105 大賢者VS魔老

 もうダメだと思った瞬間、視界が赤く包まれた。


「――対氷暖空間アンチグラ・フィーファル・スパディウム

「何と!?」


 降り注ぐ無数の氷片が一瞬にしてただの水になる。

 土砂降りの雨にずぶ濡れになったけれど、それだけ。


「先生!」


 私の前にグレイロード先生が立っている。

 先生がスカラフの輝術に干渉して氷を水に変えたんだ。

 自分だけ全く濡れていないところが憎らしい。


「大賢者っ」

「――氷鋭槍グラ・スピアー


 先生が放ったのはスカラフと同じ氷の槍。

 ただし、発動までの時間は一秒未満。

 より鋭い形で、飛翔するスピードも段違い。

 氷の槍は一瞬のうちに上空のスカラフを捉えた。

 輝粒子の防御をたやすく貫いて喉に突き刺さる。


 スカラフが落下する。

 その時には先生はすでに次の輝言を唱え始めていた。


「――極大閃熱砲メガ・フラル・カノン


 以前に一度見せてくれた技とはケタ違いの閃熱フラルの術。

 白熱する極太の光線がスカラフの体を飲み込んだ。

 不安定な格好でスカラフが防御の術を使うのが見えたけれど、先生の術はそれごと全てを焼き尽くした。


「クケケケッ、クケケケケケケケッ!」


 轟音の中、スカラフの哄笑が聞こえてくる。

 愉悦とも絶叫ともつかないその声は、悪の輝術師の断末魔だった。




 先生が傷口に手をかざし、輝言を唱える。


水霊治癒アク・ヒーリング


 まるで真冬に外から帰ってきた後、お湯に浸かった時みたい。

 気持ちいい……

 スッと痛みが引き、気分が落ち着いていく。


「先生、これは?」

「傷を治している。大人しくしていろ」


 先生の言うとおり、傷口が見る見る塞がっていく。

 氷の礫に貫かれたはずの体が、傷痕一つ残さずに完治してしまった。


「立てるか?」

「は、はい……あれ?」


 痛みはない。

 代わりに、心地よい気だるさが全身を包んでいた。

 両足がふら付き、倒れそうになったところを先生に支えてもらう。


「この術は傷を癒す代わりに対象者の体力を大きくに奪う。しばらくはまともに歩くこともできないから,転ばないように気をつけろ」

「そ、そうなんですか」

「万能な治癒の術など存在しない。この間のような一時的に疲れを和らげる術と違って、大きな傷を治療するには相応の代償が必要だ」


 まあ、いまちょっと気だるいくらいで傷が治るなら十分に奇跡みたいな術だ。


「村へ戻るぞ」

「はい」


 私は先生に支えられながら、ゆっくりと足を動かした。

 ちょっと歩いたところで後ろを振り返る。

 さっきまでスカラフがいた空間。

 そこには何もなかった。

 原形を残さず灰になって死んだ悪の輝術師。

 クイント王国を恐怖に陥れた男のあっけない最後に、私は背中がゾッと冷えるような感覚をおぼえた。


 あいつ、本当に死んじゃったんだ。




   ※


 村に戻るとちょっとした騒ぎになっていた。

 私がソフィちゃんを探しているうちに、近隣にエヴィルが出没したそうだ。

 八年前の事件以来、大人たちはエヴィルに対して敏感になっているらしく、昼時にとつぜん現れた生きた災厄に村中が大パニックになった。

 けれど、そのエヴィルはジュストくんがやっつけたんだって。


 村出身の若者がエヴィルを倒したということで、ジュストくんはまるでヒーローのような扱いを受けていた。

 会って話をしたいと思ったけれど、人に囲まれて近づく事ができない。


「よお、ルー子」


 その姿を遠巻きから見ていると、ダイが声をかけてきた。

 そういえばジュストくんと一緒に修行してたんだっけ。


「アイツ、よっぽど焦ってたみたいで俺のゼファーソードを勝手に持って行きやがった。まあ怪我人が出なくてよかったぜ」


 ジュストくんは私がいないと輝攻戦士になれないから、ダイの輝攻化武具を使ったらしい。

 別に彼は勝手に使われたことを怒っていないようみたいだけど。


「エヴィルって、狼雷団に改造された人の生き残りだったの?」

「いや、純粋な残存エヴィルらしいぜ。見たことないタイプだった」


 いきなり現れたスカラフと関係あるのかと思ったけど、どうやらまた別件らしい。


「ところでオマエ、あのなんとかっていう輝術師と戦ったんだって?」

「あ、うん」

「修行の成果は出てるみてーじゃねーか」

「結局は負けちゃって、先生に助けられたけどね」

「今度は俺と勝負しねーか? 輝術師相手の戦い方とか練習したいんだ」

「えっ、絶対やだ」


 どうしてこの子は女の子相手に勝負とか!

