74 天性の才能

「これだ、この迸る輝力の奔流! これぞ私の求めていた輝攻戦士の力!」


 哄笑を上げるアンビッツ。

 その体には一目でわかるほどの力が満ち溢れている。

 狂気じみた笑い声から彼の執念が垣間見える。

 それほどまでに私の力を欲していたことを考えるとゾッとする思いだった。


「輝攻化武具は私には使いこなせなかったが今度は違う! 今度こそ正真正銘の私自身の力だ!」


 アンビッツは視線を私に、続いてジュストくんに向けた。


「貴様も隷属契約スレイブエンゲージを交わしたそうだが」


 アンビッツが地面を蹴る。

 光の粒を纏った体が宙を舞った。


「互角の条件なら私の敵ではない! 娘に力を借りる前に始末して」


 その体はぽーんと投げ出されるように斜め上に飛んで行った。

 飛んでいったアンビッツを目で追う。

 遥か向こうの地面に頭から落っこちた。

 ……この前と同じじゃない。


「ふ、ふははは! やはり最初は扱いが難しいようだな! だが次はそうはいかんぞ!」


 顔を地面から引っこ抜いたアンビッツはジュストくんを指差し、遠くからでも聞こえるほどの大声で叫んだ。


「とうおぁっ!」


 奇妙な掛け声と共に再び高く跳びあがる。

 そしてまたしても私たちの頭上を飛び越えて近くの建物に突っ込んだ。

 屋根を貫かれた木造の小屋が倒壊する。


 ぜんぜん力を使いこなせてないじゃん。

 こう言っちゃなんだけど超おもしろいぞっ。 


「バカな! 隷属契約で得られた力は手軽に扱えるものではなかったのか!」


 瓦礫の中で身を起こして叫ぶアンビッツ。

 あれだけ派手に突っ込んだのに元気だなぁ。


「何を勘違いしてんだかしらないけど」


 アンビッツの奇行を白けた表情で見ていたファースさんが言う。


隷属契約スレイブエンゲージをしようが輝攻戦士には違いないんだから、簡単に力を扱えるってことはないわよ」

「そんなはずはない。その男が輝攻戦士になってすぐに力を使いこなし、エヴィルを倒したことをことを私は知っている!」


 ファースさんはやれやれと頭を掻く。

 そしてジュストくんを手招きで呼び寄せた。


「ちょっと来なさい」

「あっ、はい」


 あっけに取られいたジュストくんが正気に戻り、小走りにこちらに駆け寄ってくる。


「ジュスト、許可するわ。ルーチェから力を借りてあいつを懲らしめておいで」

「ええええっ!」


 大声を上げたのは私。


「暴走しているとはいえあれじゃ迂闊に手を出せないわ。スカラフも後に控えてることだし、輝攻戦士になってさっさとかたづけて頂戴」


 じゃなくて、それはわかっているけど!


「こ、ここでその、あ、あれをするんですかっ」


 隷属輝士契約をするってことは、つまりそういうわけでっ。

 あたふたしている私を見てファースさんがおかしそうに笑う。


「毎回キスする必要はないわよ。一度隷属契約を交わせば次からは体に触れて輝術を使う要領で輝力を送ればいいの」


 あ、な、なんだ、そうなのか。

 うん、それなら大丈夫……って、あ!


「ジュストくん、違うからね!」

「え?」

「私からしたんじゃないから! あいつが輝攻戦士の力が欲しいって無理矢理されてっ」


 私は必死になってあいつが輝攻戦士化した理由について説明する。

 ジュストくんに自分からあんなことをしただなんて思われたくない!


「わかってる。ごめん僕が遅れたせいだ」


 あっ。


「もう少し早く来ていれば君をそんな目に合わせないで済んだのに……」


 同情を引こうとしたつもりじゃないんだけど、そんな風に自分を責められると心苦しくなる。

 まあ実を言うと仲間だと思ってた時のアンビッツやダイに自分からしようとしたことはあったわけで……

 ファースさんに見られてなくってよかった!


 ジュストくんが私に手を差し伸べる。


「やつを倒す。力を貸してくれ」

「は、はい!」


 私は頷き、彼の手にそっと触れた。

 あたたかい大きな手。

 力強く包み込んでくれるような優しさ。

 私は彼に輝力を送り込んだ。


「んっ……」


 私の一部が彼の中に入っていく感覚。

 フィリア市の時みたいに夢中でやったわけじゃない。

 アンビッツにされたように無理矢理でもない。

 いま私たちは心で繋がっている。

 奇妙な感覚が消えるとジュストくんの周囲にキラキラ光る小さな粒が舞った。


「じゃあ、行ってくる」


 ジュストくんは振り返り、あたふたしているアンビッツに向かっていった。




   ※


 攻撃を喰らったアンビッツがぶっ飛ばされ、地面に背中から倒れる。

 剣を構えたままジュストくんは相手が起き上がるのを待つ。


「この若造がァ!」


 怒りの形相で立ち上がったアンビッツは闇雲に地面を蹴る。

 が、当然のようにあさっての方向に飛んでいってしまう。

 ジュストくんはそれにジャンプで追いつくと空中で曲芸のような三連続攻撃を繰り出した。


「すごいなぁ。ばしばしばしって。空中であんなに動けるなんて」

「あら。いつの間にか『流読ながれよみ』まで使えるようになったのね」


 ながれよみ?

