157 ▽古代神器
突然倒れたルーチェをダイは慌てて抱き起こす。
「おい、ルー子! しっかりしろ!」
顔を覗きこみ頬をばちばちと平手で叩く。
しかしルーチェはまったく目覚める様子はない。
彼女を抱えながらダイはテーブルの向こうで平然としているクーゲル侯爵を睨みつけた。
「てめーら、ルー子になにしやがった!」
「心配いりませんよ、眠っているだけです。この眠りの杖の力でね」
クーゲル侯爵はテーブルの陰から薄紫色の樫の杖を取り出した。
気色悪い彩色以外は何ということのない普通の杖に見える。
「これは『古代神器』の一つでして、対象に強制的な眠りを与えることができる杖なのです。もっとも使用にはいくつかの制限がありますが……」
「うるせえ、そんなことは聞いてねえ!」
ダイは怒声を上げて椅子を蹴り上げた。
侯爵は落ち着き払ったままこれ見よがしにため息を吐く。
どこまでも人を馬鹿にした態度に、すでにダイの我慢は限界に達していた。
「下品な人ね」
「いいからルー子を元に戻しやがれ!」
「心配しなくとも彼女は一昼夜で目を覚まします。危害を加える気はありません。屋敷の一室を与え丁重に扱うと約束しましょう。外出は許可できませんが、それもわたくしの考えに賛同してくださるまでの辛抱です」
「こんなところで足止めを食っているわけにいかねーんだよ。放っておいても起きるんならこのままオサラバさせてもらうぜ」
「そうはいきません。彼女の類まれなる輝術の才能はわたくしたちに必要なのです」
クーゲルは瞳を細める。
「ですがあなたはいりません。わたくしの忠実なる兵士に男はいらない。何の目的で入り込んだのかは知りませんが、二度と外の光を浴びることは叶わぬと知りなさい」
男だということはバレているようだ。
ダイは腰に下げた東国風の剣ゼファーソードを鞘から抜き放って侯爵に突きつけた。
「オレを捕らえるってか? やれるものならやってみやがれ」
「愚かな……シュライプ、フェーダ、やっておしまいなさい」
侯爵が命令すると両脇の護衛二人が即座に武器を取った。
ダイはひとまず後ろに飛んで距離を取る。
同時に抱えていたルーチェを後ろの床に放り投げた。
ごん、という鈍い音が聞こえたが気にしないことにする。
うっとおしいカツラを投げ捨て何度も足を引っ掛けたロングスカートを破る。
「なんと野蛮な……! 二人とも手加減はいりませんよ。あのような下品で乱暴な男、少しくらい痛い目に合わせても構いません」
「へっ、痛い目を見るのはどっちだか思い知らせてやる」
自信満々に両手で武器を構えるダイ。
彼の周囲をキラキラと輝く光の粒が舞った。
「輝攻戦士!? まさか大国の……いや、輝攻化武具か!」
しかしシュライプという女輝士はわずかに見せた驚きの表情をすぐに打ち消した。
真っ赤な刀身の長剣を構えてダイに向き合いつつ、右後ろに控える女輝術師に指示を送る。
「フェーダ、手加減は無用だ。最初から全力で行くぞ」
「わかってるわシュライプ」
二人の護衛は歴戦の戦士の表情になっていた。
※
「うらぁっ!」
ダイが跳ぶ。
いや、飛ぶと言った方が正しいか。
輝粒子の放出によって体を浮き上がらせ、猛禽類のように低空を飛行しながら接近する。
テーブルを回るように右側から迂回して女輝士に接近。
彼女の持つ剣めがけて横薙ぎの一撃を繰り出す。
相手がただの輝士ならばそれで終わる。
強烈な輝攻戦士の一撃は、しかし。
「――
攻撃が当たる直前、シュライプの体がぼんやりと輝いて見えた。
まさかこいつも輝攻戦士なのかと疑ったが輝粒子のそれとは微妙に異なる。
そしてありえないことに、彼女は縦に構えた剣の腹でダイの攻撃を受け止めてみせた。
「なんだと!」
輝攻戦士の攻撃を生身の人間に受け止められるなど今までダイは経験したことがない。
普通は体ごと吹き飛ぶか、さもなくば武器が叩き折れるかのどちらかだ。
「――
鍔迫り合いをしていた二人の間に火の矢が飛んでくる。
それは後方に控える女輝術師フェーダが放ったものだった。
ダイは後ろに飛んでその攻撃を避ける。
その直後、正面のシュライプが持つ真っ赤な剣から巨大な炎の柱が噴き上がった。
「うおっ!?」
続けざまに起こるありえない事態にダイは冷静さを失う。
炎自体は輝粒子のガードがあるためたいしたダメージにはならなかった。
