85 恋のライバル?

 食後、ジュストくんはすぐに見回りに出かけた。

 裏手の森は薄暗く盗賊が隠れるには最適な場所がいくつかある。

 なのでその辺りを中心に捜索するとのこと。

 実際のところ狼雷団の活動中もこの辺りは全く被害がなかったから、残党が潜んでいる心配はほとんどないらしいんだけどね。


「あのジュストが輝士ねぇ。ファーゼブル王国ってとこはよっぽど人手不足なのね」


 スティが呟いた声が耳に入り私はムッとした。


「ジュストくんは立派な輝士だもん」


 独り言のつもりだったんだろうけど反射的に文句を言ってしまった。

 スティは私を睨みつけると無言のまま出て行ってしまった。


 あう。ただでさえよく思われてないのに余計なこと言っちゃったかな。

 けどっ、ジュストくんの悪口言われて私だって面白くないもん。

 目の前で暴力振るわれるのも気分よくないんだから。


 さて。

 いつまでもイライラしていても仕方ない。

 食事の後片付けでも手伝おう。


「そんないいですよ」


 フレスさんは遠慮したけれど頼みこんで手伝わせてもらう。


「することもないんで少しくらい働かせてください」

「そうですか……じゃあお言葉に甘えて」


 突然やって来てただで寝泊りするわけにもいかないもんね。

 小さなキッチンは二人で立つともう動く隙間もない。

 私はフレスさんが洗ったお皿をタオルで拭いて戸棚に戻していく。


「ジュストは立派にやってるんですか?」


 フレスさんがそんな事を聞いてくる。

 心なしかわずかに頬が赤くなっているように見える。


「あ、あの。ジュストが輝士なんて、想像つかないものですから」


 なぜか慌てたように付け加える。

 もしかしたら私がジュストくんを好きなこと気づいている?


「立派にやってますよ。普段は優しいけれどいざとなったら勇敢で強くて」

「へえ」

「昔のジュストくんってそういうタイプじゃなかったんですか?」


 私が逆に質問をするとフレスさんは少し考え込んで、


「そうですね。少なくとも輝士なんて目指すような子じゃありませんでした。同年代の男の子がいなかったせいもあるんでしょうけど、外で遊びまわるより本を読んでいることが多かったですね」


 へぇ。なんだか意外だな。

 私が真剣に話を聞いているとフレスさんはクスリと微笑んだ。


「やっぱり彼女さんとしては気になるところですか?」


 さすがにお皿を落とした。


「わあ! ごめんなさい!」

「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫です……あ、あの。私、別にジュストくんの彼女とかじゃありませんからっ」


 お皿を拾って割れてないのを確認してフレスさんに手渡しする。

 彼女はそれを受け取りながら小さく首をかしげた。


「そうなんですか?」

「そうなんです。っていうかまだ会ってから二週間くらいしか経ってないし」


 私はこれまでのことをフレスさんに説明した。

 暴漢に襲われていたところをジュストくんに助けてもらったこと。

 街中にエヴィルが出現して、それを倒すために隷属契約を行ったこと。

 そのせいでジュストくんがファーゼブル王国を追い出されてしまったこと。

 私が彼の後を追ってフィリア市を飛び出したこと。


 順を追って話す私の説明をフレスさんは相槌を打ちながら聞いてくれた。

 もちろん隷属契約の方法は詳しく言わなかったけどね。


 話を終えるとフレスさんはただ一言。


「けどルーチェさんはジュストの事が好きなんですよね」

「はうっ?」

「だって話をしている時のルーチェさん、とっても嬉しそうでした」


 そ、そのとおりなんだけど、でもっ。


「見ていればわかりますよ。ふふ、ジュストも隅に置けないですね」

「け、けどっ。フレスさんだって――」


 言いかけて私は口を噤んだ。

 フレスさんだってジュストくんのことが好きなんでしょう? 

 なんて事はっきりと聞けるわけない。

 もしそうなら、彼女は突然現れた私のことを快く思わないはずだから。


「心配しないでください。私はそういうのじゃありませんから」


 フレスさんは戸惑う私に微笑み掛ける。


「そうですね……弟みたいなものです」

「弟?」

 

 フレスさんは頷きながら「私の方が年下ですけどね」と言って笑う。

 それをホッとした反面、きっと嘘をついてるんだろうとも思った。

 だってフレスさんの横顔はなんだかさびしそう。


「心配してたのは本当です。だから元気な姿を見て安心したんですよ。あんなことがあった後だったし――」


 言葉の途中でフレスさんは慌てて口元を抑えた。


「……それよりお菓子作り! このあと一緒にやりませんか?」


 明らかに不自然な話題の逸らし方。

 気にならないわけじゃなかったけど無理に聞くのも良くない気がする。

 私は気持ちを切り替えてフレスさんと一緒にお菓子作りを始めた。




   ※


 クッキーを焼き、ソフィちゃんとネーヴェさんを加えた四人でお茶にする。

 料理が趣味というだけあってフレスさんはとても手際が良かった。

 私と彼女それぞれの作り方で半分ずつ。

 フレスさんのと見比べると若干見劣りがするけど味じゃ負けないよ。


「おう、美味そうじゃないか」


 ジュストくんのお母さんは綺麗に並べられたクッキーを一枚手に取り……


「甘っ! なんだこれっ」

「あ……お口に合いませんでしたか?」


 ネーヴェさんが手にしたのは私が作ったクッキーだった。


「合うとか合わないとかいう問題じゃない! どうやったらクッキーをこんな甘く作れんだ!」


 うーん、自信作だったんだけどな。

 ちょっと残念。


「ネーヴェさん失礼ですよ。せっかくルーチェさんが作って――」


 フォローをしながら私のクッキーを口に運んだフレスさん。

 彼女はそのままの形で凍りついた。

 あう。そんなにダメ?

 私のクッキー美味しくない?


「ソフィは美味しいと思う」

「ソフィちゃん……」


 ぽりぽりとクッキーを頬張るソフィちゃんは相変わらず無表情だったけれど、ものすごく嬉しかっったので私は彼女を抱きしめた。


 う、うん。そうだよね。

 私のはフレスさんのよりちょっとだけ甘めだから。

 小さい子の方がわかってくれるんだよね。


「ソフィ、正気か?」

「こっちのは普通なのに……」


 フレスさんとネーヴェさんが何か言ってるけどどうでもいい。

 ソフィちゃんは抱きしめても嫌がらないし無表情も見慣れれば可愛い。

 ぎゅーってするとあったかくて髪の毛さらさらだし。

 はぅ……ソフィちゃん、やわらかい。かわいい。

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