114 白の生徒

 怖かった。

 歯止めの掛からなくなった殺意も。

 それを実行に移してしまえる力があることも。


 もういやだ。

 私のせいで誰かが傷つくなんて。

 フレスさんも、スティも、ダイやジュストくんも。

 私がこの手で傷つけた。


 魂だか才能だか知らないけど、どうしてこんなことになっちゃったの?

 こんなことなら、輝術の修行なんてするんじゃなかった。

 ずっとフィリア市に残っていればよかった!


「お前が、もし」


 私が頭を抱えて蹲っていると、先生が呟くような小さな声で言った。


「その力の正体と正しい使い道を知りたいのなら、新代エインシャント神国に来い」

「え……?」


 頭を抱えて蹲っていた私はその言葉に顔を上げた。

 新代エインシャント神国って、先生の国だよね。

 ミドワルトの北の果てにある島国で、五大国のひとつ。


「魔動乱再来の時は近い。それを抑止するための戦力を今は少しでも多く欲している」

「私に、その戦力になれって?」

「お前だけではない。俺はこの十五年間、才能のある人間を探し出してこの手で鍛えてきた。それが世界を救うための精鋭となりうる『白の生徒』だ」


 世界を救う、白の生徒。

 クイント王国の王様が以前に言っていた。

 白の生徒って言うのは、大賢者様からの教えを学んだ人のこと。

 先生から輝術の特訓を受けた私もそれに含まれる、らしい。


「先生は私の力の正体を知っているの?」

「ああ」

「ここでは教えてくれないんですか」

「元の生活に戻るのなら知らなくて良いことだ」


 元の生活。

 フィリア市に帰れば、ってこと。

 先生が修行を終わりだって言った時みたいに。


「戦うのが嫌なら自分が天然輝術師であることを忘れてただの都市の民として暮らせ。平和な暮らしの中でお前の力は二度と発現することはないだろう」


 それは、そう。

 私はジュストくんと隷属契約を交わすまで、自分の中にすごい輝力があることすら知らなかった。

 都市の中で普通に生きていくだけなら輝術を使う必要も無い。

 誰かを傷つけることもない。


「だが、その力を平和のために役立てても良いと思うのなら……」

「新代エインシャント神国へ行け、って?」


 先生は首を縦に振る。


「難しい選択だとは承知している。だがウォスゲートが再び開けば何千何万という命が失われる。それを未然に防ぐためなら俺は何でも利用する」


 先生の言葉はとても冷たく、自分勝手な物言いだった。

 けれど私はそれに反論できなかった。


 魔動乱は歴史上の出来事だと思ってた。

 けれどフィリア市の外の世界を見て、この村で起こった過去の事件を聞いて、紛れもない近い過去の現実であることを知った。

 力を使って人を守るっていう意味も少しは理解できるようになった。

 平和を守るためには、誰かが戦わなくっちゃいけない。

 戦う力があるならみんなのために使うべきだ。

 それは、才能ある人間にとっての宿命みたいなもの。

 でも、


「先生の言っていることはわかります。けど私は戦えません。またあんな風に暴走しちゃったらと思うと怖くて、みんなを救うどころか傷つけるようなことになってしまったら……」


 無意識とはいえ、私はスカラフに乗っ取られているだけのフレスさんをも殺そうとした。

 止めに入った人も傷つけた。

 自由に扱えなければ、どんな力もただの暴力にしかならない。

 守るはずの人を自分自身で壊してしまうのは、嫌だ。


「その事に関しては一応の解決策があるんだが……」

「え?」

「暴走したお前はジュストの声で正気に戻ったと聞いた」


 あ……

 そういえば、いろんな声が頭の中で渦巻く中、ジュストくんの声だけはやけに強く大きく聞こえていた。

 その声で私の意識は闇の中から引き戻されたんだ。


「あいつの言葉はお前の意識の深いところに届いていた。それはお前にとってジュストが特別な存在だということではないか?」


 私が彼のことを好きだから。

 大好きな人の言葉だから、私の心の奥にまで響いた。

 そんな、奇跡みたいな事って……


「そう言えば、ジュストくんはどこに行ったんですか?」


 さっき、彼の姿は見えなかった。

 私が二週間ぶりに目覚めたんなら、心配してくれてもいいはずなのに……


 はっ。

 ひ、ひょっとして、暴れる姿を見られて嫌われちゃった、とか? 

 もう私の顔なんか見たくなくて、さっさとファーゼブルに戻ったとか?