 自分が強くなる事しか考えていないのか。

 男の子ってこんなもんかもしれないけど。


「ルー」


 ジュストくんが人ごみを抜けてこちらに近づいてきていた。

 わわ、どうしよう。何を話したらいいんだろう。

 勝手に出て行っちゃった事、怒ってるかな。


「久しぶり。元気だった?」


 そんな心配は無用で、ジュストくんはいつもどおりの優しい笑顔だった。


「あ、うん。元気だよ」

「びっくりしたよ。いきなり麓の町に行くって、ひとこと声をかけてくれればよかったのに」

「それは……ごめんなさい」

「別に良いんだけど、何かあったの?」


 フレスさんの気持ちを言うわけにも行かないし、なんて説明しようかと考えていると、


「こいつを責めるなよ。グレイロードの奴からしごかれて毎日大変なんだから」


 珍しいことにダイがフォローをしてくれた。

 それにしてもよく先生を呼び捨てにできるね。

 怖くないのかな。私にはとてもできない。


「責めてなんかないよ。修行、がんばってるんだね」

「まあ……」


 とっても地獄を味わっています。


「僕も負けてられないな。お互いに頑張ろうね」


 そう言ってさわやかに微笑むジュストくん。

 はぅ……やっぱりカッコイイ……

 私がジュストくんを好きなことを再確認してると、ダイがいきなり彼の肩に手を回した。


「おう、用も済んだし戻ろうぜ。今度はさっきみてーにいかないからな」

「いいよ。僕も手加減しないから」

「言ったな。ぜってー今度は一本取っちゃる」


 ダイが無邪気にジュストくんに絡んでいる。 

 こんな風に笑う子だったっけ?

 それにジュストくんもなんだか楽しそう。


「二人は友だちになったの?」

「友だちとかじゃねーよ。張り合う相手がいる方が気合入るだろ」

「東国の剣術って色々と参考になるんだ。輝攻戦士としてはダイの方が先輩だし」


 なんだかとても楽しそう。

 剣士同士、気が合うのかもしれない。

 男の子の友情……ちょっと羨ましいな。

 

 その日から私は村に戻って、久しぶりにみんなで食卓を囲んだ。

 ジュストくんも私が返ってきたことを喜んでくれた。

 フレスさんの事がある手前、まだちょっと複雑な気分ではあるけれど、やっぱり嬉しい。

 そのフレスさんとも、少なくとも表向きは以前のように普通に話せるようになった。

 これからもっと仲良くなれたらいいな。


 スティも少しずつだけど話をしてくれるようになった。

 ジュストくんに「どういう風の吹き回し?」と突っ込まれて怒るところは変わっていなかったけど、こうして理解しあってみるとそんなところも可愛い。


 ソフィちゃんは相変わらず無口で、今回の騒ぎも表面上は無関心のようだ。

 私がスカラフと闘っているとき彼女は別の遊び場にいたみたい。


 ダイも食事に誘ってみたんだけど、一人の方が気楽だと言って断られた。

 女の子がいっぱいだと気まずいの? ってからかったら殴られた。


 ネーヴェさんはマイペースにお酒を飲んでいる。

 時々会話には入ってくるけど、基本的にあまり喋らない人みたい。

 そういえば、ジュストくんたちの修行に付き合ってるんだっけ。

 この人が元輝士には見えないけどなぁ。


 そんな風にしながら、楽しい夕食の時間は過ぎていった。

 何か忘れているような、誰かに何を伝えなきゃいけなかったような気もしたけど、すぐに忘れて楽しんだ。

 気分一新。

 これで明日からもまた頑張れるぞ。

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