91 閃熱と爆炎

「修行を始める前に一つ言っておくぜ」


 吹き付ける風が刺すように痛い。

 手足の感覚が薄れていく。

 自分が立っているのか座っているのかもわからなくなる。

 吹き荒ぶ雪に視界を遮られ、目の前に立つ大賢者さまの顔さえはっきり見えない。


「見込みのない生徒に時間を裂く暇はない。教えた分に見合った成長がなければ修行は即刻中止にする……っておい、聞いてるのか?」

「き、ききき、聞いていまままけど」


 ひたすら寒い!

 このままじゃ凍え死んじゃうよ!


「どどどうしてこんな場所で」

「輝術の修行をするのに、人家の近くじゃ迷惑だろ?」

「だ、だだだ」


 だからって、こんな雪山なんて! 

 というかここはどこなの!?


「だ、だだだ大賢者さま」

「今日からお前は俺の生徒だ。先生と呼べ」

「せせせせんせい、こういう場所に移動するならその前に一言」


 先に行ってくれたらもっと厚着してきたのに!

 シャツ一枚じゃ死ぬって、まじで!


「寒かったら自分でどうにかしろ。それも修行の一環だ」


 じ、自分で? 

 ああ、輝術でどうにかしろってことか。

 そう言えば先生も厚着してるわけじゃないのに、全然寒そうにしてない。

 なにをどうすればいいかわかんないけど……

 ともかく、このままじゃ死んじゃう。

 今の私にできることと言えば。


っ」


 拳大の火が手のひらの上に現れる。

 うわ、あったか……

 と思ったのも一瞬。

 吹き付ける吹雪にあっさりとかき消されてしまった。


「ひっ、ひひひひ」


 もう一度やろうとしても、寒さに集中が乱れて上手くいかない。


「だだだ、ダメです! 集中できませせせん!」


 雪の向こうで先生がため息をついたような気がした。

 ガッカリしてないで、早くなんとかしてください!

 先生がぶつぶつと何かを呟いた。

 それが古代語――輝言だと気づいた次の瞬間。

 周囲の気温が急激に上がっていく。


「あ、あれ?」


 体が感覚を取り戻す。

 同時に、視界がパッとクリアになった。

 私たちの周りだけ、吹雪が止んでいる。

 周りでは変わらず風と雪が暴れまわっている。

 なのに、先生を中心とした周囲の空間だけが、夏に戻ったように暖かかった。


ウォームルで気温を上昇させを空間スパディウムで範囲を固定した。この周囲だけは春先の陽気で満たされている」

「あったかいです……」

空間スパディウムはともかくウォームルなんて初歩の初歩、第一階層の術だぜ。火矢イグ・ローよりもずっと簡単な術だ」


 あう。

 そういえば私、火の術しかできなかった。

 一番簡単なライテルすら使えない。


「まあ、お前にこんな初歩から一々教えるつもりはねえ。あれを見ろ」


 ウォームルの影響で半径五メートルほどの雪が解け、地面がむき出しになっている。

 その中で、先生は私の背丈ほどもある岩を指差した。


「お前のイグで、これを破壊できるか?」

「無理ですよ」


 岩が燃えるわけないし。

 花火はなびでも使えばできるかもしれないけれど、あれっきり使えない上に、こんな近くででぶつけたら私たちも巻き込まれちゃう。


「だろうな……だが」


 先生が指先をピンと建てた。

 ブツブツと何かを呟く。

 輝言――それも聞き取れないほどの早口だ。

 指先に光が集まる。

 先生が指を振ると、それは一気に大きくなった。


「――爆炎弾フラゴル・ボム


 オレンジ色の小さな光の球。

 それは煌々と光を放ちながら、先生の指の先で不安定に揺れていた。

 先生は軽く腕を振ると、ボールを投げるようにそれを飛ばす。

 光球は放物線を描いてさっきの岩へと飛んでいく。

 そして。


 着弾すると同時に大爆発した。

 耳を塞ぎたくなるような轟音。


 直撃を受けた岩は砕け、破片があちこちに飛び散っていた。


「すごい……」

「これはお前の花火はなびとほぼ同じ術だ。威力の面ではやや劣るがな。そして――」


 先生は輝言を唱えながら別の岩へと向かう。

 今度はさっきよりやや小さめだけど、表面が平坦な背の高い岩。


 先生が岩に向けて手を翳す。


「――閃熱掌フラル・カノン


 

