113 二週間

 ん……

 視界がぼんやりと霞む。

 窓から暖かい陽光が差し込んでいる。


 ああ、いいお天気。

 今日はどこに行こうかな。

 せっかくの夏休みだもん。

 海にも行きたいし、裏山にピクニックにも行きたい。

 お弁当作って、友達を誘って出かけよう。

 それから、今年は大好きなあの人も――


 がばっ。

 私はベッドから跳ね起きた。

 あんまり勢いよく起きたせいで布団がベッドからずり落ちた。


 わ、私、どうなった?

 状況把握のため周りを見回す。

 ジュストくんの村。

 フレスさんたちの家。

 私が借りている二階の部屋。

 目がしぱしぱする。

 体の節々が痛い、動きも鈍い。


「あわっ!」


 ベッドから降りようとしたら、バランスを崩してお尻から落っこちた。

 あう。なんでこんなに体に力が入らないの。

 私、ひょっとしてけっこう寝てたのかな。

 どうしよう、貴重な夏休みが……

 だからいつまで寝ぼけてるんだっ!


 見たところ、動きが鈍いくらいで体に異常はなさそう。

 スカラフに乗っ取られたフレスさんはどうなったんだろう?

 ……だめだ、記憶が曖昧。

 私一人でスカラフと戦おうとした所までは覚えている。

 その後のことをよく覚えていない。


 やられちゃったのかも。

 でも、生きているってことは、誰かが助けてくれたってことだよね。

 ひょっとしたら、ジュストくんがまたいつものようにピンチに現れて、倒れる私を抱き上げ、「君は僕が守る」とか言って、かっこよく剣を構えて、ばしばしと敵をやっつけて、うふふふ――


 ばたん!

 妄想で悦に入っていると、ノックも何もなしに突然ドアが開いた。

 そこに立っていたのは両手に桶を抱えたスティだった。


「あ」

「あ、お、おはよう」


 や、やばい。

 だらしなく笑ってる顔見られちゃったかも……

 私の記憶では彼女も怪我をしていたはずだけど、パッと見は元気そう。


「無事だったんだね、よかっ――」

「みんな、ルーチェさんが、ルーチェさんが目を覚ました!」


 私の言葉を最後まで聞かず、スティはドタドタと騒がしい足取りで階段を駆け下りていった。

 水の入った桶を放り出していったもんだから、部屋の中がびちょびちょ。

 相変わらず騒がしい娘だなあ……。

 なにをそんなに慌ててるんだろう。


 しばらくすると、複数の人が階段を駆け上がって部屋にやって来た。

 先頭にスティ。その後ろにはネーヴェさんとソフィちゃんもいる。


「まったく、心配したわよ」

「ようやく目が覚めたかい」

「ルーチェ、ねぼすけ。でも、よかった」


 な、何なに?

 そんなに心配してくれなくても、私は大丈夫だよ?

 怪我もしてないし、痛みもなにも残ってない。


「起きるの遅いー。おかげで予定がズレまくっちゃったじゃない」

「せん――ファースさん!?」


 そのさらに後ろには、ファースさんバージョンのグレイロード先生がいた。

 まだ国に帰ってなかったんだ。

 私のために残っててくれたのかな。

 だとしたらちょっと感動。


「ファースさんじゃないわよ。話を聞いて即座にとんぼ返りからの治療のために二週間も拘束。自分がどれだけ迷惑かけたかちょっとは自覚してよね」

「ご、ごめんなさい」


 感動してる場合じゃなかった。

 各地でエヴィルが不穏な動きをしているっていうのに、先生は私なんかのために二週間も――


「二週間!?」


 いま、とんでもないこと言わなかった!?


「そうよ。ルーチェさん、二週間も眠りっぱなしだったんだから」


 スティが呆れたように言う。

 に、二週間……? 

 そんなに長い間、眠ってたの……?

