104 悪の輝術師再び
魔老スカラフ。
元、ファーゼブル王国の輝術師団副団長。
同僚を殺して悪魔の薬の開発方法を盗みだし、悪に落ちた老人。
狼雷団の黒幕としてクイント王国で悪さの限りを尽くしていたけれど、その野望は私たちに敗れて打ち砕かれた。
今ごろは身柄を拘束されてファーゼブル王都に輸送されている……はずなのに。
「名前を覚えていて頂いて光栄ですな。天然輝術師のお嬢さん」
「どうしてこんなところに……」
「なにマヌケな輝士めが居眠りをした隙に、ちょいとな。所詮は小国の輝士。実力もなければ機転も利かぬ」
脱走したってことね。
せっかく私たちが苦労して捕まえたのに。
……いや、結局は先生が一人でやっつけたみたいなものなんだけど。
ちゃんとしてよ、クイントの輝士さん!
「ここに来たのは私たちに復讐するため?」
「まあ、当たらずといえども遠からずと言っておこうか。クケケケ」
そう言ってスカラフは例のいやらしい笑い声を上げた。
「覚悟しなさい。大賢者さまがすぐやってくるよ」
ジュストくんたちを呼んだってことは、先生もこいつが脱走したことは知っているはず。
スカラフは強いけれど、先生はさらに桁が違う。
私がソフィちゃんを探しに花畑に向かったことはフレスさんに伝えてあるので、もし村に立ち寄ればすぐ来てくれるはず。
「どうかな? 大賢者といえど、この空間には入れまい」
「え?」
言われて初めて、私はこの霧の不自然さに気づいた。
これは……スカラフの輝術?
「まさか、最初から私を狙って……」
「いやいや。この霧は大賢者の目を逃れるための隠れ蓑。お嬢さんの方から飛び込んできただけよ」
ってことは何?
私は自分から勝手に罠にはまったってわけ?
似合わない場所に陣取らなくてもいいじゃない!
「とは言え、逃すわけにはいかぬな。せっかくだから交渉用に人質となってもらう」
スカラフの目がスッと細まった。
やっぱり見逃してくれるつもりはないらしい。
もし、このまま人質に取られたら。
それは、とても恐ろしい想像だった。
だって……
先生は交渉なんかせず、私を無視して攻撃するかもしれない。
私ごとスカラフをぶっ飛ばす先生の姿がありありと目に浮かぶ。
はっきり言って、スカラフなんかより先生の方がずっと怖い。
絶対に捕まるわけにはいかない!
スカラフの力はよく知っている。
ファーゼブル指折りの輝術師というのは伊達じゃない。
ジュストくんとダイと私の三人がかりでも勝てなかったくらいだ。
でも、私もあの時とは全然違う。
修行の成果を試してやる!
「そう簡単にやられないから」
「ほう、やる気か? 大人しくしていれば痛い目は見ずに済むぞ」
いくぞっ、先手必勝!
私は右手を前方に突き出した。
人差し指と中指を立て、頭の中で燃える炎を思い描く。
それを指先に集めるイメージ。
指先が熱を持ち始める。
小さな弓を引くように人差し指を折り曲げる。
「
曲げた人差し指を親指に引っ掛け弾く。
飛びだした火の矢がスカラフに向かって飛んで行く。
オリジナルじゃない、既存の術。
「ほう……しかし軽いわ! ――
スカラフは輝術で目の前に氷の壁を出現させる。
それは私の火の矢をたやすく防ぎきった。
やっぱり通用しないか――だったら!
同じように燃える火をイメージ。
ただし、今度は胸の前で握った拳の中で『ある形』を作る。
「
腕を振り、開いた掌から蝶の形をした炎がひらひらと舞う。
威力は
スピードはやや劣るけれど、同時に複数を飛ばすことがでる。
その上、ある程度は自在に軌道を操れる、私のオリジナル輝術。
氷の盾を迂回するようにスカラフの背後に誘導。
四匹の火蝶が次々とスカラフの背中に命中した。
「う、うおおっ!」
やった、成功!
