93 地獄の特訓!
「まずは輝力の放出量がどれだけ増えたか確かめる。全力で術を放ってみろ」
では、やってみましょうか。
心の中の光の欠片を探り出す。
同時に、光の欠片が燃えるイメージを浮かべて……
一気に掌から打ち出す!
「
掌から火の玉が発生する。
術は成功した……けど。
「あ、あの……」
小さい。今までの中でも一番小さい。
せいぜい赤ちゃんの拳くらい。
こんなじゃエヴィルどころか枯れ木も燃やせない。
「……ちょっと来てみろ」
言われたとおり近寄ると、先生は私の腕を握った。
はっ。これはまさか。
またあのキモチ悪い輝をやられるっ!
上手くできなかったおしおきだ!
「あの、次は上手くやりますからっ」
「いいからじっとしてろ」
振り払って逃げようにも、先生は見た目に反してかなり力が強い。
私は目を瞑って耐えた。
けど……
「あ、あれ?」
いつまで経ってもキモチ悪い感覚はやってこない。
それどころか、何か重石が取れたようにスッキリしている。
「もう一度やってみろ」
「え?」
「早くしろ。思いっきりだ」
よくわからないけど、お仕置きはなかったみたい。
よぉし、期待を裏切らないためにも次は成功させるぞっ。
深呼吸してから、私はもう一度イメージを浮かべた。
「
今度は成功!
さっきよりも大きい火の玉が……
「……へっ?」
玉……とか呼べるレベルじゃない!
なにこれ、なにこれ!
私の目の前に出現したの火の塊は、私の身長を超えるほど大きく、キャンプファイアーみたいにメチャクチャに燃え上がってる!
って言うか、前だけじゃなくて、後ろにも、横にも!
きゃあ! 囲まれたっ!
「――
パニックに陥っていると、頭上から大量の水が振ってきた。
ずぶぬれになる私。
だけど、おかげで火は消えた。
「い、今のって……私が?」
「ああ」
自分でも信じられなかった。
狼雷団と戦った時にも、その時の気持ち次第で普段より大きい火球が出たことはあった。
けど、今のはその何倍も大きかった。
制御も効かないくらいに、とんでもないことになっていた。
「予想通り……いや、それ以上だな」
先生は感心したように頷く。
「今までのお前は、有り余るほどのな輝力を持っていながら、それを術に変換する力に欠けていた。容量は多いが蛇口が小さい貯水タンクを想像しろ。感情によって多少は放出量が変化することはあっても、ほとんどが取り出せないまま眠っていたんだ」
「なるほど」
貯水タンクに例えられるのはなんか嫌だけど、先生の言っている意味はよくわかる。
ともあれ、輝力の放出量を増やすことには成功したみたい。
「けどアレじゃ実戦には使えませんよ」
自分でも威力には驚いたけれど、制御できなきゃ意味がない。
先生が助けてくれなかったら自分の術で黒こげになっていたぞ。
「今のお前は蛇口が壊れたタンクの状態だ。これからは放出量を調節し、輝術としての扱い方を覚えてもらう」
「輝術として、ですか?」
「お前が
確かに、私の火の術はただイメージを浮かべて叫んでいるだけ。
輝術なんて呼べるものじゃないのは自分でもわかっている。
輝術師としてやっていくなら輝術の制御はもちろん、いろいろな形で使えるようにならなくちゃいけない。
「そこで一つ目の課題」
先生は人差し指を立てると、古代語で輝言を唱え始めた。
あ、この術、知ってる。
「――
先生の人差し指の先に、球状の光が形成された。
明かりを灯すだけの最も簡単な初歩の輝術。
免許さえ取れば輝術を専門としていない学生でも使うことが出来る。
「形を作って制御する。そのためにまずは光の術の練習から行う」
基礎の基礎。
けど、これが出来なきゃ仕方ない。
輝術師なら、これくらい楽勝でやってみせなきゃ。
「えっと、パワー、オブ、ブライトネ――あたっ」
うろ覚えの輝言を唱えていた私の頭を先生が小突いた。
「馬鹿か。輝鋼石の洗礼を受けていない人間が輝言を唱えてどうする」
「な、なんでですか」
「輝言は洗礼を受けた輝鋼石に語りかけ空間を超えて輝力を借り受けるための言葉だ。自分の輝力を術に変換するお前には必要ない」
そう言えば以前にも
まあ、当たり前といえば当たり前か。
「天然輝術師ならそれらしいやり方でやってみろ」
天然輝術師らしいやり方……
とすれば、火の術と同じようにやればいいのかな。
私は右手を突き出し、頭の中でまばゆく光るライトを思い浮かべて叫んだ。
「
しーん。
しかしなにもおこらなかった!
