79 正体
奇跡同然にあみ出した私の最強の術。
それをを傷ひとつなく耐えた竜は再び極大の火炎ブレスを吐き出した。
森が焼ける。
すでに日の沈みかけた西の空が灼熱の炎に照らされ煌々と燃え上がる。
「ゆけ、最強のエヴィルよ! いや灼熱の飛竜ロコハ=マージよ! 足元のダニどもを燃やし尽くしてしまえ!」
スカラフの声に反応して竜が首をこちらに向ける。
あの火炎吐息が降り注いだら私たちは骨も残さずに焼き尽くされてしまう。
今度こそ本当にどうしようもない絶望的なまでの死の予感。
私は腰が抜けて立ち上がる事さえできなくなった。
視界の端でスカラフが宙に逃げるのが見える。
ひとりだけ安全な場所に逃げるつもりなんだろう。
ここまで来て全部あいつの思い通りになるのは悔しい。
けれど今更どうやっても――
と、別の何かスカラフを追って上昇するが見えた。
青い髪と光の粒が流星のように尾を引いてスカラフにあっという間に追いつく。
「逃がさないって行ったでしょ」
ファースさんは老人の首根っこを捕まえる。
そのまま力任せに地面に叩き付けた。
「ぐおごがっ!?」
地面に落とされたスカラフは仰向けに倒れ驚愕に目を見開く。
間髪入れず急降下してきたファースさんの蹴りがスカラフの右肩を蹴り砕く。
ボキリ、と嫌な音が耳に届いた。
「ウゴァッ!」
「はいトドメ」
絶叫を上げるスカラフを見下ろし足を振り下ろしてとどめを刺す。
彼女の体の周囲にはキラキラと青く輝く輝粒子が舞っていた。
「ファースさん、輝攻戦士だったんですか!?」
輝粒子がかき消え完全に気を失ったスカラフ。
その姿を確認し現実を認識した私はなんとか声を振り絞っていた。
ファースさんが輝攻戦士の証である輝粒子を纏っている。
しかもその輝きは炎に照り返された夜闇の中でもハッキリと分かるほど強い。
ジュストくんやダイを遥かに上回る密度の輝粒子だった。
「別にあなた達に危険を押し付けた訳じゃないのよ。いざとなればこんなやつくらい私一人で簡単に片づけられるんだから」
彼女の自信はただの過信とも思えない。
実際にファースさんは一瞬のうちにスカラフに追いつき、私たちが散々苦労させられた老人を容易く打ち破ってしまった。
「それだけ強いのにどうして最初から戦ってくれなかったんですかっ!」
「言ったでしょ、あなたたちのテストだったって」
「だからテストって……」
「あんたたちが私の生徒になるのにふさわしいかを試すためのテストよ」
生徒?
まるで出来の悪い子を嘆く先生のようなファースさんの言動に、私は怒りも忘れて呆然としてしまった。
試していた? 私たちを?
国の危機を利用してまで試したかったことって何よ。
怒りを通り越した呆れを通り越して一周してまた怒りが再燃しかけたとき不意にファースさんはニヤリと笑った。
「ジュストはギリギリ及第点ってとこだけど、あなたはポイント高いわよ。まさか即興で五階層レベルの術をあみ出すなんてね。流石にアレには通用しなかったみたいだけど」
そう言って上空を見上げるファースさん。
スカラフは倒しても龍は依然として空に居座り巨大な羽をバサバサとはためかせている。
その首が僅かに動いて真下にいる私たちに視線を向ける。
またしても口内に光が収束していく。
命令を下すスカラフがやられたせいなのか、はたまた制御を失って暴れたいだけなのかはわからない。
けれど竜はまだ炎のブレスを吐こうとしている。
私はファースさんを見上げた。
彼女は余裕の表情を崩していない。
もしかして助かる方法があるってことなの?
