136 ▽かみんぐあうと

 ピザを持ち帰り用に包んでもらい、ルニーナ街中心部から少しはずれたところにある小さな公園へやってきた。

 どちらからともなくできるだけ人気がない隅のベンチへと向かった。

 ナータが腰掛けると先に座っていたジルが心持ち距離を開けた。

 それは気にせず包んでもらったピザを開ける。


「ど、どうぞ」

「あ、うん。ありがと」


 ジルがゆっくりとピザにかぶりつく。

 ナータは視線を逸らしてしばらく間を置いた。

 

 沈黙。

 ちらりと横目でジルを見る。

 食べることに集中しているフリをしているのか視線は合わしてこなかった。

 すこし気分が落ち着いてきたのでゆっくりと話を再開する。


「あのね」

「う、うん」


 ジルはこちらを見ずにピザを食べながら返事をした。

 その方が助かる。


「ルーちゃんと会ったのは小二の時なんだけど」

「小さい頃の友だちだって言ってたな」

「彼女に会うまではさ、あたし人見知りが激しくて、人前でまともに喋れなかったの」

「そうなのか?」

「あたし戦災孤児で小さいころは施設で育ったのよ」

「えっ」


 こちらを向いたジルの表情が曇っている。


「あー、それは」

「あ、同情とかしないでよね。あたし自分を不幸だとか思ってないから」

「う……ごめん」


 慌てて取り繕うジル。

 ナータはくすりと笑った。

 やっぱりこいつ根はいい奴なんだなと思う。


「小さいころだから自分がなに考えてたとかよく憶えてないけど、とにかく昔のあたしって人と話すのが苦手だったのよ。おばあちゃん……寮長せんせい以外と話した記憶ってほとんどないの。それだって朝夜の挨拶がほとんど。正直、周りの人みたいに友だちをつくるとか、そういうのは自分には絶対できないって思ってた」


 ナータは時々間を開けながら自分のことを語る。

 ジルは無言で話を聞いている。

 真剣な彼女の表情から目を逸らし、少し赤くなりながら話を続けた。


「バカな子供だったと思うわ。今となってはなんでそんな風に思ってたのかもわからないし。ともかく、そんなひねくれた子供だったから仲の良い友だちなんて一人もいなかったの。ルーちゃんに会うまではね」

「初等学校で?」

「うん。寮長せんせいの勧めでね。前にいた学校でもさっぱり他人と打ち解けられなかっから、ちょっと変化をつけてみようってことで転校させられたの」

「ああうちの学校にもいたな。そういう子」

「最初はどうせここでも同じだろうって思ってた。なんかもうあたし自身が人を寄せ付けないオーラみたいなのを出してたみたい」

「へえ。想像つかないけど」


 ジルは半分くらいになったピザのピースを一気に頬張った。


「そこでルーちゃんに出会ったの。正確にはその前に一度だけ会ってたんだけど」

「へえ?」

「前の初等学校に上がる前だったかな。公園で少しだけ喋ったことがあって。で、転校していった学校で再開した時、ルーちゃんはあたしのこと覚えててくれて、その後はひたすら質問攻めよ。あの子ってほら昔からちょっと空気読まないところあったから。あたしの『話しかけるな』オーラも全く通用しないみたいで」

「はは、ルーチェらしいな」


 思い当たる節があるのかジルは手の甲で口元を拭いながら笑っている。


「最初はとまどったわよ、それまでほとんど人と話したことなかったんだから。次から次へと質問してくるから話を聞くだけで精一杯」


 思い出すと自然に頬が緩んでくる。

 目を閉じると瞼の裏に小さい頃のルーチェの姿が浮かんでくる。


「そんでいつの間にか仲良くなってさ。そのうちに他の子とも会話できるようになって。正直ルーちゃんがいなかったらあたしずっと根暗なままだったと思う」

「で、自分を変えてくれた恩人を好きになっちゃったと」


 ジルは次のピザに手を伸ばしながら言った。

 顔は笑っていたけど決して馬鹿にするような表情じゃない。


「ん……多分その頃はまだ。そうね、大事な友だちとしか思ってなかったと思う」

「いつからその……そういう意味で……に?」

「初等学校を卒業した後。あたしほら、育ちがアレだからちゃんとした学校には行けなくてさ」


 ルーチェは地元の中等学校に進学した。

 ジルやターニャと同じ学校だ。

 輝工都市アジールの条例で初等学校はほぼ全ての子どもが通う義務があるが、中等学校以上はそうではない。

 まともな職業に就くためには進学しておいた方が有利なのは確かだが、家庭の事情やその他の理由でそのまま就業する子どもも少なくはない。

 フィリア市の中等学校進学率は全体の八十パーセントほどである。

 他の都市と比べれば見れば高い方ではあるが、ナータのような施設の保護を受けている子どもが通えるほど門戸が広いわけでもなかった。


「ちょうどその頃、あたしがいた孤児院が潰れちゃってさ。全然知らない家に引き取られて北のフィリオ市で暮らすことになったの」


 話がまた重くなってきたがジルは黙って聞いていた。


「けど新しい家族とはちょっと折り合いが悪くてね。その、さっきので気づいたかもしれないけど、ちょっとグレちゃって」

「ああ、びっくりしたよ。外部生で入学試験トップの超優等生がパイプ握って男相手に大暴れだもんな」


 ナータは苦笑いするしかない。

 まあ自分が優等生だなんてこれっぽっちも思ってはいないけれど。


「こう言うのもどうかと思うけど、それなりに楽しかった。でもやっぱり初等学校の頃がよかったと思うし、もう一度戻りたいとも思った。その時いつも頭に浮かぶのがルーちゃんだったの」

