48 滅びた小国
宿を出て北西出口へ。
「街道沿いに北西へ向えば国境の関所がある。そこを超えればクイント王国領だ。両国の境にあるグイーダ山は天険だが近年は街道の整備によって馬車でも通れるようになっている」
ビッツさんは丁寧に説明してくれるけど実はよく地理がわからない。
大国ファーゼブルを中心にステーヴァ地方には大小さまざまな国家がある。
クイント王国がその内の一つだってことはわかるけど実際に国外に出るのはもちろん初めて。
「街道を外れなければ他の旅人もいるし恐れるような道のりではない」
さっきから微妙に視線をそらす私を気にしてか、ビッツさんは安心させるような優しい声で言った。
「いえ怖いわけじゃなくてですね」
実を言うとちょっと緊張しているだけ。
別に彼を信頼してないわけじゃないんだけど、やっぱり男の人と二人っきりっていう状況がね。
ビッツさんは間違いなく美形に属するタイプの人だからなおさら。
彼はしばらく何かを考えている様子で、
「やはり出会ったばかりの男と二人は不安か。すまぬ、いささか軽薄な提案をしてしまった」
「あ、いえ。そういうわけじゃ」
むしろ今ここで「やっぱり別れよう」なんて言われたほうが困る。
これだけいい人にめぐり合える幸運なんてめったにないんだから。
特に私の場合はさ。
「一人が心細いのならば旅の傭兵を雇うのもよかろう。酒場にでも行けば女性の用心棒もいるかもしれない。なんなら金は出そう」
「そんな……」
必要はない、と言おうとしてその方が安全かなって思い改めた。
いくらビッツさんがいい人だとはいえやっぱり男の人と二人っきりって言うのはマズイ気もする。
いやいやけど自分からこんなこと言い出す人が変な気を起こすとは考えられないし、このうえ余計な出費をさせちゃうのは……
「おっ、お嬢ちゃんじゃないかい」
どうするのが一番なのか考えていると聞き覚えのある声に呼び止められた。
町の入り口で別れたミミカさんだった。
「ミミカさん。もう出発するんですか」
肩に大きなリュックを背負っている彼女の姿はちょっと買い物に出かけるといった格好じゃない。
「ああ。この町は食いつきが悪くてね。さっさと次の町に行くことに決めたよ」
「クーラさんとクレマさんは?」
「クーラは数日分の食料の買出し。クレマは
「か、カレシじゃありません!」
やだ、もう。私が好きなのはジュストくんだけなんだから。
けどやっぱり男の人と二人っきりだとそう見えちゃうのかな。うーん。
じゃなくってミミカさんはそういう意味で言ったんじゃないってば。
「あっ、しょ、紹介します。ビッツさんです。荷物を盗まれてお腹が空いていたところを助けてもらっちゃって」
「荷物を盗まれた?」
ミミカさんは露骨に顔をしかめた。
「あれほど気をつけろっていったのに何やってんだい」
「い、いや。あのですね。私も十分気をつけていたつもりなんですけど」
服を買ってあげるって言葉に騙されて試着中にカバンごと持ち逃げされたなんて言えない。
「まあいいや。それでアンタはこれからどうするの?」
「あの。とりあえず国境を越えようと思っているんですけど」
「そっか、アタシたちもそのつもりだけどよかったら乗っていくかい?」
「え……いいんですか?」
また馬車に乗せてもらえるならかなりの時間が短縮できる。
上手くいけば二日前に出発したジュストくんに追いつけるかもしれない。
「ま、ついでだし。こっちとしても例のアレの代金と考えれば安いもんだよ」
「やったぁ。それじゃお願いしますね」
私は素直にミミカさんの言葉に甘えることにした。
「アンタみたいな危なっかしい子を放っておくのも気が引けるからね。それにアンタがいるとクーラたちも楽しそうだし」
むぅ。ビッツさんにも似たようなこと言われたけどミミカさんの言い方はなんか棘があるぞ。
速攻でお金を盗まれるようじゃ言われても仕方ないと思うけど。
「カレも一緒かい?」
振り返るとビッツさんは少し離れた場所でに私たちのやり取りを眺めていた。
「あ、あの……」
「私のことは気にせずともよい。仲間と再会できたのなら共に行けばいい」
「けど」
「やはり女性同士の方が気が休まるだろう」
そうは言っても世話になるだけなっておいてハイサヨナラじゃ余りにも申し訳ない。
彼のおかげで昨日は夜露を凌げたし、私のことを心配して一緒に来てくれるって言ってくれたのに。
「あの、ミミカさん」
私はダメ元で彼女にお願いする。
「いいよ。そっちのカレも一緒にって言うんだろ」
わあやっぱりいい人だ。私はビッツさんに一緒に行きましょうと伝えた。
「よいのか?」
「ああ。ルーチェに良くしてくれたんだろ。それにアンタよく見たらなかなかの美男子じゃないか。どうだいよかったら安くしておくよ」
ミミカさんは彼に迫ると腰を屈めて上目遣いに彼を見た。声色も扇情的だ。
こ、これがお仕事モードってヤツなのかな。
クレマさん私がいるってこと忘れてない?
