
可愛くむくれてみせるけど、いろんな意味で恐ろしいことを言っている。
フレスさんはいい人なんだけど、放っておくとすぐ危ないことをするから、見ていて気が気じゃないんだよ。
治癒の輝術の練習がしたいからって、わざとエヴィルの攻撃を食らうとか危なすぎるから!
「とにかく、下手したら怪我じゃ済まないんだから。危ないことはやめてね」
「はーい」
フレスさんは気のない返事をして、馬車の隅で本を開く。
わかってくれたらいいんだけど……
「先を急ごう。地図通りなら、数キロ先に町があるはずだ」
いつの間にか御者台に収まったビッツさんが、馬の手綱を引きながら言った。
※
「輝士の国シュタール帝国。別名、鋼の国」
ビッツさんが、手元のハンドブックを読みながら言う。
「五大国の一つで、軍事力と医療技術は間違いなく世界一。特に輝士団は、質量共に他国の追随を許さぬ規模で、かつての戦乱の時代にはミドワルトの暴君と周辺諸国から恐れられていた」
誰が頼んだわけでもないのに勝手に説明してくれている。
もしかしたら解説好きなのかもしれない。
「もちろん、現在では帝国の国号は通称として残っているだけで、周辺諸国との関係性は非常に良好だ。魔動乱期は新代エインシャント神国と共に、人類軍の先鋒を担っていた」
私たちがシュタール帝国領に入ってから一日半が経過していた。
ここはファーゼブル王国以来、二つ目の大国の領土。
前と違って、今回はちゃんと身分証で正面から関所を通ったからね。
その身分証代わりになったのが『白の生徒』の証。
白の生徒っていうのは、私たちの先生で、五英雄の一人でもある大賢者グレイロードさまに修行をしてもらった弟子達のこと。
その証は第一級国賓証と同じ効果があるっていうんだから驚き。
本当はこれ、先生が修行を終えた人に卒業証明書として渡すらしいんだけど、私の場合はもらった術師服のポケットにさり気なく入っていた。
もらっちゃって良かったんだよね?
シュタール帝国はかなり広大な領土があるみたい。
関所からかなりの距離を移動して、ようやく最初の町にたどり着いた。
「やっとベッドで寝れますね」
「うん」
嬉しそうに言うフレスさんに、私は相槌を打った。
やっぱり馬車の固い床は嫌だし、寝るならフカフカのベッドがいい。
※
宿の手配はビッツさんに任せて、その間に私たちは村を散策する。
村と言っても規模はけっこう大きくて、商店街らしきものもあった。
私たちはその一角にある飲食店で食事を取ることにした。
「ここから帝都ってところまではどれくらいあるの?」
サンドイッチ注文してから、私はジュストくんに尋ねた。
「それなりに距離はあるね。馬車でまっすぐ向かって二週間ってとこかな」
「世界一の
フレスさんは少し前まで、故郷の村と麓の町くらいしか知らない田舎暮らしだった。
初めての大国であるシュタール帝都、そして機械文明の発達した
「エテルノより規模は大きいけど、無骨な建物が多いかな。高い建物が多いのが特徴だと思う。ルーはエテルノに行ったことあったっけ?」
「ううん。私はずっとフィリア市だから、他の
行ったことはないけれど、ファーゼブル王都のエテルノの話はベラお姉ちゃんからよく聞いているから、多少は知っている。
話に聞くそこはまさに大都市。
ルニーナ街規模の繁華街がいくつもあって、それぞれの中心を結ぶように路線輝動車が走っている。
いつかは行ってみたいと思っていたけど、まさかシュタール帝都の方を先に訪れることになるとは思わなかったな。
シュタール帝都『アイゼン』は、新代エインシャントの神都やセアンス共和国の首都と並んで、世界三大
同じ
「楽しみですね」
「ねー」
フレスさんと一緒に、未だ見ぬ大都市について想像を膨らませる。
「観光じゃねーんだからな。用を済ませたらさっさと出るんだぜ」
「わかってるよ」
ダイが呆れ声で横槍を入れてきた。
無粋なやつ。
せっかく旅をしてるんだから、ちょっとした楽しみくらい作ってもいいじゃない。
私たちは白の生徒として、北の果てにある新代エインシャント神国を目指している。
観光気分とは言わないけど、長い旅に少しくらいの娯楽はあってもいいと思うんだ。
「ごめんね、僕の用事につきあわせて」
「ううん、全然。みんな楽しみにしてるよ」
ジュストくんが申し訳なさそうに言う。
帝都アイゼンに寄るのは彼個人の事情だけど、そのことに不満を持っている人はいない。
ダイだって、単に浮かれる私たちに文句を言いたかっただけだと思う。
「でも、ジュストくんがシュタール帝国に住んでたなんて知らなかったよ」
「中等学校卒業までの三年間だけだけどね」
故郷の村を出てから、ファーゼブル王国で輝士学校に入るまでの間、ジュストくんはシュタール帝国に住んでいたらしい。
輝士になるためにどうしたらいいかもわからず、一人で近くの町を彷徨っていたとき、保護してくれた人がいたんだって。
「すごくお世話になった人だから、挨拶しておきたいなと思って」
「どんな人なの?」
「シュタール帝国でも有名な輝士だよ。僕の剣術の師匠でもあるんだ」
「へえ。凄い人から剣術を教わってたんだね」
「まあね」
頷くジュスト君の表情はどこか誇らしげ。
自慢というより、本当にその人を尊敬しているみたい。
ジュストくんは輝士見習いなのに、ものすごく強い。
その強さの理由は、剣を習った師匠さんにあるのかも?
「帝都に来るのは、輝士学校に通うためエテルノに引っ越して以来かな。こんな機会でもなきゃ気軽に来れる距離じゃないしね」
ジュストくんは二つの
そう考えると、彼ってば実はものすごいシティーボーイ?
「まだ同じ所に住んでる保障はないし、会えなかったら会えなかったで諦めるけど」
「できれば会いたいよね」
「うん。もし話を聞ければ、輝攻戦士としての戦い方の参考にもなると思うんだ」
「結構な年なんだろ。今でもそんなに強いのか?」
「ダイも
ジュストくんは元から強かったけど、私が眠ってた二週間の間に先生からスパルタ訓練を受け、ますます腕に磨きがかかっている。
そんな彼も歯が立たないほどの輝士って、いったいどれだけ強いんだろう。
「そいつは楽しみだ――」
「ケンカだ、暴れ者のシュッツがよそ者とケンカを始めたぞ!」
店の外から聞こえてきたそんな声に、ダイは会話を中断し、楽しそうな顔で席を立った。
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