「昔を思い出すうちにいつのまにか好きになってた」

「そう。気がついたらあたしはルーちゃんに恋してた」

「へんなの」

「そう言わないでよ。あたしにとっては大切なことなんだから」

「悪い」


 ナータはううんと首を横に振った。


「そんである時、入学金免除で南フィリア学園に入れる方法があるって知って……」

「外部受験か」

 

 南フィリア学園はただのお嬢様学園ではない。

 才能ある人材を育てるため、各分野で優秀な才能を持った人間を育てるのを目的とした一流教育機関なのだ。

 そのため南フィリア学園には学費免除という制度がある。

 外部受験で極めて優秀な成績を収めた生徒は身分に関係なく入学が許可されるのだ。

 ただし入学試験は極めて難関であり、中等学校でトップクラスの成績を持つ生徒でも難しいと言われている。


「思い立ったのは中二の半ば頃なんだけどね。ちょっと調べてみると南フィリアの外部試験は相当大変なものだってわかった。あたしそれまでバカばっかやってたから、もう必死に勉強した。急にいい子になっちゃったとか思われると向こうの仲間たちに何されるかわかんないから、付き合い悪くならない程度に遊びながらね。必死に時間割いて家に帰ってからは猛勉強。ほとんど寝る間もなかった。辛かったけどルーちゃんのこと思えば耐えられた。辛い思いをしながら頑張るたびにもっと好きになった」


 一気にまくしたてるとジルは呆れ顔でため息をついた。


「そんな想いひとつで難関の外部試験を突破しちまうんだから凄いな。あたしなんか入学試験の内容ほどんど何もわかんなかったぞ」

「まあ、愛の力ってやつ?」

「はいはい」


 二人は向き合って同時に吹き出した。


「そんだけ想ってた相手がいつのまにか知らないやつに取られてたんじゃないかってって考えれば、そりゃ面白くないよな。別にあたしとルーチェは全然そういうんじゃないけど」

「あっ、それは、その……ごめん」


 今にして思えば二人の関係は友だちの範囲を逸脱するものではなかった。

 ルーチェの頭の上にのしかかるジルの気安い態度が鼻についただけなのかもしれない。


「謝んなくってもいいって。理由を聞けばそれなりに納得もいったしさ」

「反省してます」

「それに、それだけルーチェが好きなんだろ? あたしもあいつはいいやつだと思うよ。愛してるとまでは思ってないけど」

「それは……」

「あたしは別に女が好きだからって理由でおまえを避けたりしないし……さっきはいきなりでびっくりしたけど……応援してやってもいいからさ」

「ほんと?」

「できる限りでな」

「……ありがと。嬉しい」

「よせって」


 ジルは照れたように顔を背け、大きく口を開けて冷たくなり始めていたピザを一気に飲み込んだ。

 ナータも最後の一切れを手にとって口にする。

 夜風に冷やされて焼きたての美味しさはなかったけれど、どこかほっとするような懐かしい味がした。




   ※


「そういえば……あんた名前はなんていうの?」


 帰りの輝動馬車の中でナータは思い出したように尋ねた。

 すでに夜も遅いので乗合客はジルとナータだけしかいない。


「は?」

「本名、あんたの」

「ジーリョ。呼びにくかったらジルでいいよ」

「あたしもナータでいいわ。昨日と今日はごめんね。これからよろしく、ジル」


 そっと手を差し出し握手を求める。


「なんだよあらたまって」

「ルーちゃんの友だちなら仲良くしておいて損はないからね。それに結構本気で悪かったって思ってるのよ。結局あたしの勘違いだったし」

「そっか」


 ナータは顔を赤くして俯いた。

 ジルは表情をやわらげて手を握り返してくれた。


「よろしくな、ナータ」

「よろしく」

「あ、一応確認しておくけど、あたしは女に興味ないから」

「そういうんじゃないわよ!」

「あはは、冗談」

「ったく。ちょっと見直したと思えば、あんたってやっぱり性格悪い?」

「どうだかな」

「ところでもう一つ聞きたいことがあるんだけど」

「なんでもどうぞ」

「あんたってなんであんなに強いの?」

「……実家が道場やってんだよ。拳だけで輝攻戦士ストライクナイトを超えるっていう方針でさ、一家そろって格闘家族。あたしも小さい頃から地獄みたいな修行をさせられてた」

「げっ、じゃああのままケンカ続けてたらあたしボコボコにされてた?」

「シロウトを殴ったりしないよ」

「嘘言いなさい。今朝教室で拳を振り上げたの見たわよ。ああ怖い」

「ナータも相当なもんだと思うぞ」


 ナータはくすりと笑った。

 ジルの口から自然に自分の名前が出てきたことが少し嬉しかった。

 もちろんそんなこと本人には言わないけれど。


「ところでさ……」

「何?」

「やっぱ、告白とか……するの?」

「は?」

「いや、だからさ、好きなんだろ? ルーチェのこと。付き合いたいとか……」


 ジルの頬が赤くなっていく。

 最後の方は小さくて聞き取れなかったが、はっきり言われるとナータも恥ずかしくなってしまう。


「ま、まあ……まったくないとは言わないけど……当分そんなつもりはないわ。いきなり好きですって言うのも変だし、とりあえずは友だちで十分」

「そ、そうか。いいと思うぞ。友だち同士がそうなったらなったで面白いと思うけど」

「面白いって。やっぱりあんた性格悪いわ」


 文句を言いながらも顔を見合わせれば自然に笑いが溢れてくる。

 はっきりと友だちって言ってくれたことが嬉しかった。

 初対面の印象はお互いに最悪だったけど。

 ルーチェだけじゃなく、ジルを始めいろんな娘と仲良くなれたらいい。

 まだ入学二日目。これから少しずつ知っていこう。

 高校生活が面白くなるのはこれからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る