57 狼雷団の目的
「は?」
「だってそうでしょう? 私が輝士宿舎を襲撃した脱走者だってことはとっくにバレていて、あなたは私を捕まえるために来たんでしょう?」
悔しかった。
せっかくナータやベラお姉ちゃんの協力を得て飛び出してきたのに。
追っ手から逃れることはできなかった。
あるいは当然の結果だったのかもしれない。
けど、これじゃ結局誰のためにもならずに終わってしまう。
ううん問題はもっと深刻。
私の名前が知られている以上、多分ナータはもう捕まっている。
私の無謀な脱出作戦に協力してくれたナータ。
無二の親友である彼女が私のバカな計画に付き合ったせいで……処刑されてしまう。
「私を殺すならそうしてください。けれどお願いです。どうか、どうかナータだけは許してあげてください。悪いのは私なんです。あの娘は何も悪くない。今回の件は全部私の独断でナータは巻き込まれただけなんです。だから――」
「ちょっと待った! 何を勘違いしてるのか知らないけれど、私はあなたが脱走者だって事なんか知らなかったし、捕まえるつもりもないわよ!」
床に手をつき必死に頭を下げていた私をファースさんが慌てて止めた。
「じゃあなんであなたは私の名前を知ってるんですか?」
「だってほらカバンに名前が書いてあったから」
「え?」
彼女が指差すのはベッドの隅に置かれた青いリュックサック。
盗られたと思い込み先ほど返してもらった私の荷物だ。
初等学校時代からの愛用品でご丁寧に刺繍されたネームプレートがくっついてる。
「あなたの名前を知ってたのはこれを見たからよ」
「え、じゃ、じゃあファーゼブルから逃げた犯罪者っていうのは」
「王都エテルノの元王宮輝術師。この国に潜んで盗賊団に参加してるらしいの」
「私がフィリア市を脱走したことは」
「知らないわよ。でも多分その事件の容疑者は捕まってないでしょうね。賊に進入されておいて捕まえられないなんて輝士のメンツに関わるから」
あは、あはは。
そう言えばナータにも言われっけ。
相手がファーゼブルの輝士だって知って、確認もせずにぺらぺらと喋っちゃうなんて……迂闊すぎる、私!
「すまぬが一つ聞きたい」
「何よ」
「宿舎襲撃とか強奪とは何の事だ?」
「ああっ、それは、それはねっ」
「……剣術修行のために町を出た婚約者を追ってきたというのは嘘だったのか?」
「あ、あわ、うああっ」
「あははっ」
しどろもどろな私をファースさんが笑った。
ああもう今日だけで何度目か分からないよ笑われるの。
「都市育ちだっていうのは知られると厄介だし、女の子が身を守るためについた嘘くらい許してあげてもいいんじゃないの?」
「嘘はお互いさまだから責めるつもりはない。ただ少し驚いてな」
うう、そうなんだけどせっかく信用してくれたのに申し訳なさ過ぎる。
いやいやそんなこと言ってる場合じゃない。
「あの、私はこれから……」
「話を聞いちゃった以上、輝士としては本国に確認を取った上であなたを捕まえなくっちゃならないんだけど」
冷や汗が頬を伝った。
自分で撒いた種とはいえなんて情けないこと。
実際に輝術を使っているところを見られたから言い訳は通用しないし――
「まあでも見逃してあげてもいいわよ」
「え?」
それって……。
「捕まえないでくれるってこと……ですか?」
私はファースさんの顔を正面から見返す。
彼女は穏やかに微笑んでいた。
「その代わりお願いがあるの」
※
盗賊団の調査を手伝って欲しい。それがファースさんのお願いだった。
クイント王国で最近勢力を伸ばしている盗賊団。
昨日私たちを襲ったあのエヴィルを飼いならしている盗賊。
その名は狼雷団。
他国の領土を根城にしている犯罪集団をわざわざファーゼブルの輝士が内密に調査する理由は二つある。
