43 一難去って……

「ダメよ。物の相場も知らずに勢いだけで買い物しちゃ」

「は、はぁ……」


 なぜか怒られているし。

 なんと答えていいものかわからず曖昧に頷くしかない。


 ナイフの値段が不当だったのは店員さんの態度からも間違いないみたい。

 商売をやっているんだから少しでも高く物を売ろうって気持ちのはわかるけど、五倍も吹っかけられていたなんて。

 しかもそれに気づかない私って……


 下手したら今頃一文無し?

 そう考えるとゾッとする。

 ところで助け舟を出してくれたのはとてもありがたいんだけど、このひと一体いつまでついてくるんだろう。


「そうそう。はいコレ」

「え、あ」


 お姉さんは懐からさっき購入したナイフを取り出す。


「私にゃ必要ない物だからあげるわ」

「えっ、そんな」


 助けてもらった上にタダで物をもらうなんて。


「じゃあお姉さんが出した値段分払います」

「いいってば。私はああいう人を騙して儲けようってヤツが許せないの」


 無理矢理私の手にナイフを握らせてお姉さんはニカッとお日様のような眩しい笑みを浮かべた。


「そんかわしさ、ちょっと付き合ってくんない?」




   ※


「あ、あの……」

「ほらこれなんかどう? あ、こっちもいいかもね」


 私が反応に困っている間にもお姉さんは次から次へと試着用の服を手渡してくる。


「お姉さん、私そんなにお金持ってません」

「いいから。着るだけならタダじゃないの。ほら荷物持っててあげるから」

「ええどうぞご試着なさってください」

「いいわー。その奇麗なピーチブロンドにはどんな服が似合うかしら」


 お姉さんと服屋の店員さんに両方から笑顔で迫られる。

 しかたないので服を持って試着室へ入った。


 ここは武具店から少しは慣れたところにあるブティック服屋

 ナイフを貰ったお礼……と言えるのかはわからないけど、ともかくその代わりに私はお姉さんの着せ替え人形にさせられることになった。

 なんでも絵画のモデルを探しているのだそう。


 時間はそんなにあるわけじゃないけど危ないところを助けてもらった恩もある。

 私なんかがモデルなんて……と最初はためらったけれど「気に入った服があったら買ってあげるよ」の一言に結局釣られてしまった。


 という訳で商店街の一角にある服屋に連れ込まれることになったのでした。


「あなたフィリア市の人ね」

「え、わかるんですか?」

「服の材質やデザインですぐにわかるわよ。たぶんさっきの武具屋の親父も気づいてたと思うわ。都市の人間は世間知らずだけどお金は持っているからカモにされやすいの」


 そ、そうなんだ。

 次からは気をつけなきゃ。


「旅をするならそれらしい格好をしておいた方がいいわよ。何より女の子だったら着替えの数着くらいは持っておきたいでしょ?」


 確かにその通りだ。

 町から町への移動に時間がかかれば洗濯もいつになるかわからない。

 せっかくだからお言葉に甘えて買ってもらおう。


 ええと、どれがいいかな。

 あ、この服可愛い。


 何気なく選んだのはぱっと見は地味な茶色いベスト。

 着てみると素朴な感じが意外と小洒落てて気に入った。

 動きやすいしこれなら旅をするにも丁度よさそう。


 腰のベルトに貰ったナイフを差してみる。

 うん、冒険者っぽいぞ。


「お姉さん、いいかもしれないです」


 着飾ってみれば自分でもそれっぽく見えるのが嬉しい。


「そお? じゃあ次はこっち」


 続いてカーテンの隙間から青いズボンとジャケットを渡される。

 代わりに元着ていた服を預かってもらった。

 ボーイッシュな格好。

 普段はズボンなんか履かないからちょっと新鮮。


 けど青一色は私に似合っていないかも。


「うーん、次のください」


 どうも気に入らないので次の試着をするためにお姉さんに声をかけた。

 しかし何故か返事はかえってこない。


「お姉さん?」


 もう一度呼んでみる。

 それでも返事がないので試着室のカーテンから頭を出して外を見てみた。

 お姉さんの姿はどこにもない。


「あ、あれ?」


 非常に嫌な予感がする。

 店員さんを呼び止めてお姉さんがどこへ行ったのかを聞いてみる。


「お連れさんなら先に行かれましたよ」


 さ、先に……行く?