おかしいな……だったら。
「
言葉を変えてみてもやっぱり何も起こらない。
「なんでぇ……?」
自分の手を見つめて疑問に思っていると、先生がため息をつく声が聞こえた。
「ただ叫ぶだけで術が発動するならお前は歩く災害だな」
そ、それもそうだ。
言葉を発するたびにいろんな現象を引き起こす姿を想像するとゾッとする。
「でも、火の術は使えたのに」
「
なるほど。
私の花火があれ以来成功しなかったのも、そういうことなのかも知れない。
輝言を唱えるのはダメ。
直接的な言葉で表すのもダメ。
「じゃあどうすればいいんですか」
「自分で考えろ。俺は天然輝術師じゃない」
天下の大賢者さまとはいえ、私とは根本的に術の性質が違うってこと。
「たとえばプリマヴェーラさまはどうやってたんですか? 先生がこの前使っていた術、あれって天然輝術師の術なんですよね」
「正確には火と風の要素を組み合わせて組み立てた俺のオリジナル技だ。彼女の術に似せてはいるが模倣しただけのまったくの別物と言っていい」
そう言ってから、先生は軽く指先を振った。
先生の目の前の空間に真っ黒な裂け目が現れる。
そこから何冊もの本がぼとぼと落っこちてきた。
「なんですかこれ」
本の表紙には何も書かれていない。
一つを手にとって開いてみる。
中は米粒みたいな小さな字でびっしりと古代語が書かれていた。
「
「は……?」
「古代語と輝力の制御に精通している者ならば自分で新しい輝言を組み立て術を開発することもできる。見様見真似でプリマヴェーラの輝術を再現してみたが、ここまで書きあげるのにおよそ半年かかった」
「って、この辞書みたいに分厚い本が……いち、に……二十四冊もあるの、全部あの術の輝言なんですか?」
先生はあっさりと頷いた。
「この前見せた時は威力を犠牲にする代わりに多少簡略化したけどな。一ビン七千万エンもする輝聖水を触媒にすることで七巻の第四章から十一巻の二十六章までを、小輝鋼石の組み込まれた杖を使うことで十七巻の第二章から二十四巻までを省略した」
それにしても、あと十冊以上も残っている。
先生が唱えた術は確かに普通の輝言より長く感じたけれど、あの一分足らずでこれを全部読んだとは思えない。
「あとは圧縮言語だ。技術的には難しいが単身で強敵と戦うためには必須の技法だぞ。あのスカラフも術の行使が早かっただろう」
なんか聞いてるだけで頭痛くなってきた。
やっぱり伝説の大賢者さまはすごいんだなぁ……
「だが天然輝術師はこのような複雑な手順を踏む必要がない」
大きく傾いた体を振り子のように戻す。
「プリマヴェーラは
それは確かにすごい。
けど、先生にもわからない輝術をどうやって練習したらいいんでしょう?
「普通の輝術師が輝術を使う時に一番肝心なものはなんだと思う?」
「集中とか、意思の力とか、精神力って奴ですか?」
「違う。普通の輝術師だって言っただろ」
先生は腕を組んで説明を続ける。
「精神力なんて抽象的なものは輝術に全く関係ない。契約によって輝術を習得したら、正しく意味を理解して輝言を詠唱するだけだ。繰り返しの反復練習だけがものを言う」
なんだか学校の勉強みたいになってきた。
「ところが天然輝術師はその基本をまるっきり無視できる。自分の輝力を変化させるから、お前の言う精神力とか意志の力が関わってくるんだ」
「それって、本当に輝術って呼べるんですか?」
輝鋼石から力を借りるわけでもなし、輝言を唱えるでもなし。
根本からして別物のような気がする。
「天然輝術師の使う輝術は謎だらけだ。特にプリマヴェーラの場合、輝術と言うより本当に奇跡を起こしているようにも見えた」
奇跡ねえ。
普通の輝術と違うって、どういうことだろう?
「お前も自分のやり方で自分だけの輝術を作れ。俺が教えられるのはその後の段階からだ」
誰からも教えてもらわず、私のやり方で……
自分に相応しいやり方を考えなくっちゃいけない。
「と言うわけでこれは宿題にする。次の修行までにきっちりと考えてこい」
「え?」
宿題?
「じゃあ、今日はこれで終わりなんですか?」
輝術が使えず、次のステップに行けない以上、教わることは何もない。
とすれば、それまで修行はお預けってコトなのかな?
「なに甘いこと言ってる。輝術以外にも鍛えるべきところは山ほどあるんだぞ」
輝術以外で、輝術師が鍛えなきゃいけないこと?
やっぱり基礎理論とかの知識を学ぶとかだろうか。
頭を使うのは嫌だな……とか思っていると。
「まずは山頂までランニング」
「…………は?」
なにを言っているのでしょうか。
「それが終わったら腕立て百回、腹筋背筋、スクワット各三百回ずつ」
「あの、先生……」
「基礎体力もなしにエヴィルと戦えると思ってるのか?」
「いえ、けど、私って根っからのインドア派で」
そんな運動部がやるようなことできません!
「嫌なら修行はこれまでだ。根性なしに時間を割く余裕はない」
うっ……そ、そう言われたらやるしかないような。
「さあ、さっさと行け」
「は、はい……」
輝術師の修行だっていうのに、なんだってこんなこと……
重い足取りで背を向けた途端、背後に異様な殺気を感じた。
「――
「せ、先生……?」
「モタモタしてると飲み込まれるぞ。丸焦げになりたくなかったら死ぬ気で走れ」
振り向くと、獣のように口を開けた炎の塊が先生の横に立っていた。
「あの。私じつは犬が苦手で」
「一応速度は控えめにしておいてやる」
こっちの言葉なんて聞く耳持たず
先生の手から離れた炎の獣は、二、三度首を振ると、私に狙いを定めて飛び掛ってきた。
「き、きゃあーっ!」
文句は受け付けてくれそうにない。
私は炎の獣から逃れるため、死に物狂いで山中を走り続けた。
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