84 無口な末っ子と彼のお母様
「いただきます」
隣に座るフレスさんを真似て手を合わせてから食事を始める。
周りを見るとみんな同じようにお祈りをしていた。
朝食はフレスさんのお手製。
具がたっぷり入った山菜スープにふっくらした焼きたてパン。
山盛りのサラダには奇麗にカットされたゆでたまごが並んでいる。
料理には人柄が表れるってよく聞くけど、上品に盛り付けられた料理の数々は決して豪勢じゃないのにとても美味しそう。
「お口に合いますか?」
「とっても美味しいです。フレスさん料理お上手なんですね」
「趣味なんですよ。特にスープにはこだわりがありまして」
「不思議な味ですね。どんな味付けしてるんですか?」
「よかったら後で作り方を教えますよ」
「わあ、ぜひ教えて欲しいです」
うちのお父さんはまったく料理をしない。
だから小さい頃にベラお姉ちゃんから料理を習って以来、食事当番は必然的に私の役目だった。
学校にはあまり料理について語り合える人がいないので話ができる同年代の人ができたのは少しうれしい。
フレスさんはいつも笑顔でとても話しかけやすい雰囲気がある。
ジュストくんの関係は気になるけど……このまま友だちになれたらいいな。
「ジュストはどうかな?」
彼女は口の中に詰め込んだサラダをもぐもぐしているジュストくんに尋ねる。
「ほら、姉さんが質問してんだから答えなさいよ!」
口の中のものを飲み込むのを待たずスティが彼の頭をひっぱたいた。
乱暴だなぁ。
「んー、別に普通に美味いよ」
「なんだその気の抜けた感想はっ!」
幼馴染だっていうしジュストくんも気にしてないみたいだから言わないけど、目の前でバシバシ叩かれるとちょっと嫌だ。
単なる幼馴染同士のコミュニケーションなら私にとやかく言う権利があるわけじゃないんだけど……
「スティやめなさい。お客さんの前で失礼でしょ」
フレスさんに注意されてスティはしぶしぶと手を引っ込める。
無言になってふてくされた顔でパンをかじっていた。
ジュストくんの言う通りお姉さんのいう事は素直に聞くみたい。
「ごめんなさいね、乱暴な妹で」
「い、いえ」
フレスさんは十七歳でスティは十六歳。
私とフレスさんは同じ年で、スティは一つ下だ。
ちらりとスティがこちらを向く。
目が合った……けどすぐにぷいっとそっぽを向かれてしまう。
やっぱりどうも歓迎されていないみたい。
いいけどね別に。
気を取り直して食事の続きをしよう。
パンにジャムを塗っている、玄関から誰かの声が聞こえてきた。
「あ、ネーヴェさんとソフィ帰ってきたみたい」
フレスさんがいそいそと立ち上がったので私はジュストくんに尋ねる。
「ねえねえ誰が帰ってきたの?」
「僕の母さんとフレスのもう一人の妹。昨日は隣村に出かけてたんだって」
ジュストくんのお母様?
わわ、ご挨拶しなきゃ。
礼儀正しい子だってお母様に印象付けておかなくちゃね!
あ、でも数年ぶりの親子対面なわけだし、邪魔しない方がいいかな。
「あ、あの。私、部屋に引っ込んでましょうか」
「いいよ、気にしないで」
ジュストくんは本当に気にせずに食事を取り続けている。
気を遣わせまいとして平然と振舞っているんだろうけど……
だって久しぶりにお母様に会うわけでしょ。
いいのかな、本当にいいのかな。
どっちが当事者かわからないほど私がおろおろしていると、どすどすと豪快な足音が近いてくる。
そしてついにその人が姿を現した。
「ただいまー」
入ってきたのは薄紫のショートヘアが印象的な鋭い瞳の女性だった。
若く見えるけどよく見ると口元にしわがある。
お化粧はほとんどしてないけど、かなり綺麗な人。
この人がジュストくんのお母さん?
彼女はジュストくんの姿を目に入れると、持っていた荷物を放り投げてずんずんと近づいてきた。
ひぃ、一体何が起こるのっ?
フレスさんみたいに抱きつくのか。
それともスティのときのようにいきなりひっぱたくとか……
「あー疲れたぁ。フレスぅ、朝メシ作ってくれぇ」
「うふふ、はい。いま作りますよ」
あれ?