一つめは今月に入ってから国境を越えてその勢力を伸ばしているという事実。
先日、私はノルドの町で出会った傍若無人なチンピラも狼雷団の一味。
あの時はダイに助けてもらって何とか事なきを得た。
これだけもファーゼブルが黙っている理由はない。
もちろん勝手に勢力を拡げている狼雷団が悪いんだけど、下手したらクイント王国の責任問題になってもおかしくないし。
そしてもう一つ、たとえ他国領であってもけっして見過ごす事のできない犯罪が行われている可能性があること。
「エヴィルか」
低く呟いたビッツさんに頷いてファースさんは話を続けた。
「そう。狼雷団はエヴィルを飼い慣らして戦力にしている。これは他国領とは言え調査権を発動させるに足る案件よ。もちろん確実な証拠があればだけど」
「エヴィルを飼い慣らすなんてこと可能なんですか?」
フィリア市で見た異形の獣、魔犬キュオンというエヴィルを思い出す。
あんなものが人間の言う事を聞くとは思えない。
けれど昨日はたしかにあのスカラフという老人が植物のエヴィルをペットと呼び、命令までしていたのを見た。
何か信じられない方法で言うことを聞かせているのかもしれない。
「方法はわからないけどエヴィルの力を使って勢力を拡大しているのは事実よ」
「エヴィルを飼いならす術を習得している者がいると?」
「それだけならいいんだけどね。最悪なのはエヴィルと犯罪者の利害が一致して、互いに協力をしている場合よ」
「エヴィルと盗賊の利害か……」
ビッツさんはファースさんから目を逸らし窓の外を見た。
何かを考えているらしいけど口にはしない。
私は二人の言っていることがよく理解できなかった。
エヴィルを利用して組織を大きくしたって、それでどうなるっていうの?
だってあいつらは人間の敵で平和な世界のためには存在しちゃいけないバケモノなのに。
私のそんな疑問に対してファースさんは一つの仮説を述べた。
「ウォスゲートを開くつもりかしらね」
※
今から二十年以上前のこと
突如として異界と人間世界ミドワルトを繋ぐ空間の歪みが発生。
世界各地にエヴィルが現れて人々を襲った。
数年にわたって人間とエヴィルは互いに生存を賭けて争い合った。
それはエヴィルの侵攻を終わらせた五英雄が現れるまで続く。
魔動乱の時代。
その時に開かれた空間の歪みこそがウォスゲートと呼ばれるもの。
戦争の終結から十五年が経ち、残存エヴィルの数も減って社会は魔動乱以前の復興を遂げている。
そんな時代にもしまたウォスゲートが開かれたとしたら?
「何者かが再び魔動乱を起こそうとしていると?」
「可能性はあるってことよ。それで利益を得てるやつもいるでしょうしね」
「そんな大変な事、どうして国の総力を挙げて調査しないんですか。それとももう輝士団がこっちに向かっているとか?」
もし本当なら大事件。とんでもないテロ行為だ。
すぐになんとかしなきゃ世の中がメチャクチャになってしまう。
けれどファースさんは私の質問に首を横に振って答えた。
「狼雷団の悪事を証明する物的証拠はまだ何も掴んでいない。いきなり輝士団なんて送り込めばそれこそ国際問題になりかねない。下手をすればクイントとファーゼブルの戦争になるわよ」
「そうなったら我が国が一方的に蹂躙されるだけだろうがな」
自嘲気味に呟くビッツさんの言葉は重い。
彼は窓の外に視線を向けたまま何かを睨むような厳しい表情をしていた。
「だからこうやって単独調査してるの。誰も血を流さなくて済むならそれに越したことはないわよね?」
ファースさんの言うとおり人間同士の戦争なんて悲しいことはない。
政治のことはよくわからないけど、平和に暮らしている人が傷つくのは絶対に良くないことだと思う。
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