80 大賢者と二代目閃炎輝術師

 窓から差し込む西日に照らされる部屋で私は眠りから目を覚ました。

 時計を見て少し驚いた。

 眠りについたのが八時頃だったから二十時間近く眠っていたことになる。

 昨日は人生で一番疲れたかもしれない。


 あの後。

 大賢者様は大規模な冷却輝術を使って火事を沈下させ、私たちを王都まで送ってくれた。

 こちらもびっくり瞬間移動の術。

 いろいろと聞きたいこともあったけど用意してくれた宿のベッドに倒れこむと、そのまま眠りに落ちてしまった。

 ベッドから起き上がる。

 体は汗と埃でベトベトだった。


 着替えを探して荷物を漁る。

 このままお風呂に入ってこよう。

 手ぬぐいを鞄から取り出したと同時にノックもなく部屋のドアが開けられた。


「はぁい、目が覚めた?」


 ファースさんだった。

 以前と変わらない姿で相変わらずの陽気な笑顔を浮かべている。

 隅から椅子を引っ張り出し足を組んで座った。


「あらまだ眠いのかしら? 目つき悪いわよ」


 手ぬぐいを鞄に戻した私はベッドの上に座ってファースさんと向き合った。

 お風呂より事情を聞くのを先にしよう。

 私が無言で話を聞く姿勢を取るとファースさんは小声で輝言を唱えた。


変装解除リタン・デスガイズ


 姿が歪み、男の人の姿とダブって見える。

 その歪みが安定したとき椅子の上には世界最高の輝術師様が……

 大賢者様が姿を現していた。


「改めて自己紹介するぜ。俺がグレイロードだ」


 本当の姿になると雰囲気がガラッと変わった。

 遠目には女性的にも見えるさらりとした金髪と整った顔立ち。

 粗野な言葉遣いの中に圧倒されるような威圧感がある。

 エインシャント神国輝術師団長にして、伝説の五英雄の一人。


 教科書に載るほど有名な人物で、五英雄の中で戦後もっとも社会復興に尽力し、大国の王様と同じくらいの権威を持っていると言われている。

 姿勢を正して大賢者様に向き合う。

 改めて考えるととものすごい人がいま目の前にいる。


 フィリア市を出た時はジュストくんの罪を拭うため、いつかは探しだそうなんて軽く考えてた。

 けれどまさか大賢者様の方から姿を現してくれるなんて。

 いったいどういう理由があって変装なんかしてまで……


 そこまで考えて私はお父さんが言っていた言葉を思い出した。

 天然輝術師は抹消、もしくは利用される。


「わ、私を……消すんですか?」

「は? なに言ってんだ、そんなことしねえよ」

「じゃあ施設に押し込めて隔離するとか……」


 そんなのいやだ!


「勘違いすんな。お前に近づいたのはそんな無粋なことをするためじゃねえ」

「じゃ、じゃあどんな理由が?」

「慌てるな。その前に」


 大賢者様の手が私の手に重なる。

 その態度からは想像もできないほど細くて綺麗な指先

 だけど紛れもない男の人の手に私はドキッした。


「なるほど。見れば見るほどプリマヴェーラにそっくりだ」


 大賢者と同じ五英雄の一人。

 私と同じピーチブロンド桃色の髪で、私が繰り返し見ていた夢の(たぶん)登場人物で、私のもう一つの魂の(たぶん)前の持ち主。

 肖像画も残っていないからどんな顔なのかは知らないけれど……


「私がプリマヴェーラさまに似てる?」


 グレイロード様は私の質問に答えず真っ直ぐ私の目を見て言った。


「単刀直入に聞くぜ。俺の下で輝術を学んでみる気はないか?」


 その口から発せられたのは思ってもいない言葉だった。

 私は顔を上げる。

 立ち上がった大賢者様が頭二つ分高い位置から私を見下ろしている。


「強制するつもりはないし、お前がどんな生き方をするも自由だ。けどな、俺はお前のその力と才能を眠らせておくべきじゃないと思ってる」

「え、あの。それってどういう意味……」

「世界一の輝術師になれるぞって言ったらどうする?」

「その、それって……」


 グレイロードさんは私を見てにやりと笑い、信じられないことを口にした。


「お前はあのプリマヴェーラと同じ力を持っている。俺が鍛えてやれば必ず最強の輝術師になれるぜ。閃炎輝術師フレイムシャイナーの二代目にな」

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