この状況でどうやって……いやまてよ。
私は彼女やジュストくんが現れた時のことを思い出した。
「さっき私とダイがピンチのところにジュストくんが光の中から現れたじゃないですか。あれって何かの術か道具を使ったんですよね?」
「よくわかったじゃない。空間転移の護符を使ったのよ」
ファースさんは感心したように頷いた。
やっぱりそういう便利な道具があるんだ。
それを使ってここから脱出するんだな。
「早く出してください。もう時間が……」
「残念だけど使い切っちゃったわ。後で一枚八十万エンで売ってあげる」
売る気か!
しかも高い……じゃなくて!
「そ、それじゃどど、どうやってっ逃げ、ああもう無理焼かれちゃあわわわ」
現実を認識しパニックに陥っているとファースさんは取り乱す私の唇にそっと指を触れた。
「護符よりもっと良いもの見せてあげる。テストでいい点を取ったご褒美よ」
「良いものって」
「ルーチェの花火……って言った? どうしてアレに効かなかったと思う?」
何なに? なんの謎かけ?
「それはあの竜には輝術が効かないからってスカラフが……」
「ぶーっ、ハズレ。正解は単に威力が足りないからよ――だぜ」
ジリッ。
一瞬、わずかにファースさんの体が歪んで見えた。
気のせいかな?
「それをこれから見せてあげ――てやる。本当の輝術って奴を――な」
今度は見間違いじゃない。
彼女の体が真夏の陽炎にように揺らめく。
身体の輪郭が不明瞭になる。
「さっきの一撃は確かにプリマヴェーラを彷彿とさせた。だがまだ弱い」
伝説の五英雄の名前が、どうしていま――
「ルーチェ!」
「はいっ!」
肩越しに掛けられた声はすでにファースさんのものじゃなかった。
その力強い響きに思わず反射的に返事をしてしまう。
ファースさんの身体が目に見えて歪む。
彼女の姿を別物に変えていく。
「よく目に焼き付けておきやがれ! これが
肩幅は広く、がっしりと筋肉がついた背中。
ポニーテールが解け長かった髪は短めに。
振り返った顔には鋭い眼光。
その顔は面影こそ残るもののファースさんに似た別の――男の人だった。
彼は竜を見上げて右手を掲げ聞き取れないほどの早口で長い輝言を唱える。
同時に懐から液体の入った小瓶を取り出し足もとにぶちまける。
左手にはいつの間にか分厚い本が、右手には杖が握られている。
足元の地面が発光し足もとから体を伝って右手に光が収束していく。
それは発射間近の竜の口内に宿る光よりさらに強い。
左手に持っていた本が一瞬のうちに燃え尽きる。
彼は上空めがけて杖を伸ばし、柄に左手に重ね、弓を引くように光を引っ張る。
「――
最後の言葉を叫び左手を離す。
淡い翡翠色に輝く光の矢が超高速で発射される。
それは竜の腹に到達してそのまま巨体を押し上げ遥か空へ。
炎を吐こうとしていた竜は光に押され天高く舞い上がっていく。
その姿が豆粒くらいに小さくなった時――
燃え盛る森よりも遥かに明るい、太陽のような光が宵の空に現出した。
夜の黒は完全に掻き消され真昼よりも明るく輝いた。
少し遅れて降ってくるお腹の奥を振るわせる爆音。
音だけで体中を押しつぶされてしまいそうになる。
私の花火とは根本的に次元が違う想像を絶するほどの超爆発。
光と爆音が収まったとき、黒を取り戻した闇夜に竜の姿はなかった。
視線を地上に戻すと知らない男の人がこちらを見ていた。
信じられない威力の輝術を放ってなお平然としている。
ファースさんが変身した……
いや、たぶんファースさんの姿の方が変身だった。
この人はいったい何者?
めまぐるしく移り変わる状況に理解が追いつかない。
「よう伝説の天然輝術師」
「あ、あなたは誰?」
男の人はゆっくりとこちらに近づいてくる。
思わず後ずさった私に手の平を向けると好戦的な笑みを浮かべながら簡潔な自己紹介をした。
「新代エインシャント神国輝術師団長グレイロードだ。『大賢者』って言やあ聞いたことがあんだろ?」
それは教科書の中で見かけた名前。
魔動乱の五英雄の一人である世界最高の輝術師。
伝説の中の人物が、私の目の前にいた――
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