 ってどこへ?

 ふとお姉さんが言っていた言葉が思い出される。


 都市の人間は世間知らずだけどお金は持ってるからカモにされやすいの。


 着ていた服はお姉さんに預かってもらったまま。

 ナータにもらった旅の必需品が詰まっている鞄もいっしょ。

 もちろんお金も入っていた。

 えーと。つまりこれは……


「だ……」


 一難去ってまた一難。

 助けてくれた人が次なる危険人物だったわけで。


「騙されたーっ!」


 結局、二日目にして早くも一文無しになってしまった私でした……




   ※


「あう、あうぅっ」


 ぼろぼろ涙を流しながらフラフラと商店街を歩く。

 どうして私はこうバカなのでしょう。

 せっかくナータやベラお姉ちゃんに迷惑をかけてまで出てきたっていうのに。

 フィリア市を出てからあっという間に何もできない状況に追い込まれてしまいました。


 ああ、隔絶街の時もそうだったけど無知と危機感のなさってそれだけで罪なのね。

 何も悪いことしなくっても危険は向こうからやってくる。

 そのことは身をもって学んだはずなのに。

 うう……


 お金がない以上宿に泊まることはできない。

 食べものも買えない。

 そう考えたらお腹が減ってきた。

 せめてカバンだけでも置いていってくれればサンドイッチの残りがあったのに。


 どうしようどうしよう。

 今晩はどこで眠ればいいの?


 ひょっとして、野宿?

 こんな知らない町で?


 やだやだ! ただでさえ心細いのにそんな寂しいこと絶対にやだ!

 どうにか泊めてもらえるところを探さないと。

 その辺りの人にお願いしてなんとかならないかなぁ。

 無理だろうなぁ。


 ううん前向きに考えてみよう。

 少し前にフィリア市を出たジュストくんはもしかしたらまだこの町にいるかもしれない。

 うまく合流して……お金を盗まれたから貸してって?

 それはあまりにも恥ずかしすぎる。


 でも頼れる人は彼しかいないし、彼がまだこの町にいる可能性に賭けるしかない。

 どうにか日が暮れるまでに探し出なきゃ。


 ところでジュストくんは私を許してくれるのかな。

 勢いで飛び出してきたけど彼の都合も気持ちを何も考えてないことに今さら気づく。


 怒っているよね、普通。

 私のせいで都市から追放されちゃったんだもん。

 怒鳴られる……だけじゃ済まないかな。

 殴られたりして……いやいや彼に限って……けど流石に許せないよね。

 ある程度の叱責は覚悟しておかなきゃ。


 あああダメだダメだ。どんどん気持ちが沈んじゃう。

 というより今までが考えなさ過ぎだ。

 私は彼を助けるつもりでも彼は私を憎んでるかもしれない。

 つくづく自分のことしか考えない人間。最悪。


 ふふ、ふふふふ……。

 どうしよう今さらフィリア市にも帰れないし……

 こうなったらいっその事、盗賊にでもなっちゃったりして……


「このガキがっ!」


 びくっ!


「ご、ごめんなさい嘘です! 盗賊なんてしません!」


 頭を抱えて謝った後、よく考えれば私は何も口に出してないことに気づく。

 だ、誰なのよっ、突然大声を出すのはっ!

 辺りを見回すと噴水前の広場に人だかりが出来ていた。


「やだ狼雷団よ」

「あんなに小さい子が、かわいそうに……」


 立て続けに悪いことが起こりそうな予感がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る