162 ▽裏切り

「痛い目に会いたくなかったら正直に話せ」

「に、西塔の最上階にある宝物庫です。新しく手に入れた宝はすべてそこに保管することになっております。侯爵か側近が使用中でない限りは……うっ」


 必要な情報を聞き出すとダイは使用人らしき女性の腹を殴って気絶させた。


「西塔か。行き過ぎちまったな」


 牢屋から抜け出したダイたちは奪われた武器を探すべく本館の中を走り回っていた。

 侯爵に連れて来られた時にも感じたが本館の中に人はほとんどいない。

 その割に部屋数ばかりが異様に多く、片っ端から探していては埒が開かなかった。


 たまたま見つけた使用人を問い詰めて情報を聞き出してみた。

 初めの何人かは騒いだり、強情に逆らったりと面倒だったが、ようやく三人目で有益な情報を手に入れることに成功したのだった。

 もちろん抵抗した最初の二人はダイが一撃で気を失わせた。


「君は女性相手でも全く遠慮がないな」


 一緒に逃げてきたレギリオが感心したような呆れたような口調で言う。


「だって敵だろ? あんな所に閉じ込めたやつらの仲間だぜ。アンタの方こそずっと牢に入れられてた恨みとかないのか?」

「そういう感情もないではないが……」

「っていうか結局ダイが一人で暴れてるじゃない。私のこと頼りにしてるって言ったのに。言ったのに!」


 なにが不満なのかルーチェは後ろの方で影を落としてブツブツ言っている。

 ダイはそれを無視して来た道を戻り始めた。


 西塔は、親切にも札が掛けられてあったのであったのですぐにわかった。 


 らせん状の階段を駆け上り西塔の最上部へとたどり着く。

 とりあえず手近なドアを開けようとしたが鍵がかかっていた。


「よし出番だ。頼りにしてるぜ鍵開け役」

「そういう頼られ方はうれしくない!」


 文句を言いながらもルーチェはドアノブに手を添える。

 鎖を溶かしたのと同じように閃熱の術で鍵ごと焼き切る。

 ドアを開けると、ルーチェは真っ先に室内に入っていった。


「わあ、すごい!」


 部屋の中はまるで小さな美術館だった。

 武器、彫刻、絵画などが並び、いずれもが煌びやかな装飾が施されている。

 侯爵の私室と同様の持ち主の趣味がうかがえる部屋だった。


 ダイは武器の掛けられた壁を調べた。

 しかしゼファーソードは見つからない。

 ここが侯爵のコレクション保管室であることは確かである。

 だがダイの愛剣はまだ収容されていないようだ。


「仕方ねーな。とりあえず一本もらっていくか」

「ちょっと、それずいぶん高そうだけど勝手に持っていって大丈夫?」

「先に人のモノを盗ったのはあっちだぜ」


 適当な剣を取って鞘ごと腰紐に結ぶ。


「さて。こんな所にいても仕方ないし、次の場所を探すぞ」

「うわーこの宝石きれいっ。そうだよね先に盗んだのはあっちだもんね」

「おいバカ子、さっさと行くぞ」

「バカ子って呼ぶな!」


 ダイとルーチェは言い合いながら廊下に出る。

 と、レギリオの姿がないことに気付く。


「あれ、アイツは?」


 気になって振り返ると部屋の隅に彼はいた。

 危機迫る形相で目を見開いて何かを凝視している。


「これは……」

「おい、どうした」

「ん、なに?」


 彼の様子は明らかに変だった。

 不審に思ったダイが彼に歩み寄る。

 ルーチェもそれに続いて室内に戻った。

 直後、ものすごい勢いで駆けてくる足音が聞こえて来る。


「貴様ら、そこで何をしている!」


 炎を生み出す剣の使い手、シュライプという女輝士だ。

 彼女は怒りを湛えた瞳で部屋の三人を睨めつける。

 その視線がレギリオの手の中の物に注がれた。


「そ、それに触れるな!」


 シュライプはドアの横にいたルーチェや進路上のダイには目もくれず、部屋の中に飛び込むと警告もなくレギリオに斬りかかった。


「遅い」


 レギリオは手にしていた黒い楕円形の物体を地面に落とした。

 それを足で思いっきり踏みつける。

 その瞬間、異変が起きた。


「なっ!」

「ぐわっ」

「きゃあっ」


 まるで見えない力に押し潰されたようにレギリオを除く三人が床に倒れた。

 部屋に飾られた武器や陶器などが激しい音を立てて地面に落ちる。


「なっ、なんだ……?」


 ダイは起き上がろうと腕に力を入れる。

 しかし背中に重石を乗せられたかのように体が動かない。


「ふははははっ! これは素晴らしい!」

「テメエ、何をやりやがった!」


 必死に顔だけを上げてダイは哄笑に浸るレギリオを睨みつけた。


「これは『超重石』と言ってね。地面に置いて圧力をかけると、踏んだ者を除く周囲の重力が増加するという古代神器だ。並の人間では立ちあがることすらできまいよ」

「テメエ……最初からこうするつもりでオレたちを利用したのか!」

