58 協力の見返り
「……ってわけであなたたちに力を貸して欲しいのよ」
「どうしてそうなるんですか?」
「私の前任の輝士が行方不明になってるの」
え? 行方不明って。
「捕らえられたということか?」
「わからないわ。ともあれ他国領で輝士が行方をくらませた以上、輝士団が動く理由は十分。一部の主戦派の中には即刻輝士団を送るべきと主張する声もあるわ」
「そんなことになれば近隣諸国も黙ってはいまい」
「まあね。スパイ行為が公になればファーゼブルに非難が集まるでしょうし。こちらにとっても致命的な摩擦を生じる可能性もあるわ」
ファースさんはぴっと人差し指を立てた。
「それを防ぐ方法は一つ。本国にバレない内に行方不明になった二人の輝士を探し出し狼雷団の悪事を暴いた上ですみやかに壊滅させること。さすがに一人じゃキビシイのよね」
「そちらの戦力は本当にそなた一人だけなのか?」
「一応追加で派遣されてきた新米輝士がいるけど、輝士なりたてのペーペーだし、別角度から調査をさせているから戦力には数えないわ」
なんだか難しい話ばっかりで頭がついていかない。
要するに戦争を起こさず狼雷団のたくらみを阻止するためには、こっそりと相手を壊滅させなきゃならないってこと?
「実働部隊は実質あたし一人。どうしてももう少し戦力が欲しいのよ。でもこれ以上の増援の要請は難しいの。その点あなたは正式な輝士ではないし、現地の協力者って扱いなら後で報告だけしておけば済む。伝説の天然輝術師なんて戦力としては輝攻戦士以上かもね」
ファースさんは私の眼をまっすぐに見ながら言った。
私は素直に頷けない。
だっていきなり話が大きくなりすぎだよ。
戦争とか魔動乱とか。
ここ数日間現実離れしたことが続いたけれど、さすがに想像の許容範囲を超えてる。
私が黙っていると、ファースさんは胡坐を掻いた足の上に肘をついていたずらっぽい表情で私の顔を覗き込んだ。
「もし引き受けてくれるならあなたに仮の身分証明書を用意してあげるわ」
「身分証明書?」
「あなたはルーチェさんではない別の人物になって私に協力する。フィリア市から来たって言ったわね。事情は知らないけれど脱走ってことは並々ならぬ事情があるんでしょう?」
「まあいちおう……」
「身分証明があれば正面から堂々と市内に入ることができる。その後は普段どおり家に帰って、あなたの生活に戻ればいい。戸籍上にひとり架空の人間ができちゃうけどね」
家に帰れる?
街を飛び出して来た時はほとんど考えていなかったけれど、無事に戻れる可能性が低いことはわかっていた。
ジュストくんと再会できても脱走したことがバレたら結局は犯罪者だから。
でも身分証明さえもらえれば大手を振って堂々と帰ることができる。
「私としてはあなたを捕まえろって任務は受けてないし、どうかしら? 破格の条件だと思うけど?」
「私は――」
それはなんとも魅力的な条件。けれど……
「お断りさせていただきます」
はっきりと断るとファースさんは目を細めた。
「どうして? 家に帰りたいとは思わないの?」
「帰りたいとは思います。けど――」
私は瞼を閉じた。
浮かぶのはジュストくんの凜々しくも優しい笑顔。
私を守ってくれた私のせいで街を追い出された人の顔。
私の好きになった人。
「目的を達成するまで帰る気はありません。私は先を急がないといけないんです」
生半可な決意で出てきたわけじゃない。
たとえ戻れなくっても私はジュストくんを見つけ出してその後は大賢者様を探すつもりだ。
ファースさんには悪いけれど余計な時間をかけている暇はない。
「それに私はたぶん戦力にはなりませんよ。これまでに何度か術には成功してるけど、自由に使えるわけじゃないんです。だから私なんかいても役に立たないと思います」
これも正直な理由のひとつ。
私が天然輝術師としての力を発揮したのは三回。
その内ジュストくんとの隷属契約を除く二回はほとんど偶然。
自分でもなんで使えたのかもよくわかってない。
とてもじゃないけど輝士さまと一緒に盗賊と戦うような力はない。
