73 奪われた力
地面に下ろされると足元が少しふらついた。
倒れそうになった体に力を込めなんとか持ちこたえる。
ファースさんは支えてくれるでもなく、あははと楽しそうに笑ってた。
無事だったんですか?
どうやって現れたんですか?
聞きたいことは色々とあったけれどはじめに私の口を出た言葉は、
「ファースさんのばか!」
「な、何よいきなり。私は命の恩人よ」
「どうしてジュストくんが仲間だって教えてくれなかったの? 私の事知らなかったって嘘だったんでしょ! 私が修行の旅に出たとかなんのこと!? いったいファースさんは私に何を隠してるの!? ああもう私ってばこの前から騙されっぱなしでもういい加減人間不信になるぞ!」
「ストップ、ストップ。ちょっと黙って」
口元を塞がれ私は目だけで抗議した。
「ちゃんと説明するから落ち着いて。オーケー?」
仕方なく首を縦に振るとファースさんは苦笑い。
いけないいけない。
どうもジュストくんのことになると落ち着きがなくなっちゃう。
ジュストくんもファースさんも重要な輝士の任務に就いている最中だ。
やむにやまれぬ事情があって黙っていたんだろう。
「正直に言えばあなたたちの互いの事情は知っていたのよ。黙っていたのは悪かったけど理由はちゃんとあるの。それはね」
私はつばを飲み込み、ファースさんの次の言葉を待った。
「その方が盛り上がるでしょ? 実際に最高のタイミングで駆けつけたわけだし。いやーん。ピンチに現れるヒーローすてきー」
「ファースさんのばか! ばか!」
牙をむいて掴みかかろうとした私を軽く払い、ファースさんは低い声色で私の後ろに立つ人物に声をかけた。
「冗談よ冗談。本当は敵に情報を与えたくなかったの。ずっと見張ってたんでしょ? 元ファーゼブル輝術師団副団長スカラフ」
私は後ろを振り返りわき腹を押さえてこちらを見ているスカラフを見た。
その顔はいつもどおりに嫌らしく歪んでいたけれど今までと少し様子が違う。
「じゃあファースさんが言っていたファーゼブルの犯罪者って……」
「そう。二年前に王宮の秘術を盗み出し、輝士二十人を殺して逃亡した国内指折りの輝術師『魔老』スカラフ。今になって盗賊として姿を現すなんてね」
「もう少し目をくらませると思ったのだがな」
スカラフの声にいつもの余裕はなかった。
どこか油断ならない暗い目。
自分を捕らえにきた人物を目の前にして初めて見せた焦りの表情。
「部下は選ぶものね。王都で捕らえたスパイの一人が情報を漏らしたのよ」
「クケケ。構成員すべてが忠実な兵とはいくまい。この程度は予想の範疇よ」
「問題は逃げ込んだ先がなにかと厄介な隣のうるさい小国だったってことね。国王の了解を取り付けるには骨が折れたわ。結局は無駄骨だったけどね」
つまりファースさんの目的は王様公認で盗賊退治に協力しつつ、コイツを退治することだったってわけね。
それなら黙ってたのも仕方ないかも知れない。
あの時の私すっかりアンビッツを信用してたし。
「誤算だったのはよりによってこの国の王子と手を組んでいたことね。おかげで本国の介入は避けられそうにもないし、危うく背後から刺されるところだったわ。もっとも……」
ファースさんはズボンのポケットから一枚の紙切れを取り出した。
よく見えないけどびっしりと文字が書かれている。
「それは……!」
「死んだと思ってくれたおかげで気付かれずに行動できたわ。悪魔の薬の製造原本も回収させてもらったわよ」
おお、やられたフリをしてこっそりと敵の目を盗んで働いてたのかっ。
さすがファーゼブル輝士。
ファースさんちゃっかりしてる。
ん? まてよ、ってことは……
「ねえねえ」
「ん、何よ?」
「もしかして私を囮にした?」
「てへ」
ファースさんはぐっと親指を立てた。
「ばか! ばか!」
「まあまあ。本当はそんなつもりなかったのよ。でもあなたたちが目を逸らしてくれたおかげで病気の治療法も手に入れられたんだから、結果オーライ?」
結果でものを語らないでほしい!
