158 ▽いざという時の強さ

「急いでください、ビッツさん!」


 フレスは気が気ではなかった。

 胸元の聖印をぎゅっと握り締める。

 馬車の中から体を乗り出して御者台にいるビッツに声をかける。


「わかっている。精一杯急がせているがこれ以上は馬がもたん」


 街道から逸れた細道をフレスたち三人を乗せた馬車が走っていた。

 向かっているのはもちろんクーゲル侯爵の館である。


「ルーに何かあったことは間違いないんだな?」


 馬車の中にはジュストもいた。

 今の彼は声色も落ち着き、静かな気迫が満ちている。

 さっきまでお金の扱い方で説教を受けていた時とは別人のようだった。


「万が一のために保険インシュランスの術をかけておいたから間違いないよ。まだ大きな怪我とかはしていないみたいだけど……」


 見送りの際にフレスはルーチェに輝術をかけていた。

 怪我をした時や意識を失った時に発動し、術者に異常を知らせる安否確認の輝術である。

 発動後は監視効果が発生し対象の現在位置や大体の状況を知ることができる。

 現在、ルーチェは侯爵の館で意識を失っている状態である。


「侯爵が何を企んでいるかは知らぬが、我らの仲間に手を出したというなら見て見ぬふりはできん。場合によっては少し荒事になるかもしれんな」

「ダイも一緒だから最悪の状況にはならないと思うけど……」

「とにかく急ぎましょう」


 三人は前を向いたまま揃って頷き、侯爵の館がある道の先を睨みつけた。




   ※


 馬車が館の前で停止する。

 門番らしき女性が慌てて飛び出してきた。


「な、何事です?」

「ここで冒険者の集まる会合があると聞いてやってきました。僕たちもぜひ参加させてもらえないでしょうか?」


 真っ先に馬車から下りたジュストが門番にそう言った。

 元とはいえ貴族の館であり、確たる証拠もなく正面から殴り込むわけにもいかない。

 まずは正攻法で中に入ろうと試みてのことだった。

 しかし門番の女性は力強く首を横に振る。


「だめだめ! どこで聞いたか知らないけど、うちは男はお断りだよ!」

「長旅で食糧も尽き疲れ果てているのです。せめて今晩の宿だけでも借りられませんか」

「だめったらだめだよ。あんまりしつこいと兵を呼ぶからね」


 取り付く島もない。

 行商人の行っていた通り本当に何が何でも男子禁制のようだ。

 それでもジュストは何とか中に入らせてもらうよう交渉を続けるが、フレスが馬車から下りてきてジュストの横に並んだ。


「ほら、だから言ったじゃない。あなた達は来ても無駄だって」


 フレスはギョッとするジュストを尻目に普段とは違う堂々とした態度で門番の前に立った。


「クーゲル侯爵の噂をお聞きして是非ともお仕えしたいとクイント国からやって来ました。女性なら無条件で受け入れてくれるのですよね?」

「そ、そうだが、あんただけならともかく連れの男は入らせないよ」

「ですから私だけで結構です」


 フレスは小悪魔のように妖しい笑みを浮かべてジュストを振り返る。


「この人たち『馬車で送ってやるから自分たちも侯爵に紹介しろ』なんて言って、無理やり着いてきたんです。元々仲間でもなんでもありませんし、この人たちとはここで別れるので私だけでも中に入れてくださいませんか?」


 ジュストは圧倒されていた。

 もちろんこれはフレスの口から出まかせである。

 しかしあのフレスがこんなにも堂々とした演技をできるなんて。


 会わなかった長い時間か、この旅の刺激がそうさせたかは知らない。

 ともかく人は変われば変わるものだ。

 しかし単独で潜入するという彼女の作戦には危険が伴う。


「フレスっ」

「気易く呼ばないでくれないかしら。もうあなたとは仲間じゃないんだし」


 ジュストの服を掴んだフレスは彼を押し返すように顔を近づけて小声で囁いた。


「……こんなところでモタモタしてても仕方ないじゃないの。私だけでも中に入ってル-チェさんたちの居所を探り出してくるよ」

「……危険だ。ルーたちに何が合ったかわからないけど、フレスがひとりで行ったら同じ目にあう可能性が高い」

「……大丈夫、無理はしないよ。ルーチェさんたちを見つけたらすぐに知らせる。ジュストは私たちが上手く逃げられるように外からサポートして」

「……しかしっ」

「話はおしまい。それじゃさよなら」


 突然大きな声を出すと、フレスはジュストを突き飛ばしてクルリと優雅な仕草で反転する。


「お待たせしました。話はつきましたのでご心配なく」

「はっ。ではどうぞこちらへ」


 門番に連れられてフレスは館の敷地内に入っていく。

 見張りがいなくなったとはいえ無理に突破するわけにもいかない。

 ジュストは歯がみしながら彼女の後姿を睨みつけていた。


「あの、バカっ!」

「驚いたものだ。ルーチェといい、いざという時の女性はとても強いのだな」


 御者台の上で見ていたビッツはなぜか腕を組んで感心していた。


「そんなこと言ってる場合じゃないですよ。いくら輝術が使えるようになったからって、あいつだけでどうにかできるわけがない」

「ならば我々も急ごうではないか。何も入口は正面だけではないだろう」


 ビッツはニヤリと笑い、馬に軽く鞭を入れて馬車を方向転換させた。


「貴族の館の造りなど、どこもたいして変わらないものだよ」

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