90 やっぱり修行、お願いします

「ギャオオオ!」


 獣の咆哮が響いた。

 私はゆっくりと眼を開ける。

 ……?

 エヴィルが顔を抑えて苦しんでいる。

 ひょっとして、私の思いが届いた?

 なにか新しい術ができた?


「くっ……」


 違った。

 クインタウロスの拳は確かに振り下ろされていた。

 けれど、スティはその攻撃を受けていない。

 

 クインタウロスが苦しんでいた理由。

 それは、カウンター気味に突き刺したジュストくんの剣が胸を貫いていたから。


「……あんた」

「スティ、大丈夫……ぐはっ!」


 代わりに、ジュストくんがクインタウロスの拳を食らっていた。

 立ち上がると同時に、盛大に血を吐く。

 人間の頭をたやすく砕くクインタウロスの攻撃。

 鎖の鎧を着込んでいるとはいえ、直撃を受けて無事で済むはずがない。

 私は彼の元へ駆け寄った。


「無理しないで、内臓がやられているかも……」

「大丈夫だ。それより、ルー」


 ジュストくんはお腹を押さえて私を見上げた。


「ごめん、お願い……」


 彼の怪我は決して軽くない。

 けれど、いまこの状況を何とかできるのはジュストくんしかいない。

 そっと触れた腕から輝力を送り込む。

 ジュストくんの身体の周りに淡い光を放つ輝粒子が舞った。

 よかった、今度は失敗しなかった。


「ありがとう」


 輝攻戦士化したジュストくんは低空飛行で一気にクインタウロスに迫る。

 胸に付き刺さったままの剣の柄を握りしめ、勢いのまま思いっきり振り抜く。

 クインタウロスの身体に、巨大な切れ目が入る。


 ジュストくんが背後に回る。

 クインタウロスはまだ動いていた。

 絶叫と共に振り返り、拳を振り回す。

 ジュストくんもカウンターの再撃。

 一、二、三。

 目にも留まらぬ三連撃を受け、クインタウロスの巨体が大地に沈んだ。


「すごい……」


 驚きの呟きをもらすスティ。

 ちらりと彼女の方を見てから、再び視線を戻す。

 すでにクインタウロスは消滅していて、あとには黄色い宝石が転がっていた。


 ジュストくんが輝攻戦士モードを解く。

 瞬間、糸が切れたように、お腹を押さえてその場に蹲った。


「ジュストくん!」


 やっぱり、受けたダメージが大きかったみたいだ。

 それなのにあんな風に動いて、体にどれだけの負担をかけただろう。

 ジュストくんが駆けつけてくれたおかげで私たちは助かった。

 けれど私は、素直に喜ぶことができなかった。




   ※


「心配かけてごめん、もう大丈夫だから」


 ベッドに腰かけたジュストくんは、安させるように笑ってみせた。

 村のお医者さんに診てもらった結果、幸いにも命に別状はないようだ。

 ただ、強い衝撃を受けているため、しばらくは絶対安静とのこと。

 大事にならないで本当に良かった。


「よっと……いたた」

「無理するな。命に別状ないっていっても、軽い怪我じゃないんだ」


 ネーヴェさんが起き上がろうとしたジュストくんを押さえてむりやり寝かせた。

 ジュストくんはそれに素直に従う。

 淡白に見えてもやっぱり母親は強い。


「……ごめん。僕がもっとはやく狼雷団の残党を見つけていれば」


 私は首を振った。


「ジュストくんはちゃんと来てくれたじゃない」

「あんたは約束どおり立派に村を守ったじゃないか」


 ネーヴェさんはそう言ったあと、私を見て、


「ま、半分は彼女のおかげみたいだけどね」

「私なんか……」


 私は何もしていない。

 輝術も満足に使えなくて、ジュストくんに輝力を貸しただけ。

 エヴィルをやっつけたのはジュストくんだ。

 私は戦う責任だけを押し付けて、みすみす彼に怪我を負わせてしまった。


「スティは?」

「隣の部屋で眠ってるよ。フレスが看てる」


 スティはそれほど大きな怪我は負ってないものの、殴られた顔は腫れ、かなり気が立っている様子だった。

 さっき私がお見舞いしようとしたら、いきなり花瓶を投げつけられた。


 村の人に犠牲者は出なかったとはいえ、素直には喜べない。

 エヴィルになった人も含めれば、三人の人間が死んだ。

 悪いヤツラとはいえ、なにも死ぬことはなかったのに。


 三人のお墓は村はずれに造られた。

 逃げた最後の一人はすぐに村人に捕らえられ、村はずれの蔵の中に閉じ込められている。

 私にもっと力があれば、誰も死なないで済んだかもしれない。

 ジュストくんもスティも、怪我をしないで済んだかもしれないのに。


 英雄の力を持つなんて言われて得意になってたくせに、肝心な時にまるっきり役立たずだった。


「ごめんなさい、私、ちょっと……」


 いたたまれなくなって、私は逃げるように部屋から出た。




 外の風に吹かれながら、私は考えていた。

 お姉さんが殺されてから、スティは必死で力を求めた。

 けれど彼女は普通の女の子。

 いくら頑張ったって、輝攻戦士になれるわけじゃない。


 ジュストくんだって地道に修行を続けてきた。

 それを私なんかが、ただできるってだけで隷属契約をして。

 輝攻戦士にしてあげるなんて、おこがましいにも程がある。


 いろんなものに守られて育った私は知らなかった。

 世の中はこんなにも危険があふれている。

 自ら望んで戦う人はそれを知っているんだ。

 だから、平和のために危険に飛び込んでいける。


 平凡な生活に戻りたい? 

 ただ逃げようとしていただけじゃない。

 英雄と称えられるためじゃない。

 何かを守るための力が欲しい。

 ジュストくんも、スティも、必死になって求めているものが。

 悲しいことを繰り返さないために、命をかけて。

 私は――


「ルーチェ」


 振り返ると、ソフィちゃんが立っていた。

 彼女に怪我がなかったのは不幸中の幸いだった。


「大変」

「えっ、どうしたのっ?」


 彼女の態度は普段通り。

 あんまり大変そうには見えないけれど、もしかして怪我を隠していたとか?


「大変な人が会いに来てる」


 大変な人?

 誰だろう、と思った次の瞬間、ソフィちゃんの後ろに立っている人に気づいた。

 そんな近くいたのに、たった今まで気配を感じなかった。


「人目につくと面倒な事になるからな。この子に案内してもらった」

「大賢者さま……」


 大賢者グレイロード様。

 ちょうど良かった、と言うべきか。

 一度断った事をこちらからもう一度頼むのは気がひける。

 けれど、このチャンスを無駄にはしたくない。


「あの……」


 どう説明したものか。

 今更心変わりしたなんて言って、改めて受け入れてくれるのか。

 大賢者様は私の目をじっと見つめてる。

 私の迷いを読み取ったのか、大賢者様はこの前の私の返答を無視するようにこう言った。


「心構えはできているな? ついて来い、修行を始めるぞ」

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