 目を灼くような光線。

 先生の掌から飛び出したのは一筋の光。

 あまりのまぶしさに目を塞ぐ。


 光はすぐに消えた。

 さっきのように岩が砕けたわけじゃない。

 けれどその中心には、ボール大の円形の穴がぽっかりと空いていた。

 まるで型を取ったように綺麗にくりぬかれている。


「えっ」


 近づいて触れてみる。

 まだ仄かに熱を帯びていたけれど、それは確かに固い、普通の岩だった。


爆炎フラゴル閃熱フラル。どちらもイグ系統に賊しながら、より強大な威力を持つ破壊の輝術だ。双方併せて閃炎輝術師フレイムシャイナーの称号の由来となった術でもある」


 爆発と超高熱の光。

 それを食らった岩を見ればわかる。

 どちらに人間相手に使えば間違いなく相手を殺してしまう威力がある。

 まさに破壊の輝術だ。


「もちろん双方ともに欠点はある。爆炎弾フラゴル・ボムはコントロールが難しく周囲に被害をまき散らしやすい。お前には関係ないが輝言の詠唱も三階層にしては長めだ。閃熱掌フラル・カノンは威力は高いが空気中の減衰率が高く、ほぼ接近戦でしか使えない」

「どっちも威力は高いけど、使うのが難しいってことですね」

「それと、もう一つ」

「えっ、えっ?」


 先生は私に指を向け、別の術を唱え、


氷連矢グラ・ツ・ロー


 撃った。

 鋭く尖った複数の氷の矢が私めがけて飛んでくる。

 な、何やってるの先生!?


「ちゃんと見ていろ!」


 思わず顔を伏せようとして、先生の怒鳴り声に目を見開いた。


「――火障壁イグ・シールド


 攻撃がぶつかる直前、私の目の前に炎の壁が出現した。

 奇妙な文様を描き円盤状に炎が固定される。

 炎の壁に氷の矢がぶつかった。

 甲高い音を上げ、氷の矢が次々と消滅する。

 炎の壁よりこっち側、つまり私がいる方に氷の矢は一本も進入してこなかった。


「続けていくぞ」


 次に先生はさっきの爆炎弾フラゴル・ボムをもう一度唱えた。

 オレンジ色の火の玉が頭上を旋回し、先生自身からそれほど離れていないところに落ちていく。


「う、うわっ!」


 その威力はさっき目の当たりにしている。

 あんな近くで爆発したら絶対に巻き込まれちゃう!


「見ていろって言ってんだろ!」


 先生の怒声が耳を打つ


風障壁ウェン・シールド


 光球が地面に落ちる。

 先生のすぐ近くで爆発する。

 巻き起こる轟音と爆風。


 けれど先生は、その場で悠然と立っていた。

 爆風はすべて向きを逸らされている。


 風の盾。

 目の前で爆発が起こったのに、服にこげ後一つついていない。

 それどころか汗一つかいていなかった。


「輝術師は肉体的には一般人と変わらん。死にたくなければまず身を守ることを覚えろ。障壁シールドには相性があるが、二種類の系統を覚えておけば大抵の攻撃は防げる」

「すごいです!」


 先生が次々と見せてくれた輝術の数々に私は素直に感動した。

 これだけの術が使えれば、エヴィルだって怖くない!


「私もできるようになりますか?」

「物事には順序がある。お前はまず輝力の扱い方からだ」

「輝力の扱い方、ですか」

「スカラフ戦を見ても、お前は相当な輝力を秘めている。だが使い方が全くわかっていない。まずは輝力の感覚に慣れろ。術の練習はそれからだ」


 輝力の感覚に慣れる?


「どういう修行をやるんですか?」


 痛いのや怖いのは嫌です、と心の中で付け加える。


「手を出してみろ」


 言われたとおりに右手を差し出す。

 先生がその上に自分の手を重ねてくる。

 細身の割には意外と逞しく男らしい手だった。


「準備はいいか?」


 私が頷くと、先生の体が光りはじめた。

 輝攻戦士の光に似ているけれど少し違う。

 なんていうか、輝攻戦士が月の光なら、太陽の光のような感じ。

 とても力強く、怖いくらいに眩い。


「――強制注輝ニテンス

「んっ……?」


 繋いだ手から先生の輝力が流れ込んでくる。

 隷属契約の逆をやっているみたい。

 輝力を身体に注がれるってこんな感じなんだ。

 けっこう心地いいかもしれない。


「これくらいか」


 先生が手を離す。

 輝力の流れが収まった。


「……? これでおしまいですか? 今のは何をしたんですか?」


 特に何かが変わったような気はしない。

 力が漲ってくるわけでもなければ、イメージが溢れ出ることもない。

 これで輝力を自在に扱えるようになったのかな?


「明日のこの時間まで耐えてみろ。それ以外は何もしなくていい」


 耐える……って、何を――

 ……? ……!


「あっ? えっ?」


 あ、あれ……どうしたんだろ。足元が、ふらついて……


「周囲の環境はこのままにしておいてやる。死にたくなければ根性を見せろ」

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