112 暴走

「……あっ?」


 戦い始めようとして、私は膝から下が動かないことに気がついた。

 やたらと周囲の気温が低い。

 足が凍りつきそうに冷たい。

 いや。


 実際に私の足は凍り付いていた。

 地面から盛り上がった氷の塊が、私の膝までをびっちりと覆っていた。


「い、いつの間にっ」

「くっくっく。輝言を唱える必要がないというのは楽よのう。それにこのあふれ出す輝力、本当に以前とは比べ物にならんわ」

「くっ……火蝶弾イグ・ファルハ!」


 輝術で作った火の蝶を足元に落とす。

 氷の塊にぶつかると、カキンと金属的な音をたてて氷もろとも消滅した。


「ほれほれ、よそ見している場合ではないぞ」


 氷の矢が飛んできた。

 もう一度、火の術!


火蝶弾イグ・ファルハ!」


 輝術を撃つ速さは、前回戦ったときの唯一のアドバンテージ。

 けど、ケイオスの力を取り込んで、輝言の詠唱を必要としなくなったスカラフは私と互角の速度で輝術を使う。


 とにかく止まっているとまた凍らされてしまう。

 私は走りながら四つの火の蝶を飛ばし、スカラフめがけて撃ち出した。


 フレスさんの体を傷つけたくないなんて言ってる場合じゃない。

 油断していたらあっという間にやられてしまう。

 スカラフが腕を振るう。

 虚空に十本以上の氷の矢が出現した。

 その一つ一つが火の蝶に狙いを定める。


 けれど、やらせない。


「避けて!」


 火の蝶が不規則に動く。

 迫る氷の矢を交わしながら、少しずつスカラフとの距離を詰めていく。


「ほう、前回よりも工夫はしているようだな」


 この火の蝶は私の意志で自由に動かすことができる。

 ヒラヒラと無軌道に飛ぶ蝶の動きは、いくら数が多くても簡単に捕らえられるものじゃない。

 あと少しで、スカラフの所まで辿り着く!


「だが甘いわ」


 スカラフの周りの地面が凍り付いていた。

 そこから無数の氷柱が突き出す。

 真下から来る逃げ場のない攻撃。

 あと少しの所まで接近していた火の蝶は、一つ残らずかき消されてしまった。

 

「くっ……」


 気持ちに焦りが生じる。

 だめだ、そんなんじゃ。

 弱気になっちゃいけない。


 私は両手を挙げ、イメージに集中した。

 練習での成功率は十回に一回程度。

 だけど、今なら!


閃熱掌フラル・カノンっ!」

「バカめ、届くか」


 スカラフは小ばかにしたような声で呟く。

 複数の氷の矢が一斉に殺到し、術はかき消さ――


「いけえっ!」


 れなかった。


「何っ!」


 眩い閃光が氷の槍を消滅させる。

 空中で威力を失いつつ、そのままスカラフに向かっていく。

 迎撃する余裕はないとみたか、スカラフは両腕を交差させて防御の姿勢をとった。


「がっ!」


 激しい衝突音。


「おのれ、小ざかしい真似を!」


 掌から打ち出した閃熱フラルの威力は、撃ち出した瞬間は岩をも溶かすほど強烈だけど、少し空気に触れるとすぐに半減してしまう。

 遠距離から撃っても普通は相手に届く前に消える。

 けど、攻撃を食らったスカラフの声には確かに苦痛の色が混じっていた。

 確実に、ダメージを与えている。


 天然輝術師の使う術は精神力が大きく作用する。

 練習のときよりも、以前にスカラフと戦ったときよりも。

 術の威力は明らかに増している。


 やっぱりそうなんだ。

 先生が言っていた、私に足りないもの。


 それは、きっと……自信。

 自分ならできる、必ずやってやれる。

 そう思えば私の心はもっと強いイメージを作り出す。

 スカラフにも負けない力を引き出せる!


 もっと、もっと自惚れなきゃ!

 私ならこいつに勝てるって信じなきゃ!


「何をっ、こんどはこちらの番よ!」


 攻撃を受けて怒ったスカラフが反撃に移る。

 空を飛んで頭上を取り、必要の無いはずの輝言を唱える。

 大技が来る。


氷弾暴風雨グラ・ストーム


 放たれた大輝術。

 無数の氷の弾丸が地上に降り注ぐ。

 避ける暇はない。

 防御するしかない!


「なんでもいい、私を守って!」


 できる。

 私なら絶対できるっ!

 両手を突き出して大きな盾をイメージし、力の限りに叫ぶ。

 すると、私の前方に円形の炎の盾が出現した。

 高温で灼熱する炎は氷の弾丸を全て受け止めた。

 攻撃が止むと同時にそれは消滅する。


 や、やった。火の盾だっ。

 イメージが不完全だったから自分も熱かったけど、ともかくこれは使える! 