だが視界を遮られた上、薄くなった酸素の中でその場に留まり続けることはできない。
「――
輝術の炎。
あれは当たればダメージが入る。
ダイは炎の矢から逃れようと大きく横に跳んだ。
その着地地点に狙いを済ましたかのように二撃目の火の矢が飛来する。
「ぐっ!」
腹に直撃。
肉体へのダメージこそ少ないが、かなり輝粒子を削られた。
「この野郎っ! チマチマした技ばっかり使いやがって!」
「覚えておくことね。輝術師に必要なのは大技でも独創性でもない」
ダイは標的を変えた。
先にフェーダを倒すことにする。
地面を蹴り、天井スレスレを行く大ジャンプで一気に間合いを詰める。
おそらく先ほどシュライプがダイの攻撃を止めたのも輝術によるサポートのせいだろう。
そうでなければ中年女の腕力で輝攻戦士の攻撃を受け止められるはずがない。
ダイはシュライプの頭上を飛び越えて一気にフェーダの懐に飛び込んだ。
「――
「ぶっ」
だが剣を振り下ろす直前、目の前に現れた氷の壁にぶつかってしまう。
「甘い」
さらに追い打ちをかけるように背後からの強烈な熱気がダイを襲った。
シュライプの剣から迸る炎の渦が背中にちょくぜ輝士、身体を守る輝粒子が揺らいだ。
「ちくしょう、なんで……」
ルーチェのような天然輝術師でない限り、輝言を唱え始めてから術が発動するまでには必ずラグが存在する。
輝攻戦士の機動力ならばその隙に攻撃を行うことは十分に可能なはずだ。
ダイはこれまで先手必勝で多くの輝術師を倒してきた。
フェーダは別に輝言を唱えていないわけではない。
まるでこちらの動きを先読みされているようで気持ち悪い。
「教えてあげるわ。輝術師に必要な素質は敵の動きの先を読む勘、前衛との密接な連携……そして」
「フェーダ、無駄口を叩くな。一気に決めるぞ」
シュライプが走り、ダイに接近する。
ダイは即座に体勢を立て直して防御の姿勢を取る。
武器による攻撃よりも先に敵の刀身から迸った炎がダイの視界を奪った。
続いて訪れた衝撃がまともにダイの腹を打つ。
「うがっ……!」
輝粒子に守られてなければ胴体が真っ二つになっていただろう。
女性の攻撃とは思えないほどに重い一撃だった。
それでもダイは倒れない。
迂闊に間合いを詰めた相手に反撃を叩き込むため、ゼファーソードを一度鞘に納めた。
必殺の《一ノ太刀》を繰り出す、まさにその瞬間。
「なっ――!?」
足もとの床に奇妙な模様が浮かび上がる。
それは青白い光を放ち、柱となった光が物質的な硬さをもってダイの動きを封じた。
「策と、兵数よ」
光はダイの意識を強制的に奪っていく。
気絶する直前にダイは見た。
部屋中のあちこちから姿を現した何人もの術師服を来た女たち。
その手に持った杖から一斉に火の矢が放たれるのを。
※
ダイが倒れた後、部屋の中にクーゲル侯爵の拍手の音が響いた。
「素晴らしいわ、流石はわたくしが最も信頼する兵士たち。あの輝攻戦士をこんなにもあっさりと倒してしまうなんて」
嬉々とするクーゲル。
反対に部屋にいる他の者たちの表情は決して晴れやかではなかった。
中でも重装の女輝士シュライプは終始敵を圧倒していたにも関わらず額に汗を浮かべている。
「いえ、とんでもなく強い相手でした。『炎神の剣』がなければ最初の一撃でやられていたでしょう。『封絶の柱』による処置もギリギリでした。狭い室内での戦いでなければ敗北していたのは私達の方だったかもしれません」
「ですが貴女たちは勝った。それが結果でしょう。違いますか?」
はじめから罠にはめるつもりで設置しておいたトラップ。
気配を消して部屋の中に隠れ潜んでいた輝術師たち。
そして古代神器。
輝攻戦士を抑えるのはそれだけの戦力と下準備が必要だった。
万が一のために過剰なほどの警戒をしていたが、そのすべてを使い切ってようやく勝てた。
シュライプたちにとっては手放しで喜べるような結果とは言えない。
だが、こうして輝攻戦士の少年を気絶させることに成功した。
勝ちは勝ちだという主君の言葉を拒絶する理由はない。
「ではこの二人を地下へ運んでください。輝術師の少女は後で部屋を用意するとして、ひとまず拘束させてもらいましょう」
にこやかに微笑みを浮かべたままクーゲル侯爵は部下たちに命令を下した。
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