 夏休みも終わりなんだし、いつまでも田舎でのんびりしている理由もないし。


 先生はハッキリと告げた。


「ジュストはファーゼブルに戻った」

「や、やっぱり?」


 あう。やっぱり置いてかれたぁ。


「今頃は輝士養成学校退校の手続きと旅立ちの仕度をしているはずだ」


 え?


「ど、どういうことですかっ」

「ジュストには冒険者として新代エインシャント神国に向かわせる」

「冒険者?」

「この二週間、俺はあいつに稽古をつけて白の生徒の資格を与えた。ジュストの輝攻戦士としての才能はファーゼブルの法で縛り付けるのはあまりに惜しい」


 確かに、ファーゼブルの法律では、勝手に輝攻戦士になったジュストくんは問答無用で処罰されてしまう。

 なによりも文化と伝統を重んじる国だし、輝士団に属さない輝攻戦士は危険だから仕方ないと言えば仕方ないんだけど。


「あいつの身柄は俺がファーゼブルから正式に預かった。白の生徒として任務を全うすればクイント王国で正式な輝士として採用させてやるって条件付きでな」

「そ、そんなことできるんですか? よその国の話なのに」

「俺を誰だと思っている。伝説の五英雄の大賢者だぜ」


 ものすごい力業で権力を行使する先生の話を私は目を丸くして聞いた。

 私たちがフィリア市を出ることになった問題がぜんぶ解決しただけじゃなく、不可能だと思われてたジュストくんの夢も叶ってしまう。

 ジュストくんはこの村で輝攻戦士としてみんなを守っていける。


「そっか、ジュストくんも新代エインシャントへ向かうんだ……」


 結局、自分のことしか考えていなかった私が一番中途半端だった。

 よく考えれば、フィリア市を出たのも個人的な理由だったね。


「お前にその気があるならジュストと一緒に来い」

「え?」

「未熟だが素質は十分にある。ジュストと共に過ごして力を使いこなす練習をしてみるのもいいだろう」

「な、なんで、私がジュストくんと一緒に」


 急にそんなこと言われたら、びっくりしてドキドキしちゃう。


「ジュストの言葉でお前は正気に戻った。しかもお前たちは隷属契約スレイブエンゲージを交わしている。ジュストはお前の抑止力になり、お前はジュストの力となるんだ。新代エインシャント神国までの道のりは決して楽なものではないだろう」


 ジュストくんと一緒に、冒険の旅?

 そんなの、考えただけでわくわくしちゃう。


「わ、私っ」

「答えを急ぐ必要はない。ジュストが戻ってくる三日後までに決めるといい」


 そう言うと先生は懐から紙切れを三枚取り出した。


「国境通行証と、フィリア市市民状、それから麓の町からファーゼブル王都までの貸しきり馬車の乗車券だ。何もかも忘れて元の生活に戻るのも自由。俺の名において今後お前がこの件で罰せられることがないよう保障しよう」


 それは、私が日常に戻れる最後のチャンス。


「やる気のない者に戦いを強制することはしない。日常に帰ったとしても誰もお前を咎めることはない」


 先生は最後に優しく私の頭を撫で、立ち上がった。


「さて、だいぶ長居をしてしまったが俺はそろそろ国に帰る」


 そう言えば、先生は私が目を覚ますまで二週間も待っていてくれたんだ。

 本当なら一刻も早く帰らないといけないはずなのに。


「先生……」

「あとは自分で決めるといい。すべてを知りたければもう一度俺に会いに来い。新代エインシャント神国で待っている」


 先生は修行中は一度も見せてくれなかった優しい表情で笑った。


「あの、最後に一つだけ聞いてもいいですか?」

「ああ」

「プリマヴェーラって、どんな人だったんですか?」


 意外な質問だったのか、先生は一瞬びっくりしたような表情を見せた。

 私と同じ天然輝術師だったと言われている五英雄の女性。

 先輩とも言うべき人のことを知りたいと思った。


 先生は視線を逸らし、昔を思い出すように遠くを見ながら呟く。


「強く、優しい人だった」

「他には? 美人だった? どんな術を使ってた? 先生から見てどういう存在だった?」

「質問が多い。知りたかったら改めて聞きに来い」

「ずるいんですね」

「それだけお前が欲しいんだ」


 ふぁさ、と何かが私の頭にかぶせられた。

 なに、布?


「修行に耐えた褒美だ。似合うかどうかはわからんがな」


 それは、服だった。

 物語なんかで女性の輝術師がよく来ている術師服。

 一人前の輝術師が身に纏う衣装。


「……ありが」


 顔を上げると、先生はもういなかった。

 言いたいことはたくさんあるのに。

 先生は私には何一つ言わせないまま、煙のように消えてしまった。

 それっきり、先生が自分から私に会いに来ることはなかった。

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