 後でちゃんとした名前を考えておかなきゃね!


「小娘が!」


 なんて考えてる場合じゃない、戦闘の続きだ!

 スカラフが大地に手を当てた。

 地面に亀裂が走る。

 大地の下に何かが蠢き、迂回しながら私に迫ってくる。

 亀裂は私のすぐ手前まで来ると、これまで抉り取った地面が塊となって地上に現れた。

 土塊が蛇のように襲い掛かってくる。土の輝術。


 なんの、これも防ぐ!

 再び火の盾を作り出す――成功!


「へっ?」


 土の蛇は私の火の盾を通り抜け、燃えながら突っ込んできた。


「ひえっ!」


 横に飛んで間一髪でそれを避ける。

 あ、危うく自分の術で燃やされるところだった!


「素人が。炎の盾で土の術が防げるものか」


 むしろ土が燃えて、余計に恐ろしいことになってしまった。

 一度地面に潜った土の蛇は炎こそ消えたものの、もう一度私を狙おうと土中を這い回っている。


 火の術しか使えない私は、次に同じ攻撃をされても防ぐ事はできない。

 なら空に逃げるしかない!


「飛べ、飛べっ!」


 ともかく空を飛ぶ自分をイメージし、上空に逃げる。

 土の蛇が私に迫る直前、私は叫びながら思いっきりジャンプした。


「ほわっ!」


 ぼふうっ。


「な、なにこれ、なにこれっ」


 風のように飛ぶことを期待したけど、思っていたのとは違った結果になった。

 足下から吹き上がった炎に吹き飛ばされるように空へと舞い上がる。

 攻撃からは逃げられたけど、これじゃ飛んでるというより打ち上げられただけ!


「む、どこへ消えた!?」


 けれど、この動きは予想外だったのか、地上にいるスカラフは私を見失ったようだ。

 地面をキョロキョロと土の蛇が這い回っている。

 これは、チャンス!


 私は上昇しながら人差し指を立てる。

 流読みでスカラフに照準を合わせる。

 そして、声の限り叫ぶ。

 この一撃で終わらせる!


爆華炸裂弾フラゴル・アルティフィ!」


 指先からオレンジ色の光球が撃ち出された。

 それはまっすぐ吸い込まれるよう地上に向かって落ちていく。

 スカラフが上空からの攻撃に気づいたときには、すに光球は目前に迫っていた。

 着弾し、大爆発を起こす――


「あわわわわわっ!」


 のを、最後まで見届けることはできなかった。

 術の反動で私はさらに上空に舞い上がってしまった。

 やがて上昇が止まり、下降に転じる。

 落ちる、落ちるうっ。


かぜえっ!」


 以前に落っこちた時と同じ要領。

 ふわり、と体が一瞬だけ浮き、着地の衝撃を和らげる。

 結局、お尻を地面に打ちつけてしまったけど。

 

「いたた……」


 ともかく、この程度で助かって良かった。

 どうやら私、火の術以外はしっかり意識しないと使えないみたい。


 私は立ち上がって前方を見渡した。

 少し離れた場所では地面が抉れ、もうもうと煙が立ち込めている。


 私の最強必殺技の威力も確実にこの前より上がってる。

 これはさすがのスカラフも無傷じゃ済まないはず。

 今度は避ける暇も――


「っ!」


 反射的に手を突き出し、火の盾を作る。

 飛んできた無数の氷の弾丸が盾とぶつかり、金属的な音を立てて消滅する。

 危なかった、前と同じパターンでやられるところだった。

 煙が晴れ、フレスさんの……

 いや、スカラフの姿が見えてきた。


「確かに先日よりは腕を上げたようだな」

「嘘でしょ、今度は確かに当たったはずなのに……」


 煙の中から現れたスカラフはまるでダメージを受けているようには見えなかった。

 あの一撃を、耐えきった……?


「末恐ろしい娘だ。やはりこの場で消しておく方が良い」


 ダメだ、弱気になっちゃ。

 次はもっと上手くできる。

 効いていないわけがない、あんなのやせ我慢に決まってる。

 自信を、もっと……


「ひっ!?」


 スカラフの撃った氷の槍が脇腹を掠めた。

 イメージに集中するあまり、相手の攻撃に反応するのが遅れた。


「次は当てる」


 もう少しズレていたら直撃していた。

 当たったら、死んでいた。

 足がすくむ、怖い。

 頭の中が恐怖で塗りつぶされていく。

 だめだ、このままじゃ。

 もっと自信を……


 ――違うよ。


 どこからか声が聞こえる。

 私のものだけど、私のじゃない声。

 時間が切り取られたように周りが真っ暗闇になる。


 ――お前あたしに足りないのは自信なんかじゃない。


 じゃあ、なによ。

 私になにが足りないの?


