137 ▽解決!(してた)
翌日、ルーチェは少し早めに登校した。
教室には入らず校門の前でじっと突っ立っている。
生徒たちの中には不審な目で見てくる人もいたが幸いにも問い詰められることはなかった。
中等学校時代の知り合いが話しかけてきたりもしたが「ちょっとね」などと言って適当にごまかして追い払った。
ルーチェは人を待っていた。
もちろん昨日ケンカをした友人二人だ。
ナータでもジルでもいい。
どっちか一人と先に会って、どうにかしてケンカをやめるように説得しなければならない。
昨日ナータが教室を出て行ってからジルは下校時刻までずっと不機嫌そうだった。
到底話しかけられる雰囲気ではなく、しかも学校が終わるとすぐに教室を出て行ってしまったので会話をする暇もなかった。
帰り道、ターニャに相談してみたが彼女はあまり深刻に考えていないみたいだった。
「あの二人なら放っておいても心配ないよ」
と邪気の欠片もない顔をされては相談のし甲斐もない。
気になるのはやはりナータの方だ。
けれど彼女が住んでいる場所の正確な位置は知らないため連絡の取りようがない。
入学早々友だち同士が訳もわからぬままケンカになっているという状況に、ルーチェは一晩中ヤキモキしながら眠れない夜を過ごした。
翌日つまり今日、睡眠不足の頭で「やっぱりこのままじゃダメだ」と思い立ち、どうにか二人を仲良くさせるために死力を尽くすと決心した。
まずは二人とそれぞれ深く話し合う。
二人が顔を合わせてまたケンカを始めてはどうしようもないので、朝一番でどちらかを捕まえることにした。
それにしても遅い。
時計を見ると八時二十分だった。
ひょっとしたら今日は二人とも来ないのかもしれない。
ジルはともかくナータの態度は明らかにおかしかったと思う。
もしかしてこのまま学校を辞めるなんてことは……
そんなことは考えたくない。
ナータは三年ぶりに再会できた大切な友だちだ。
こんなことでまた離れ離れになりたくはない。
大丈夫、きっとナータはわかってくれるよ。
ルーチェは半ば自分に言い聞かせるように強く願った。
登校してくる生徒たちの流れに目を戻すとその中に長いブロンドの髪を発見した。
「なっ、ナータっ!」
「あ、おはようルーちゃん」
ルーチェが慌てて呼び止めるとナータは笑顔で挨拶をしてくれた。
「あっ、お、おはよっ」
少し声が上ずってしまった。
いざ顔を合わせると緊張する。
どうにか先にナータを捕まえることができたが、ここからが勝負だ。
自分の言動がこれからの高校生活を左右してしまうかもしれない。
幸いにもナータは昨日ほど機嫌が悪くないようだが、まだ安心はできない。
「お、怒ってない? 怒ってないね?」
「どうしたのよ? あたし何か変な顔してる」
「……よかった。それじゃとりあえずこっちに来てっ」
まずは二人きりになる。
今は大丈夫でも昨日のようにジルに会った途端に不機嫌になる可能性は高い。
何よりもまずナータの怒りの理由を聞き出すこと。
そして自分にできる限りのことをしてあげよう。
ナータとジル、二人とも大切な友だちなんだから。
「ど、どうしたの?」
いきなり手を掴んだのがまずかったかナータはちょっと予想外なくらいに慌てていた。
ほんのりと頬に赤みが差しているような気もする。
ひょっとしたら怒ったのかもしれない。
「あっ、ごめ――」
まさかとは思うがナータの怒りが自分に向いては元も子もない。
っていうか悲しすぎる。
慌てて手を離してあやまろうとした瞬間。
「よっルーチェ」
「ひっ」
後ろから肩を叩かれた。
突然のことに思わず全身をビクリと振るわせてしまう。
「なんだよ、そんなに驚くことないだろ」
よく通る高音の声の主は思ったとおりジルだった。
隣にはターニャもいる。
「あ、じっ、あのっ……」
最悪のタイミングだった。
ナータとジルを会わせないためにわざわざ待ち伏せしていたのに、こうも絶妙のタイミングで登校してくるなんて。
どどどどどっ、どうしようっ!
ルーチェがパニックに陥っているのを他人事のように無視して、ターニャが場違いに穏やかな挨拶をする。
「おはようルーチェ。インヴェルナータさんも」
「おはよ、ターニャ」
ナータが穏やかに挨拶を返す。
あああ。
ここまではいい。
昨日もナータはターニャに対しては穏やかだった。
だがこの後、ジルと顔を合わせれば……
そもそも昨日ナータはジルに黒板消しをぶつけて、それっきりなはずだ。
いきなりケンカが再開されてもおかしくはない。
ルーチェは素早くジルとナータの間に回り込む。
とりあえずはジルを宥めることが最優先だ。
「あのっ、そのっ。ダメだからっ、まだちょっと話があって、ナータと……ああもうっ、ともかく、落ち着いてってば!」
「おまえが落ち着けよ……」
ジルの冷めた突っ込みが入った。
混乱して言葉が上手く出てこない。
ルーチェより一回り背が高いジルは、ルーチェの頭越しにナータを見て――
「おはよ、ナータ」
「おはようジル」
身を挺しての阻止も意味を成さずにナータとジルを会わせないという計画はあっさり失敗に終わった。
「ああっ!」
「どしたの? この娘」
「いや、あたしにもよくわからなくって……」
「ダメっ! ケンカしちゃだめだってばぁっ!」
「は?」
ジルとナータは顔を見合わせて何かを納得したように大声で笑った。
「あ、あれ? あれれ?」
ルーチェは目をまるくしてジルとナータを交互に見た。
混乱して幻覚を見ているのでなければ二人はとても穏やかに微笑みあっているように見える。
「あははっ。心配ないって。もうケンカしたりしないから」
「そうそう。全部昨日解決したから」
ナータの手がルーチェの頭を撫でる。
ジルも同じようにルーチェの頭をぽんぽんと優しくたたく。
「ほらね言ったでしょ。ジルとインヴェルナータさん、すぐ仲良くなるって」
ターニャはまるでこうなることがわかっていたかのように落ち着いていた。
「ナータでいいよ、ターニャ」
穏やかに笑いあう三人のクラスメートに囲まれ、ルーチェは訳がわからないまま首をキョロキョロ振った。
「え、え? えーっ?」
高校生活三日目。
最大の心配事はいつの間にか解決していたようだ。
それも自分の全く知らないところで。
「さっ、教室行こ」
「今日から授業が始まんのか……ターニャ、テスト前はまたよろしく頼むよ」
「始まってもいないうちから人に頼らないの。高校生になったんだからジルも少しは真面目に勉強しなさい」
それは嬉しいことのはずだがルーチェはいまひとつ納得できないでいた。
昨日の私の心配はなんだったの?
なんだか自分だけが無意味に振り回されたような気がしてならない。
けど、
「……まあ、いっか」
ともあれみんなが仲良くやれるのはいいことだ。
多少の不満は帳消しにしてあげよう。
これからの学校生活、楽しくなりそうな予感がする。
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