103 とりあえず今まで通り

 結局、その日はスティを村に送った後、荷物を取りに麓の町へ戻った。

 夜も遅かったのでそのまま町で一泊。

 次の日の朝に改めて村へ戻った。


 玄関先で桶に汲んだ水を運んでいたフレスさんを見つける。


「よかった。元気になったんだね」

「ルーチェさん……」


 フレスさんは伏し目がちに視線を逸らす。

 それからちらりと上目づかいになって、ペコリと可愛く頭を下げる。


「本当にすみませんでした。スティの……いいえ、私のせいで」

「ううん。謝らなきゃいけないのは私の方だよ」


 フレスさんはずっと私に気を遣ってくれていた。

 彼女が秘密にしていた気持ちを盗み聞きしたのは私。

 だから責められるのはむしろこっちの方。


 フレスさんが顔を上げる。

 しばらく視線が交わりあう。

 何かを言おうとして、言えなくて……

 また彼女は横を向いてしまう。


 き、気まずい……

 どうしよう。私の方から何か言うべきかな。


「えっと、あのですね。ジュストの事ですけど……」

「は、はい」


 フレスさんが口を開く。

 私は彼女の言葉を待つ。


「いえ、やっぱり大丈夫です……」


 あらら。

 悪く言えば引っ込み思案だけど、それは他人を傷つけたくないっていう彼女の優しさなんだろう。

 もし同じ人を好きになったんじゃなければ、全力で応援してあげたいくらい。

 

「あのですね、フレスさん」

「は、はい」

「ひとまずジュストくんのことは置いておいて、また仲良くしませんか?」


 虫の良い話かもしれない。

 だけど互いに牽制し合ってるような状況は胃が痛くなるばっかりで、すごく嫌だ。

 別に私も、今すぐジュストくんとどうなりたいとかじゃないし。

 なんなら彼の気持ちもよくわからない。

 互いに片思いなら、何も焦って白黒つける必要はない……

 と、思うんだけど、どうでしょう。


「そ、そうですね。それが良いと思います」

「はい」


 よかった、同意してくれて。

 恋のライバルだからって、仲良くしちゃいけないなんてルールはないもんね。


「気まずくなっても仕方ないですもんね……」


 それでもまだどこかぎこちないフレスさん。

 私は彼女の手を取り、ぎゅっと力を込めて握手した。


「はい、仲良し!」

「え」

「これで解決。おっけー?」

「お、おっけー、です」


 指でOKサインを作り、手をたたき合う。

 うん、ちょっと強引だけどこれで良し。

 村に滞在している間は今まで通りでいようね。




 昼前までフレスさんと一緒にお菓子作りを楽しんだ。

 最初はぎこちなかったけれど、趣味に没頭しているうちに、互いの間にあった気まずさは消えてなくなっていた。

 そろそろ修行に行こうかなと思った時、スティが帰ってきた。


「ただいま」

「お帰りなさい、今日は早いのね」


 フレスさんが出迎える。

 差し出されたクッキーを摘まみながらスティは答えた。


「なんか一緒に稽古してたやつら、先生とか言うやつに呼ばれてどっか行っちゃってさ」


 そういえばジュストくんたちと一緒に稽古してるんだっけ。

 ダイはちょろちょろして邪魔だとか言ってたけど、あの二人に混じって訓練できるのは普通にすごいと思う。


「この変に怪しいやつがいるかもしれないから注意しろだってさ」

「怪しいやつ?」


 私は聞きながら自作のクッキーを差し出したけど、スティは嫌そうな顔で首を振った。

 ぐぬぬ。いつかお腹いっぱいになるまで食べさせてやるからね。


「って言っても小さい村だし、知らないやつが紛れ込んでたらすぐわかるわよね」


 スティはあまり気にしていない様子だった。

 けど、私は少し気になった。

 ジュストくんたちがわざわざ先生に呼ばれたっていうのが特に。


「知らないひと……うーん」


 フレスさんが首をひねって何かを考えている。

 やがて何かを思い出したのか、両手をぽんと叩きながら答えた。


「そういえばこの前、旅の途中らしいお爺さんに会ったわ」

「お爺さん?」

「ネーヴェさんにお弁当を届けに行った帰りに、お爺さんに会ったんですよ。町への行き方を聞かれたので教えてあげただけですけど」


 お爺さん。

 怪しい人。

 ……まさか。


「その時、何もされませんでした?」

「いいえ。あ、肩を叩かれたくらいです」

「身体は何ともない?」

「特には」


 違う、とは思う。

 だって「あいつ」は今ごろファーゼブル王国に輸送されているはず。

 でも……嫌な予感がする。


「フレスさん、ソフィちゃんはどこに?」

「そういえば朝から見てませんね。あの子がフラッとどこかに出かけるのはいつものことですから、ちっとも気にしてませんでしたけど……」


 もし、「あいつ」だったら

 子どもでも平気で利用する。

 ソフィちゃんを一人にしておくのは危ない。


「私、ちょっと近くを探してみますね」

「え? あ、はい」


 万が一のことがあってからじゃ遅い。




 ソフィちゃんにはお気に入りの場所がいくつもある。

 フレスさんには村の中にいないか確認してもらい、ソフィにも協力してもらって村の周囲を探す。

 私はこの前教えてもらった花畑に向かった。


 山道を登り、お花畑に向かう。

 途中で霧が出てきた。

 視界が白く染まり、この前通った道とは別物のよう。

 こんな天気は今までなかったのに。


 カサリ。

 草葉が揺れた。

 茂みの中から足音が聞こえる。


「ソフィちゃん?」


 返事はない。

 霧はいよいよ濃くなり、数メートル先も見えなくなった。

 おかしい、さっきまでは雲ひとつない青空だったのに。

 山の天気は変わりやすいって聞くけど、こんなに変化するものかな。


 ふと、私の流読みが攻撃の気配を察知した。

 私は反射的に横に飛びのいた。


「ほう、上手く避けたの」


 闇の中から投げかけられた声。

 それを聴いた瞬間、予感は明確な悪寒に変わった。


 簡単に忘れられる声じゃない。

 しわがれているけれど、やたらと甲高い、怖気を誘う嫌な声。

 地面に突き刺さった氷の矢。

 その先に全身黒尽くめの老人が立っていた。

 老人は手にした杖をこちらに向けながら、嫌らしい笑いを浮かべる。

 忘れもしない。


「スカラフ……」

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