 じゃ、じゃあ、だとしたら。


「わ、私の夏休みは……?」

「一発殴っていいかしら?」


 先生がにこやかな笑顔のまま拳を握り締める。

 だって、学生にとってはオオゴトなんだぞっ。

 貴重な夏休みを、ずっと眠りっぱなしで過ごしちゃうなんて……

 今なら泣いても許されると思う。


「いいわ。まだ頭が混乱してると思っておきましょう……ちょっと他の人たちは席を外してくれるかしら」


 先生は肩をすくめ、後ろの三人に向かって言った。


「いいけど、終わったらちゃんと姉さんの所に顔出させてよね。今だってできるならすぐ会いたいって駄々こねてんだから」


 あ、フレスさん、無事だったんだね。よかった。

 けど、どうしてみんなと一緒に来てくれなかったのかな。

 そういえば、ジュストくんはどうしたんだろう。




 三人が部屋を出て行くと、ファースさんは変身を解いて元の姿に戻った。

 大賢者、グレイロード様の姿に。


「さて、どこまで覚えている?」


 どこまでって言われても……

 記憶の前後が混乱してるので、ひとつずつ頭から思い出そうとしてみる。


「えっと、スカラフがフレスさんの体を乗っ取ってて、ケイオスの力を吸収しちゃって、放って置いたら村が危ないから仕方なく一人で戦おうとして……その後はよく覚えていません」


 先生は手近にあった椅子に腰掛け説明をする。


「お前は一人でスカラフと戦ったが敗北し、間一髪のところでジュストとダイが駆けつけ事なきを得た。二人もまた浅くない怪我を負ったが、花畑周辺が焼け野原になるほどの激戦の末、なんとかスカラフを倒すことに成功した」


 あ、私やっぱり負けちゃったんだ。

 でもジュストくんとダイがやっつけてくれたんだね。

 っていうか、あの花畑焼けちゃったのか。

 そういえば焼け野原になった景色を見た記憶がうっすらとある。

 ソフィちゃんがあんなに大切にしてた場所なのに。

 やっぱりスカラフの奴、ゆるせない!


「……という風に、村人たちには伝えてある」


 え?


「どういうことですか? 事実と違うんですか?」

「ジュストたちはスカラフと戦っていない」

「えっと、じゃあ、私がやられた後は――」

「スカラフを倒したのはお前だ。花畑を焼け野原に変えたのも」


 どくん。

 胸が強く脈打った。

 一瞬のフラッシュバック。

 脳裏に浮かび上がる映像。

 焼け野原。傷つき倒れたジュストくんとダイ。

 そして――


 ボロボロになったフレスさんの体。

 それを掴んで持ち上げるのは、私。

 意識が途切れる直前に見た景色。


「わ、私……」


 覚えている。

 誰かが話しかけてきたような気がした。

 何がなんだかわからなくなって、心が嫌な気持ちで一杯になった。

 あふれ出す強い衝動に意識を乗っ取られた。


 でも、違う。

 私は覚えている。

 あの殺意を、あの力を、あの快感を!

 スカラフを殺すことだけで頭がいっぱいになって、フレスさんが傷つくのも構わずに攻撃した!


「ふ、フレスさんは、彼女は無事なんですかっ!?」

「落ち着け、ちゃんと生きている。スカラフの支配もすでにない」


 先生はベッドから身を乗り出そうとした私を押さえつける。


「ジュストたちが着いた時にはすでに彼女はボロボロで、スカラフの意識はどこにもなかったらしい」


 それをやったのは私。

 ケイオスを吸収して、圧倒的な力を手に入れたスカラフを、私が殺した。

 フレスさんの体から強引にスカラフの意識を引っ張り出して、卵を握り潰すようにあっさりと殺した。

 炎をまき散らして周囲を焼け野原にした。

 そのままフレスさんをも殺そうとした。

 邪魔しようとした仲間にも攻撃した。

 全部、私自身の記憶として鮮明に覚えている。


「夢じゃ、なかったんですね」

「ああ」


 一面の荒野。

 傷ついたスティとダイ。

 私の名前を呼ぶジュストくん。

 そして、私の手の中の血まみれのフレスさん。


「私、どうしちゃったんですか。戦っていたら途中から訳がわかんなくなって、気がついたらあんな、あんな……」

「ルーチェ、落ち着け」

「落ち着いてなんかいられないよっ!」


 気持ち悪い。

 体の中に自分じゃない何かがいる。

 そうだ、よく考えれば前もそうだった。

 ジュストくんと初めて隷属契約スレイブエンゲージをしたときも、私は明らかに私じゃないに誘導されたのに、自分で決断したと思い込んでいた。


「私、何なんですか? 一体何者なんですか? 私の中に何があるんですか? 天然輝術師の力? もう一つの魂? なによそれ、わけがわからない。どうしてあんなメチャクチャな力が私の中にあるんですかっ!」

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