 この『目』に集中してることかな?


「何となくですけど、こうしたらよく見えるようになりました」

「凄いわね。流読みを扱える輝術師なんて王宮輝術師でもそうそういないわよ」

「ところであの、やっぱりアンビッツが上手く力を使えないのは、私に無理矢理、その、したからなんでしょうか?」


 アンビッツはメチャクチャな動きしかできないのにジュストくんは立派に輝攻戦士として戦えている。

 彼の動きはダイと比べても遜色ない。

 その違いはやっぱり私と彼が心で繋がっているから?

 なんちゃって、きゃ。


「違うわよ。隷属契約にやり方による違いは無いし、どんな手段でなろうとも輝攻戦士の力を使いこなすには万に一人の才能と血のにじむような努力が必要だもの」


 あらら。


「だったらジュストくんはどうしてあんなに動けるの?」


 輝士見習いの彼が輝攻戦士の戦い方を学んでいたとは思えない。


「一言でいって才能ね」

「才能?」

「輝力を扱う才能。生まれながらにして努力を重ねた者が辿り着ける先の高みにいる人間。一万人に一人以下の輝攻戦士になるために生まれてきた戦士なの。つまり彼は……天才よ」


 ジュストくんの才能。

 それと魔霊山麓の施設に送られたはずの彼が、こうしてファースさんの下で働いていることは何か関係あるのかな。

 それを聞いてみようとすると、


「テメエ、こんな所でなにやってやがる!」


 いつの間に目を覚ましたのかダイがすぐ側にいた。

 ああそういえばこの子のことすっかり忘れてた。

 ダイは私を押しのけてファースさんに掴みかかる。


「やっ、おひさ」

「うるせえ! こんな所で何やってやがんだって聞いてんだ!」

「任務。あ、敵のかく乱ごくろうさま」

「何っ? ってことは偽の情報を流したのはテメエか!」

「おかげで仕事が楽だったわ。報酬は弾むわよ」


 ちょっとちょっと、私を無視しないでよ。


「ねえダイ、ファースさんのこと知ってるの?」


 前に聞いたときは知らないって言ってたのに。

 ダイまで私を騙してたの?

 ああ、もうみんな嘘つきだ。

 やっぱり私が信じられるのはジュストくんだけね。


「ファース? 誰だそりゃ。コイツは――」

「てりゃっ!」


 何かを言おうとしたダイの後頭部にファースさんの踵落としが炸裂した。

 うめき声一つ上げることなくダイは再び意識を失った。

 うわ……痛そう。


「おほほほほ。余計なことは言わなくっていいの。せっかくだからもう少し寝てなさい」


 けが人が相手なのに容赦ない。

 さすがに心配になってダイの顔を覗き込もうとすると、後ろから大きな音が聞こえた。

 アンビッツが大地に叩きつけられる音だった。


 少し遅れてジュストくんが地面に降り立った。

 アンビッツはボロボロ。

 やっぱり手も足も出なかったらしい。


「完全に輝粒子が消えてるわ。勝負あったわね」

「輝粒子?」

「輝攻戦士の周囲を舞う小さな光の粒のことよ」


 ああ、あのキラキラしてるやつ。


「鉄壁の防御を持つ輝攻戦士も無敵じゃない。限界を超えてダメージを受けると輝粒子が散って、しばらくはまともに動けなくなるの」

「くそ……くそぉ……」


 ほうほうのていで地面を這うその姿に王子や団長としての貫禄は微塵も残っていない。

 ジュストくんは情けない姿のアンビッツの後ろに立った。

 手にした剣を振り上げる。


「あ……」


 無意識のうちに一歩を踏み出し、私はジュストくんの背中に手を伸ばす。

 何がしたかったわけじゃない。

 ただなんとなく彼がその剣を振り下ろしてはいけないと思ったから。


 私の呟きが聞こえたのかジュストくんがこちらを振り向いた。

 その隙にアンビッツは立ち上がって走り出す。


「スカラフ、スカラフ!」


 黙って見ていたスカラフの元にたどり着くとアンビッツは膝立ちになって絶叫する。

 