まさかスカラフも後ろから攻撃されるとは思っていなかったに違いない。
「小娘……貴様!」
けれど、ダメージはあまり与えていないみたいだった。
いつの間にかスカラフの周囲を光の粒が舞っている。
輝攻戦士化して防ぎきったんだ。
ここからが悪の輝術師の真骨頂。
スカラフが輝言を唱える。
「――
鋭く尖った氷の槍が、ものすごいスピードで飛んでくる。
あれが刺さったら一巻の終わり。
けど、先生の術に比べればぜんぜん遅い!
氷槍の先端を見据え、その一点に意識を集中させる。
「
さっきと同じく火の蝶を作る。同時に四つ。
そのうちの三つが氷の槍の軌道上で停止。
鋭い氷の槍と火の蝶が空中で激突。
甲高い音を立てて互いに消滅する。
「あれを防ぐか!」
驚愕に目を見開いたスカラフが動きを止めた。
その隙に、滞空させてあった最後のひとつを撃ち出す。
「いけぇーっ!」
「ぐっ!」
スカラフは左手で火蝶を振り払った。
輝粒子でガードされているため、当たってもたいしたダメージにはならない。
なら!
握った拳の中で燃える蝶をイメージして、腕を振る。
「
掌を開く。
またも燃える火の蝶が四つ同時に出現する。
まったく失敗する気がしない。
先生との修行の時より遥かに調子がいい。
「同じ手を何度も食うか!」
火の蝶を四方からそれぞれ向かわせる。
スカラフは空中に舞い上がってそれをやり過ごした。
これは――いける!
間髪入れずに繰り出す私の連続攻撃。
スカラフは輝言を唱えている暇がない。
高速で輝言を唱えられる先生と違って、あくまでスカラフは普通の輝術師。
輝言を必要としない、イメージから直結で術を撃てる私の方が攻撃間隔はずっと速い。
手数で圧倒する。
天然輝術師の本領発揮だ!
「小娘が、調子に乗るな!」
スカラフが遙か上空で停止する。
両手を広げて輝言を唱え始めた。
この前の、氷の嵐の術か!
遮るもののないこの場所では、あんな大輝術を使われたら逃げる場所がない。
距離は離れている。
今のうちに森の中に逃げ込んでやり過ごす事もできそう、だけど……
この状況、私にとって逆にチャンス。
走った。
スカラフの真下へ向かって。
輝言を唱えているスカラフの下にたどり着く。
イメージの構築を開始。
思い浮かべるのはもちろん、あの日のピャットファーレ川!
「
伸ばした左手の先に光が集まる。
その光をひっぱるように右手を引く。
私の体は砲台になる。
強い衝撃に足もとが崩れそうになるけれど、ぐっと堪える。
術の名を叫ぶと同時にオレンジ色の光の球が撃ち出される。
上空へ。
スカラフめがけて、一直線に飛んで行く。
「な、なんとっ! グ……
スカラフが防御の術を展開する。
けれど、氷の壁にぶつかった瞬間、光球が大爆発した。
光の氾濫は防御ごとスカラフの体をのみ込む。
空を焼く閃光。轟音。
霧の中の花火という、幻想的な光景が空に描き出される。
前回の戦いの時にとっさにあみ出した
先生が最初に見せてくれた
今の私が使える中で、一番威力のある攻撃だ。
真下に向けて衝撃を逃がさなきゃいけないから、空にいる相手にしか向けられない欠点はあるけど。
威力は
これならスカラフだって、ひとたまりも――
「っ!」
とっさに身をひねる。
間一髪、わき腹の横を氷の槍が突き抜けていった。
……あとちょっと動きが遅れたら串刺しになってた。
「恐ろしい、まことに恐ろしき娘よ」
花火の余韻が消える。
上空の煙の中にスカラフの姿はなかった。
「そんな……どうして」
スカラフは、目の前に断っていた。
「しかし所詮は素人よ。あのような大規模な術を回避するのは容易い。ましてや以前に一度目にしておれば、なおさらな」