なんかドキドキしちゃうぞ。
けれどビッツさんは表情も変えずにきっぱりと言い切った。
「遠慮しておく」
「つれないね」
ミミカさんは元の調子に戻るとあっさりと引き下がった。
「もうじき仲間の二人も合流するからさ、先に馬車に行くよ」
※
「へえ、大変だったんだぁ」
「だっからルーチェもアタイたちと一緒に来ればよかったのに」
馬車の前で合流したクーラさんとクレマさんは私の昨日の災難を真剣に聞いてくれた。
半日一緒にいただけなのに自分のことのように心配してくれる彼女たちの優しさが嬉しい。
「ま、いい教訓になっただろ。これに懲りたら簡単に人を信頼しない事。人のよさそうな奴ほど特にね」
壁に背を預けチョコレートを頬張りながらミミカさんが言う。
「けどルーチェにはこの純真さを忘れて欲しくないなぁ」
「怪しいっていえばウチラだって十分怪しいしね」
「自分で言うな」
横槍を入れた二人をミミカさんが叱る。
私はそんな光景を見て思わず頬を緩めた。
「大丈夫ですよ。クレマさんたちはいい人です」
ミミカさんの言い分からすれば怖そうな外見の彼女たちには逆に安心できるってことなのかも。
「そうとは限らないよ。いい人のフリをして油断を誘っておいて実はアンタを売り飛ばすつもりだったらどうする?」
「えっ! ミミカ姉ちゃんそういうつもりだったの?」
「たしかにルーチェは可愛いけど可哀想だよ! せめてもうちょっと大人になってから」
「バカ冗談だ」
二人の頭を交互にどつくミミカさん。
私はたまらず噴き出した。
「早いとこカレシとやらを見つけなよ」
「ありがとうございます」
「でさ、アタシが言うのもなんなんだけど……」
ミミカさんは馬車の外で馬の手綱を引いているビッツさん視線を向けた。
ただで世話になるわけにはいかないと彼は自分から御者役を引き受けている。
「あいつは信用できるのかい」
あぐらをかき、ひじをついて鋭い目でビッツさんの背中を睨むミミカさん。
「大丈夫ですよ。彼もいい人です」
根拠はないし口では上手く説明できないけれど彼の優しさは本心だと思える。
「そうかい? ま、アンタがそういうなら口を挟まないけど」
彼女はため息をつき再び壁に寄りかかる。
別にビッツさんを疑っているわけじゃなく単に私の身を心配してくれているだけみたい。
「まあアタシも悪い奴じゃないと思うよ。なんてったってあのコスタがあれだけ懐いているんだ。クーラでさえあのじゃじゃ馬を手なずけるのには相当に手こずったのにさ」
「姉ちゃん、それ言わないでよ。これでも最近は上手く扱えるようになってきたんだから」
「扱えるなんていってる時点でダメなんだよ。馬は生き物なんだ。心を通わせて思っていることを感じとれるようなれなきゃ」
クレマさんの説明にクーラさんは「わかってるよぉ」とむくれた。
「アイツはそれがわかってるのかもね。ひょっとしたらけっこういい身分の坊ちゃんかもしれないね」
それは私もうすうすと感じていた。
独特の喋り方やちょっとした動作に伺わせる品のよさが彼にはある。
ファーゼブルでは廃止された貴族制度も近隣の小国ではまだ残っているらしいって聞くし。
「けどけど油断ならないよ。相手は男なんだから」
「男なんて結局はケダモノだからね。何かされそうになったら二度と使い物にならないようガシッとやっちまいな」
「が、がしっとって」
意味深なジェスチャーに赤面する私を見て三姉妹の笑い声が重なった。
旅は道連れっていうけれどいい人たちに出会えてよかったな。
あの青い髪の女の人や黒髪の生意気な少年みたいな最悪の出会いもあったけれど、こういうのは楽しいかもしれない。
はやくジュストくんに会いたい。
けれど今はこうして旅を楽しむのも悪くないのかもね。
ふと窓から外を見ると気になる物を見つけた。
「ミミカさん、あれなんですか?」
岩山の向こうに頭だけ見える崩れかけた巨大な建物を私は指差した。
塔のように突き出た部分は苔むしていて人が住んでいるようには見えない。
「あれはプレッソ城の跡だよ」
「プレッソ城?」
「この辺りがまだ独立国だったころの王宮だね。ここからじゃ見えないけどあの下には旧王都があるはずだよ」
「王宮にしてはずいぶんと汚れてるように見えますね」
「プレッソ王国がファーゼブルに編入された時に最後まで抵抗した反対派との間で内乱が起こってね。それ以来ずっと廃墟のままになってるはずだよ」
「戦争があったんですか……」
「そう暗い顔しなさんな。もう十年も前の事だしもともとプレッソは魔動乱の被害が甚大で王権を維持するのが難しくなってたんだよ。ほとんどの人間は近隣の町に移り住んだしね。ノルドの町も元々はプレッソの領土なのさ」
ミミカさんは物知りだなぁ。
ちゃんと授業で歴史を学んでる私よりもずっと詳しい。
「興味本位で近づかないほうがいいよ。今でもあの辺りは夜になると戦死者たちの霊がうろつくっていうからね」
「やだ、やめてくださいよ」
初めての外の世界は未知のことでいっぱいだ。
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