「後はお前に任せる、目障りなやつらを一網打尽にしろ!」

「仰せのままに」


 スカラフが聞き取りにくい早口で何かを呟く。

 輝術の詠唱――輝言。

 ジュストくんが身構える。

 ファースさんが私を背中に庇うように前に出る。

 アンビッツが薄笑いを浮かべる。

 直後。


氷矢グラ・ロー


 キーとなる術名が発せられる。

 アンビッツの目が大きく見開かれた。


「がっ、な、何を」

「おや。命令どおり用済みになった目障りなゴミを始末したのだが?」


 鋭く尖った氷の矢はアンビッツの背中に深々と突き刺さっていた。


「貴様、裏切るのか……」

「裏切るとは心外。今までお遊びに付き合ってやったことを感謝して欲しいくらいですぞ」

「遊びだと」

「まさかエヴィルの力で国を立て直すなど、本気で考えておいででしたか?」

「エヴィルを完全に制御できればファーゼブルを滅ぼせる。貴様の復讐も成りクイントは輝鋼石と機械技術を手に入れる。その言葉を信じたからこそ私は民や部下すら犠牲にしたのだぞ。クイントの恒久の平和のため――ぐぼあっ!」


 スカラフがうるさそうにアンビッツの背中に突き立った氷の矢を踏みにじる。

 悲痛な叫び声が私たちの耳に届いた。


「たかだか数十体のエヴィルで大国が滅ぶのなら魔動乱の頃に滅んでおるわ」


 ゴミを見るようにアンビッツを見下すヘドロのように濁った瞳。

 アンビッツも騙されていた。

 利用されていたんだ。

 こいつが……こいつが、元凶なんだ。


「私は復讐など望んでおらぬよ。ファーゼブルには借りこそあれ恨みなどない」

「じゃあ、おとなしく捕まってくれるかしら?」


 冷たく言い放ったファースさん。

 普段のおちゃらけた雰囲気じゃない。

 これが輝士としての彼女の顔なんだろう。


「クケケケ。秘術を盗み出し多くの同朋を手にかけた私に温情をくださるか?」

「楽に逝ける絞首刑より拷問された後に首を晒される方がお好きかしら?」

「それも悪くはないが、今は捕まるわけにはいかぬ」

「逃げられると思わない事ね」


 いつの間にかスカラフの背後にまわったジュストくんが油断なく剣を構えている。


「そいつが抵抗するそぶりを見せたら遠慮なく斬りなさい。これは命令よ」

「……はい」


 ジュストくんはわずかに迷いを見せた後、真顔で頷いた。


「クケケケ、私が憎いか? お前も確かクイントの人間だろう。自分の国をメチャクチャにした私をその手で斬り殺したいだろうね」


 え? ジュストくん、クイントの出身なの?

 そういえばファーゼブルの人じゃないって言っていたような気がする。


「だがよいのか? お前は大切な人をエヴィルに殺され、武力を持たないこの国を見限ったからこそファーゼブルの輝士に――」

「黙れっ!」


 いまスカラフは何て言った?

 大切な人を、エヴィルに殺された……?


「エヴィルは人間の敵だ! そんなものを利用するお前たちを許さない!」


 ジュストくんが見たこともないほど怒っている。

 その顔に浮かぶのは紛れもない憎悪。

 エヴィル、大切な人、殺された……


 僕は輝攻戦士になって自分の国を守れる人間になりたい。


 いつか聞いた言葉が重みを持って脳裏に蘇ってくる。

 それがジュストくんが輝攻戦士になりたいといっていた理由。


「なるほどアンビッツとは考え方が違うようだ。お主の恨みはエヴィルそのものに向いておる。才能に恵まれていたことも真っ直ぐでいられる所以かもしれんが、そんな甘さでは結局なにも守れぬよ。このようにな!」


 スカラフが私の方を振り向いた。


「――風伝病魔ウェン・モルブズ


 暗い目と視線が合った瞬間、異常な感覚が身体の内側から沸き上がってきた。


「えっ?」


 膝が、がくりと崩れる。視界が、茶色に染まる。


「ぐあああっ!」


 それが、地面の色で、自分が、うつぶせに、倒れてしまったことに気づいたのは、続いて聞こえたジュストくんの、悲鳴を聞いて、からだ。

 何が、起こった?


 どうにか頭だけを、持ち上げると、ジュストくんの胸が、真一文字に裂けて、血しぶきを、上げて、いた。

 その正面には、剣のように、長く、鋭い氷の刃を握った、スカラフの、姿。


「輝力の供給源さえ断ってしまえば奴隷輝士など恐るるに足りん。老いたりとはいえこのスカラフ、体術にも少々自信はある」


 ジュストくんの、周囲に、輝攻戦士の証の、輝粒子が、ない。

 輝攻、戦士、が、解除された?

 どうして?

 私は何を、されたの?


「くっ!」


 視界の端で、ファースさんが飛んだのが、見えた。

 彼女は、スカラフの、撃ち出した氷の矢を、ギリギリで、避けた


「逃げ場はないと言ったな。それはこちらのセリフだ。貴重な資金源パトロンを失った代償、貴様らの命で償ってもらうぞ」

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