161 ▽館への侵入

 暗く狭い地下道を抜ける。

 するとジュストとビッツは館の中庭に出た。

 ちょうど本館と別館の間にある光の届きにくい薄暗く湿った場所である。


「本当に中に入れた……」


 ジュストは驚いていた。

 ビッツの言った通り館から少し離れた森の中の古井戸があった。

 そこから中に入り横穴を抜けてたどり着いた場所が、この中庭だったからだ。


 地下道の入口は生い茂った葉で巧妙に隠されている。

 注意深く見なければこちら側からでもわからないだろう。


 ましてや外側の井戸が通路に繋がっているなど夢にも思わないが、ビッツはこの隠し道をまるで最初から知っていたかのように発見してしまった。


「貴人の考えなど似たり寄ったりだよ。ましてや古き権威に固執する老人はな」


 言われてみればあんな所に井戸があったのは不自然だと思う。

 けど、隠し通路であるという確信がなければ入ってみようとは思わないはずだ。


「さて上手く入り込めたところで二手に分かれよう」

「一緒に行動していた方が良くはないでしょうか?」


 ルーチェが捕らわれている以上、二人は輝攻戦士になれない。

 ジュストは腕が立つとは言えただの剣士だしビッツも生身では上手く火槍を扱えない。

 戦力的にもまとまって行動していた方がいいとジュストは思ったのだが、ビッツは首を横に振った。


「ルーチェたちが捕らわれているという客観的な証拠がない以上、我らは屋敷に入り込んだ侵入者に過ぎぬ。ましてや相手は民の人望厚い元貴族。可能な限り戦闘は避けるべきだ」


 戦闘になるような状況はその時点でアウトということだ。

 隠密行動が基本なら個別に行動するのも納得である。


「館の人間に見つからずに捜索するのは大変そうですね」

「そこでだ、私が囮役を引き受けよう」


 ビッツが作戦を説明する。


「姿を隠しつつあちこちで赤石を起爆させて騒ぎを起こす。その間にそなたはフレスと合流して、共にルーチェたちを探し出してくれ」


 通称『赤石』と呼ばれるエヴィルストーンは表面に傷を入れて火をつけることで爆発する。

 ビッツの持っている火槍も粉状にした赤石の爆発力を利用した武器だ。


「わかりました。危険な役目をお任せてしまってすみません」


 かつては組織を率いていただけあってビッツの判断力は頼りになる。

 正面からの突破しか考えていなかった自分とは大違いだ。


「何度も言うがあまり畏まらないでくれ。私とそなたは共に旅をする仲間なのだからな」

「そうですね、わかりました」


 力強い笑みを浮かべ拳を突き出すビッツ。

 今の彼は自分の国の王子でも盗賊団の団長でもない、

 頼れる年長者としての仲間の姿がそこにはあった。

 ジュストもまた拳を握ると彼の拳に軽く触れた。


「ルーたちは僕が責任を持って必ず助け出します。安心して下さい」

「ああ、健闘を祈るぞ」




   ※


 ビッツは草むらをかき分けて館の方へと向かっていく。

 その姿を確認して残されたジュストも素早く行動を開始する。


 まずはフレスと合流しなければ。

 そしてビッツが騒ぎを起こしている隙にルーチェたちを探す。

 簡単な任務ではないが、輝士見習いとして恥ずかしくない働きをしよう。

 そうでなければみんなに笑われてしまう。

 さて……


 フレスはどこにいるんだろう。


 勢い込んだものの、肝心の居場所がわからない。

 地下の暗い中を先導されるまま歩いてきたので、どちらが本館でどちらが別館すら判別がつかなかった。


 まあいいか、適当に探してみよう。

 結局は短絡的に判断する。

 戦闘以外であまり緊張感を持てないのは彼の欠点である。

 ビッツの描いた作戦は了承したものの、誰かに見つかったら素早く倒せばいいやと考えている。

 ダイと違って表面上の血の気は多くないが彼も細かい作戦を考えたりするのは苦手なのである。


 適当に近い方の館に向う。

 入口を探して壁伝いに移動。

 時々窓から中の様子を確かめるが、人気のない廊下が見えるだけだった。


 草むらの中を隠れるように進む。

 館の角を曲がった瞬間、


「わっ!」


 なぜか目の前に大きな岩があった。

 とっさに踏みとどまったが、危うく顔をぶつける所だった。


「なんだよこれ。邪魔だなあ」


 ジュストはそれを迂回するように大きく回り込むと岩陰に隠れた場所に小さな扉を発見した。


「よし、侵入開始……っと」


 ノブに手をかけようとすると扉が勝手に開いた。

 向こう側から誰かが開けたのだ。

 建物の内側から金髪の少女が姿を現す。


 ジュストは考えるよりも先に剣を抜き、素早く少女の首筋に刃を当てる。


「ひっ」

「大声を出さないでくれ。僕は怪しい者じゃない」


 どう考えても怪しい者だが見つかった時点で作戦は失敗である。

 もちろん彼女に怪我をさせるつもりはない。

 だが下手に騒がれるくらいなら気絶させるしかなくなる。

 そこまで考えて一応は会話して理解を得ようとするのは彼の甘さでもある。


「わけあって忍び込んではいるが、これは仲間のために仕方なく……」

「あ、あれ? あんた、どこかで会ったことない?」


 少女はジュストの話を聞かずに疑惑の目で睨んできた。


「え?」

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