「くっ」
氷の壁を遣って手前で爆発させ、その隙に地上に降りてきた。
そして、マヌケにも煙で見えない空を見上げている私に不意打ちをしてきた。
氷の槍を避けられたのは幸運だったとしか言いようがない。
必殺技を防がれて高揚していた気持ちが一気に萎えていく。
けど、まだ終わったわけじゃない。
「
私は腕を振る。
目の前で笑うスカラフに火の蝶を飛ばす。
「――
スカラフの指先から氷の槍よりもより一回り小さな氷の矢が五つ出現。
四つが火蝶とぶつかって消滅。
一つが私の足元の地面に刺さった。
「うっ……」
つま先スレスレに氷の矢。
動けない。
スカラフは挑発するように嫌らしい笑みを見せる。
「ほれほれ、来ないのならこちらから行くぞ――
二本の氷槍が虚空に生まれる。
「いっ、
迎撃しようと術を使う。
けれど生まれた火蝶は小さく、しかも一匹だけ。
氷の槍を受けきることすらできない。
とっさに横に飛んで回避したけれど、その内の一本が私の肩先を掠めていった。
「痛っ!」
血が迸る。
激痛。
これまでに味わった事のないような痛みだった。
「クケケケッ。輝術の扱いは上達したようだが、手の内を見せすぎたな。自在に軌道を操れる火の蝶とは器用な真似をするが所詮はそれだけの術よ」
痛い……痛いよぉ。
さっきまで優位に戦いを進めていたのが嘘のよう。
今は、目の前の敵に勝てる気がしない。
スカラフが悠々とこちらに歩いてくる。
「くっ」
これ以上、近寄って欲しくない。
私は痛みを堪え、頭の中にイメージを描いた。
左手を前に、手のひらを開く。
「
一メートル先の空間に円盤状の炎の壁が出現する……
はずだった。
「なっ、なんでっ」
炎の壁どころか、火煙一つ立たない。
練習でも二回に一回は成功したのに。
昨日は上手くいったのに。
どうして今、失敗するのよっ!
「痛っ……」
自分に対する憤りも、肩の痛みに全て打ち消された。
「ほれ、どうした? 何かするんじゃなかったのか?」
ゆっくりと近寄ってくるスカラフ。
醜悪な笑みは記憶にあるそのままだ。
「――
スカラフが輝言を唱える。
周囲に無数の親指サイズの氷の欠片が出現した。
「や、やだっ、こないでっ」
「ほれっ」
氷の礫の一つが加速。
私の足に突き刺さる。
「い、いたいっ!」
「ほれほれっ」
最初の一発で尻餅をついた私の体に、次々と氷の礫が打ち込まれる。
断続して襲う、刺されるような鋭い痛み。
一発一発は致命傷にはならない。
だけどその痛みは我慢できるようなものじゃない。
こいつは人間をエヴィルに変えてなんとも思わない邪悪な輝術師だ。
私を殺すことなんか躊躇いもしないはず。
すぐにとどめを刺さないのは、ただ、遊んでいるだけ。
「痛い痛いっ!」
怖い、怖い怖いこわいっ。
私が間違っていた。
修行を始めて一週間で、スカラフに敵うはずなんかなかった。
成果を試そうなんて考えたのがバカだった。
このままじゃ本当に殺される。
「クケケケッ。良いね、その表情。さて――」
輝言を唱える。
周囲に、さっきまでとは比べ物にならない数の氷の粒が出現する。
スカラフの体が宙に浮いた。
氷の粒を身にまとったまま、ゆっくりと上昇していく。
これは、あの氷の嵐。
喰らえば、間違いなく体中がズタズタになって死ぬ。
「もう少し楽しみたいところだがね。あまり長引かせても仕方ない。一思いに楽にしてやろう――
氷の欠片が、嵐のように降り注ぐ。
やだ、死にたくない。
誰か、助けてっ。
いくら祈っても時すでに遅く、私の命は風前の灯――
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