 ――お前あたしはもうわかってるはずだ。それは……


 ……ああ、そっか。


 先生はずっと教えてくれていた。

 修行の最中、何度も何度も思った。

 このままじゃ殺されるかもしれないって。


 前にスカラフと戦った時もそうだった。

 ちょっと劣勢になっただけで私は戦えなくなってしまった。

 それはきっと、恐怖に負けたから。

 このままじゃ殺されてしまうと思ったから。


 殺されたくない。

 死ぬのは怖いに決まってる。

 じゃあ、どうすればいい?

 決まってる。


 ――そうだ、それこそがお前あたしに足りないもの、それは。


 殺されたくなければ、殺せばいい。

 力も能力も自信さえも些細なこと。

 命をかけて戦う者に必要なもの、それは。

 目の間の敵をころすという、



 明確な、殺意。



「死ねえ!」


 時間の感覚が唐突に戻る。

 スカラフが叫んだ。

 これまでにない数の氷の槍がその周囲に出現する。


 まるで、お遊び。


 私は軽く手を振った。

 炎が竜巻のように渦を巻く。

 天まで届くような灼熱の炎が氷の槍をすべて飲み込み消滅させた。

 

 頭の中を声が駆け巡る。

 痛い、なによこれ。

 うるさい、だまれ。

 はやくしろ。きえろ。

 ころしてやる。


「な、何だと……」


 スカラフが驚きの表情を見せる。

 あはは。もろいもろい。

 私は目の前の敵に近づいた。

 ゆっくり、歩いて。


「くっ」


 スカラフが身を引いて体勢を立て治す。

 ふふふ、怖いの?

 あたしが、怖いの!?


 やつは斜め後ろに飛び上がり、真横に向けて収束した嵐を放つ。

 密度の濃い氷の雨が滝のように横殴りで襲いかかる。

 そんなことしても無駄なのにね。


「ば、バカなっ!」


 ほら、あたしには通用しない。

 必殺技を簡単に防がれたスカラフはがむしゃらに氷の矢を連発する。

 狙いも定まらずにあちこちに氷の矢が突き刺さる。


 だめよ、そんなことしたら、お花が枯れちゃうでしょ。

 あ、もう一緒か。

 さっきのあたしの攻撃で、この周辺はぜーんぶ――になっちゃったもんね。


「お――うなって――んだよ」


 さあ、はやくやっちゃおう。

 いやいやフレスさんを助けなきゃ。


「――かく、彼女――めてくだ――」


 そんなこといいから、殺すのが先でしょ。

 ほらこうやって中身だけ引っ張り出せばいいんだよ。

 ちょっと体も傷ついちゃったけど許容範囲内ってことで。

 あれ、何よこれ。

 さっきから、私は誰と話しているの?


「――覚ま――ルー子!」


 さあ始末しよう。

 あたしに逆らった馬鹿なやつを。

 ケイオスの力を取り込んだくらいで調子に乗ってる、弱くて哀れな老人を。


「とに――このままでは――焼き尽――」


 さっきから周りがうるさいね。

 さきにやっちゃおうか。

 違う、ダメ。

 だめじゃない、ほら、はやく。


「何だ――でコイツが――になっち――ぐわっ!」


 やめて。

 その人たちは仲間なんだから。

 傷つけないで。

 いやだ、殺したくない。助けたい、私は――

 だめよ、殺したい。消しちゃえ、あたしは――




「ルー!」


 聞き覚えのある声に私はハッとする。

 目の前にはジュストくんがいた。


「あ、あれ。私……?」


 一体、何をやっていたんだろう。

 頭がぼーっとして、まるで夢から覚めたような気分。


「正気に……戻ったのか?」


 ダイ?

 どうしてこんな所にいるの?

 それに、そんなに傷だらけで。


「ジュストの声が届いたのね」


 スティ?

 なんで、泣いているの?

 そんなにボロボロになって。


「ルー、離してやってくれ。フレスが死んでしまう」


 彼がそう言うと同時に、急に腕に重みがはしった。

 自分が何かを掴んでいたことに気づく。

 私の腕の先にあったもの、それは――


「フレス、さん……?」


 栗色の髪の、ちょっと変だけど、心優しい村の女の子。

 そう、私はさっきまで戦っていた。

 スカラフに体を支配されたフレスさんと。

 それが、どうして彼女は白目をむいて私に首を掴まれているんだろう。

 それと、どうしてダイやジュストくんが傷だらけになっているんだろう。

 それに、どうして……

 私がいたのは一面の花畑だったはず。

 なのに、どうして――


 私は今、草ひとつない焼け野原に立っているんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る