「チャンスだってことはわかっていますけれどファースさんに協力は――」
できない、と言おうとした私の胸に何かが投げつけられた。
ちっちゃな長方形の黒い箱。
どうやらファースさんが投げたらしい。
私はそれを拾い上げた。
「これは?」
「上の部分を開けて赤いボタンを押して」
箱の上部に触れると隙間があるのがわかった。
蓋が取れる。
丸い口。隣に赤いでっぱり。
「わっ」
そのでっぱり部分を抑えると穴の部分から火が出た。
小指の爪ほどの小さな火だけど突然だったのですごくビックリした。
思わず箱を床に落としてしまったけど、その時には火は消えていた。
「な、なんですかこれ」
「機械(マキナ)の一種よ。スイッチ一つで火が点く小型の発火装置ね」
「けどどこにも線が繋がってない」
輝鋼石からのエネルギーを受けらければ機械は使えない。
だから都市以外でも機械が使えるなんて聞いたこともない。
「新技術ってやつね。携帯型のエネルギーボックスが内蔵されてるの。輝動二輪の燃料である液体輝力の応用みたいなものよ。いまはこれくらいが限界だけど」
昨日彼女が枯葉に火をつけたのはコレだったんだ。
てっきり輝術をつかったんだと思ってた。
「どうしてこれを私に?」
「もう一度火をつけて、じーっと見つめててごらんなさい」
ファースさんが何を考えているのかはわからないけど、とりあえず言われたとおり火を点す。
揺れるオレンジ色の輝きをじーっと見つめる。
部屋の中を静寂が支配する。
私はただ言われたとおりに炎を見つめ続けた。
一分くらいそうしていた。
「いいわ。そしたら火を消して目を瞑って」
赤いボタンから指を離すと火はすぐに消えた。
言われたとおりに目を閉じる。
火の残像が瞼の裏に蒼く焼きついている。
「あの、まだ……?」
「いいわ。目を開けて」
しぱしぱ。
二度瞬きをしてファースさんの顔を見る。
彼女の顔に炎の残像がダブっている。
「どう? 何か変わった気がする?」
って言われても別に何も。
一体何をやらせたいんだろう。
「人差し指を立てて」
「こうですか?」
ファースさんが顔の前で指を立てる。
私もそれに倣って同じようにした。
「そしたら指の先から火を出して」
また無茶なことを言う。
だから自由に輝術を使えるわけじゃないんだってば。
――なるほど、そういうことか。
……え?
立てた指の先、陽炎のように空気が揺らいでいる。
人差し指が微かに熱い。
まるでその空間が熱を持っているかのように。
そして確かに感じる体の奥の違和感――
ちいさい光の欠片。
「えっ、えっ?」
「んー、まだイメージが足りないみたいね」
「あのっ、これって」
「とりあえずそれはあげるから、これからは暇を見つけたら炎を眺めていなさい。それとやっぱりキーワードが必要かもね。天然奇術師に輝言詠唱は必要ないとはいえ、言葉は具体的にイメージを固めるのに最も適した手段だから」
「私、輝術を……?」
「輝術イメージの初歩トレーニングよ。昨晩のとっさの輝術発動を見る限り、あなたは間違いなく才能がある。体系立てられたルールを無視できるほどの力がね」
驚いている私にファースさんは嬉しそうに語りかける。
「今は上手い使い方を知らないだけ。ちゃんと訓練すれば必ず立派な輝術師になれるかもよ。五英雄の聖少女のようにね」
聖少女。
五英雄の一人プリマヴェーラ。
そんなすごい人みたいになれる……私が?
「すぐに答えは出さなくていいわ。私は明日までこの町にいるから、心変わりしたら協力してくれればいいの」
「どこへ行くのだ?」
腰を上げて荷物を抱えるファースさんをビッツさんが呼び止める。
「情報収集よ。この辺りも狼雷団のテリトリーだしね」
そしてファースさんはドアを開け私を振り返ってこう言った。
「安心していいわよ。こうして知り合った縁もあるし、断っても捕まえるのは見逃してあげる。身分証明書は渡せないけどね」
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