たしかに無事だったけどすっごい酷い目にあったんだから。
私がいなくなった時点ですぐ探してくれても……って。
「病気の治療法がわかったんですか?」
「ええ、王宮の秘術……魔動乱の後に封印された邪法を使った悪魔の薬の研究施設はここから少し離れた山奥にあったわ。スカラフたちの注意がこっちに向いている隙にジュストと合流して壊滅させてきたの。資料から解毒剤は調合できそうよ」
「なんだと!?」
驚きの声を上げたのはスカラフではなくアンビッツだった。
「スカラフ、貴様なにをやっていた!」
「私に山中の捜索を命じたのは団長ですぞ。雑兵の力を過信するなとあれほど進言したではありませんか」
「し、しかし」
落胆の表情を浮かべるアンビッツ。
その横顔にジュストくんがいつのまにか剣を突き付けていた。
「動かないでください」
「くっ……」
「あなたの野望は費えたわ。ついでに言うと国王はすべて知っていたわよ。研究施設の場所も不用意に捨てた命令書から完全に挙がっていた。あなたの始末は私たちに任せるって言ってたわ」
「バカな、父上が」
「国王と一部の側近以外はまだ事実を知らないわ。公表するつもりもないでしょうね。王家の人間が盗賊団の長だった事実は抹消され、自ら剣を取って討ち死にした勇敢な王子の英雄譚が作られるでしょう」
アンビッツは愕然として肩を落とす。
ファースさんは容赦なく言葉を突きつける。
「自業自得すぎてトカゲの尻尾きりとも言えないわね。あなたは自分の親にも見捨てられたのよ、独善家の王子さん」
とどめの言葉を突きつけられアンビッツの体が小刻みに震える。
が、すぐにそれは口から漏れ出た笑い声によるものだとわかった。
その顔に狂喜の色を浮かべて哄笑する。
「クククク、ハハハハ、フハハハハッ!」
うわ、おかしくなっちゃった?
「やってくれたよ! あと一息だったのに、台無しにしてくれた!」
なんなのコイツ。
やだな、怖いなっ。
短い間とはいえこんなやつを信じきっていたと思うとゾッとするっ。
「それにしても父上、いや国王も馬鹿なことを。せっかく私が手にした力を捨てあまつさえ大国の介入を許すとは、愚王にも程がある」
「身内の恥で国家存亡の危機に立つよりはマシじゃない?」
ファースさんの言葉を無視し、アンビッツは陶酔するように独白を続けた。
「おかげで計画は十年遅れる。国王には責を取って死んでもらうとしよう。今後の再興のためにも生かしておけぬ」
「な、なに言ってんのよ。あなたはここで終わりなんだからっ」
アンビッツが私を睨む。
ひぃ目が合っちゃった。
「いいや終わらないね。狼雷団が潰れても私と悪魔の薬の製造方法を知るスカラフさえ残ればやり直せる。次こそは何者にも負けない最強の組織を作り上げる!」
「あら逃げられるとでも思っているの? それとも状況が理解できない?」
呆れたようなファースさんの指摘を受け、アンビッツの表情からフッと狂気の色が消えうせた。
「逃げる? その必要はない。なぜなら私は力を手に入れたのだからね」
あれ、そういえば……
アンビッツは火だるまになったはずなのに火傷の痕がほとんどない。
いくら素早く消火したとしても服があんなボロボロになるまで燃えて無事なのはおかしい。
ざっくりと裂けたはずの左手も、もう出血は収まっているみたいだ。
……ひょっとしたら、まさか。
不安を裏付けるようにアンビッツは歓喜に満ちた顔を私に向けた。
「ありがとうルーチェ。お陰で長年望んでいたものが手に入ったよ。見たまえ、輝攻戦士として目覚めた我の姿を!」
高らかに拳を突き上げると、アンビッツの周囲に淡い光の粒が舞った。
瞬間、私の体がピクリと疼き意識の一部が流れていくのを知覚した。
強制的に行われた
私の力が奪われた。
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