「利用したとは人聞きが悪い。俺を助けたのは君たちの善意だろう。一年前、この館にある無数の古代神器を盗み出そうとして掴まったこの俺をな!」


 ダイは自らの失策に気付いて舌を打った。

 侯爵は確かに気に入らないが敵の敵が味方だとは限らない。


 レギリオは単なる悪質な盗賊だったのだ。

 ついでに助けてしまったことが逆に自分たちをピンチに陥れてしまった。


「そして、これが炎神の剣か」

「くっ、返せ……」


 レギリオはシュライプが落した剣を拾い上げる。

 彼は奪い返そうと手を伸ばしたシュライプの脇腹を蹴りつけた。


「ぐあっ」

「殺されたくなければ大人しくしていろ。俺が貴様らを恨んでいないとは思っていないだろう」


 彼が軽く剣を振ると切っ先から炎が噴き上がり床を焦がした。


「ふふ、これはいい。こいつであの老婆を――」

火蝶弾イグ・ファルハ!」


 倒れていたルーチェの手から燃える火の蝶が飛び立った。

 弧を描く軌道で剣を眺めていたレギリオの腕に命中する。


 ルーチェはどんな状況でも輝術を撃てる。

 立ち上がれなくても反撃は可能。

 油断した隙をついての見事な攻撃だったが、


「効かんよ」

「なっ、なんで」


 火の蝶は直撃すればエヴィルにもダメージを与えられる。

 だが命中したはずのレギリオの腕には火傷一つない。


「古代神器を侮るな。炎神の力を宿した今の俺にイグ系統の輝術は通用しない。無論、閃熱フラルも同様だ」


 レギリオはゆっくりと刃の先をルーチェに向ける。


「判断を誤ったな。グラ系統の術でも使われていては危うかったところだ」

「うっ……」


 ルーチェは呻いた。

 彼女は別に判断を誤ったわけではない。

 現状でまともに使える攻撃手段がイグ系統しかないのだ。


「無詠唱の術者。悪魔に魅入られし邪悪な者、天然輝術師か。女性への殺生は好まぬが神に仕える信徒としては生かしておけんな」


 ルーチェに向けられた『炎神の剣』の先端が赤く発光する。


「やっ、ちょっと……きゃっ!」


 向けられた殺意に対してルーチェは大いに慌てた。

 その時、どこかで爆発音が響いた。

 館が激しく揺れる。


「何だ!?」


 剣から炎は放たれていない。

 爆発は部屋の外で起こったようだ。

 うろたえたレギリオの足が地面から離れた。

 瞬間、部屋の中の重力が元に戻る。


 最初に動いたのはダイだった。

 一秒足らずで身を起こし、その勢いでレギリオに殴りかかる。


「この野郎っ!」

「ちっ」


 だがレギリオの反応も素早かった。

 ダイが近寄る前に後ろへと逃げて距離を取り炎神の剣を振るう。

 舞い上がった炎は接近したダイの体をまともに焼いた。


「うがあっ!」

「ダイっ!」


 熱風に吹き飛ばされるダイ。

 さらに追い打ちをかけるようにレギリオは超重石に足を乗せた。

 地面に強く叩きつけられたダイは小さくうめき声を上げる。


「ち、ちくしょう」

「ふん、油断も隙もないやつめ。東国の人間、神の祝福の外、野蛮なる領域に生きる人間。キサマも生かしておくわけにはいかんな」

「なんでこんな酷いことするの!? ダイはあなたを助けてあげたのに!」


 ルーチェが叫んだ。

 ついでとはいえ牢屋に繋がれていたレギリオを自由にするよう提案したのは彼だ

 レギリオが盗賊目的でここに忍び込んだ悪人だとしても、恩人相手にこの仕打ちはあんまりである。


「悪魔の使いが偽善事を口にするな。神への反逆者を浄化するのは我ら神隷輝士の務めなのだ」

「しん……何?」


 当然のようにそう言うレギリオの態度にルーチェはうすら寒い何かを感じた。

 どういう理由があるのか知らないがこの男はルーチェやダイを同じ人間だと思っていない。

 生まれや才能の違いだけで神の敵だと決めてつけてる。


「さあ、悔い改め祈るがいい。次こそは清き魂として生まれ変われるように」


 冗談じゃない。

 自分は確かに人とちょっと違うけど、神様に謝らなくちゃいけないような生き方はしていない。

 なんとか輝士だか知らないけれど勝手な決めつけで殺されてたまるか。


「さて、まずは貴様からだ悪魔の手先よ!」


 炎を宿す剣の切っ先が再びルーチェを向く。

 重力に押さえられて逃げられない。

 抵抗しようにもこいつにルーチェの使える輝術はきかない。

 ならばいっそのこと自分が使える最強の術でこの館ごと吹き飛ばしてやろうか。

 そう考えた、直後。


「うがっ!」


 体を抑えつける重みが突然消失した。

 レギリオが蹲り顔の右側面を手でおさえている。


「僕の仲間に手を出すな!」


 そして部屋に響く青年の声。

 あけ放たれたドアの向こうにジュストの姿があった。

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