彼女はジュストくんの前を素通りして空いている席に座った。
何かの紙束で顔を仰ぎながらフレスさんに食事の催促をする。
派手な再開を想像していた私は全くのノーアクションに拍子抜けした。
フレスさんが食事の用意をするためキッチンに引っ込む。
それからようやくジュストくんのお母さんはジュストくんに話しかけた。
「おう、お帰り」
「ただいま」
さらりと言葉を交わしてジュストくんは食事を続ける。
おばさんは椅子の背もたれに寄りかかってくつろぎ始めた。
……それだけかい!
せっかくの親子対面なんだからさ、ほらもっとこう感動のなにかないの。
「ソフィもちゃんと手は洗った?」
「……洗った」
びくっ!
声は私のすぐ隣から聞こえてきた。
全然気づかなかったけれど、いつの間にか私の隣の席に十歳くらいの女の子が座っている。
フレスさんたちと同じ栗色の髪をショートで切りそろえ、ちょこんと椅子に乗っている姿はまるで人形のよう。
お人形さんの首がギギギと音が聞こえそうなほどぎこちなく私の方を向いた。
「ソフィ」
「え、え?」
「名前」
自分の顔を指さしながら女の子が言う。
あ、ああ。自己紹介をしてくれてるのね。
「あ。私はルーチェ、よろしくねっ」
どうにか笑顔を作って挨拶を返したけれど会話はそれっきり。
ソフィと名乗ったお人形さんは首を元に戻して固まってしまった。
瞬きをしたり唇の動きで呼吸をしていることはわかる。
けど、それ以外の動きはほとんど見られない。
「無愛想だろ。人見知りが激しいんだ」
ジュストくんのおばさんが机にひじをついてニヤニヤしながら私を見ていた。
しまった、先にご挨拶するべきだった。
「あ、申し送れました。私はルーチェと言います」
「知ってるよ。リムの娘だろ」
私はきょとんとして彼女を見返した。
え、お母さんのこと知ってるの?
「よく似てるよ。あたしはネーヴェ、よろしくな」
「あ、はい」
お父さん以外の口からお母さんのことを聞くのって生まれて初めてだ。
……ひょっとしたら、詳しく聞けるかもしれない。
「あの、私のお母さんとは――」
ちょいちょい。
話を聞こうとした私の袖をソフィちゃんがひっぱった。
さっきと同じ角度でお人形さんがこちらを見上げている。
「ピンクの髪。聖少女プリマヴェーラ?」
心なしか瞳がキラキラと輝いてる。
「い、いや違うけど……」
「輝術、使える?」
「ルーは凄いよ。王宮輝術師以上の輝術師なんだから」
ちょっとだけなら、と応えようとしたらジュストくんが横から口を挟んだ。
ま、まあ。そう言ってくれるのは嬉しいかな。
あんまり褒められると恥ずかしいけど。
「エヴィルにも負けない?」
こんどは両手で服を掴まれ顔をぐっと近づけてくる。
これは期待されてる?
「狼雷団を退治する手伝いをされたんですって。すごいよね」
フレスさんが持ってきた二人分のカップを置きながら言った。
「あ、私は別にそれほどでも。ジュストくんとかの方が活躍してたし」
「髪の色が同じだけでしょ。そんな普通っぽい女が聖少女なわけないじゃない」
がーん。
スティにハッキリと言われてちょっと傷ついた。
そ、そうなんだけど、その通りなんだけどっ。
「スティ!」
「そんなことないよ。ルーはあの大賢者様にスカウトされたんだから」
フレスさんとジュストくんが注意する。
スティは知らん顔でコーヒーを啜りながら聞き流した。
「大賢者、グレイロード?」
その名前を聞いてソフィちゃんの表情がさらに微妙に変化する。
「そうだよ。どれだけ凄いかわかるだろ」
ああっ、ジュストくんそれ以上期待させないであげて。
別に私はスカウトされただけで実際に弟子になったわけじゃないのに。
そもそも弟子入りは断ったんだってば。
「大賢者の、弟子?」
「ま、まあ」
「すごいですよねえ」
ソフィちゃんの無表情の中で瞳だけが星のように輝いている。
そんな純真な目を向けられても私は曖昧に答えることしかできなかった。
フレスさんまで尊敬の眼差しで見てるし。
二人の期待を裏切る事はできず、弟子入りを断ったとは言えなかった。
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