44 黒髪の少年

 人の輪を掻き分けて前に進み出ると思った通りの光景が広がっていた。


「そっちからブツかっといてバカ野郎だとぉ?」

「礼儀なってねぇなぁ。教育し直した方がいいと違うかぁ?」


 悪そうな面構えの男が三人、小さな子に凄んでいる。

 男たちは狼の絵が刺繍された黄色いジャケットを着ていた。


「し、知らなかったんだよ。あんたたちが狼雷団だったなんて」

「知らねえで済んだら衛兵はいらねえなあ」


 そう言って男の一人が子どもの胸倉を掴み上げる。

 むかむかむかむか。

 気分が落ち込んでいたこともあってどんどん怒りが沸きあがってきた。


「ちょっとあなたたちっ!」


 考える暇もなく。私は男たちを指差して叫んでいた。


「子ども相手に何を考えてるのっ! 今すぐその手を放しなさいっ!」


 隔絶街の人といい、どうして無抵抗の子ども相手に乱暴なことができるんだ!

 周りの人もなんで誰も助けようとしないの?

 相手はたった三人なんだからみんなで助けてあげたらいいじゃない。


「なんだこのアマ」

「何かと思えばガキじゃねえか」


 ……まあ隔絶外の時もそうだったし、そういう反応は予想していたけど。

 ふふ、今の私はあの時とは違うんだぞ。


「もう一度言うわ、その子を放しなさい。さもないと痛い目を見ることになるわよっ」


 なぜなら今の私は天然輝術師!

 この前の輝士宿舎で輝動二輪を盗み出したときにとっさに放った火の輝術。

 あれはとうとう私が輝術師として覚醒した証拠に違いない。

 特に必要もなかったし、誰かに見られて余計な疑いもかけたくなかったからあれきり使う事はなかったけど。

 もうただのチンピラなんか怖くないんだからね!


「こいつ頭おかしいんじゃねえのか」

「俺らを誰だと思ってやがんだ?」

「あなたたちが何者であろうとも、子どもに乱暴するような人が正しいはずはないわっ!」


 びしぃっ、と男の一人を指さす。

 決まった!

 私カッコイイ!


 歓声の一つでも期待したけど周囲の人たちは水を打った様に静まり返っている。

 あれぇ、なんでぇ?

 いいもん別に目立とうと思ってやったわけじゃないから。


「このガキ余所者か」

「いいからさらっちまおうぜ。売りゃあ金にはなるだろ」


 また人をさらうとか売るとか言う! 

 そういう時代は終わっているって歴史の授業で習わなかったの?

 奴隷や人買いは法律で禁止されてるんだぞ。


「やってみなさい。あなたたちこそ、この私に出会った事を後悔することねっ」


 足を踏み出し右手をかざす。


「お?」


 心に描く炎のイメージ。

 さっきまでの鬱屈感のおかげでぐつぐつと煮立つような怒りを沸き立たせるのは簡単だった。


 あとはこのドロドロした感情を炎のイメージに変換するだけ。

 とは言っても丸こげにするわけにもいかない。

 ここは脅しの意味を込めて男たちの足元めがけて術を放って、男たちが慌てている隙に子どもを逃がそう。

 狙いはばっちし。

 くらえ、ぐれんの炎を!


イグっ!」


 掛け声とともに掌からこぶし大の火球が迸る……はずだった。


「あ、あれ?」


 どういうわけか火どころか煙も立たない。

 代わり映えのない私の掌からは何の現象も起こらない。

 お、おかしいな。

 もう一度最初から。

 怒る。むかーっ。

 火のイメージを描く。ごーっ。

 掌から放つ。ずばーっ。


「えいっ! いぐっ、いぐろーっ!」


 やっぱり何も起こらない。

 な、なんでぇ?

 この前は上手くいったのに、どうして?


「……何がしたいんだこのガキ」

「ひょっとして本気で頭がおかしいんじゃねえのか」


 男たちの白けた視線が私を刺し貫く。

 ヒソヒソと囁きあう声はどこか哀れみを含んでいるようにも聞こえた。

 周りの野次馬たちからも同じような視線が送られる。


「可哀想に。まだ若いのに」

「泣く子も殺す狼雷団相手に命が惜しくないのかね」


 横から聞こえてきた声がはっきりと私の耳に届いた。

 なに? この人達そんなに怖い人なの?


「てっ」

「あ、まてこのガキ!」


 男たちの注意がこっちに逸れている間に男の子は自分を掴んでいた腕に噛み付いて逃げ出した。

 人ごみにまぎれてすぐその姿が見えなくなる。

 わーい、予定と違ったけど男の子を逃がすっていう目的は達成できたぞ。

 よかったよかった。

 けど……


「このアマ余計なことを……」


 男たちの怒りは全て私に向くわけで……

 こ、子どもは無事で済んだんだしあとは謝っちゃえば……なんて。


「この礼は体でタップリと払ってもらうからな」


 上手くいきっこない、よね?

 わーっ! どうして私、こんな何度も同じような目に合っちゃうの?


 しかもしかも今回は逃げればいいってものじゃない。

 相手は衆人慣習の中で平然と暴力行為をするようなおっかないやつら。

 おまけになんだか有名みたいだし。


 こ、これは本気でピンチかもっ

 ど、どどどど、どうにかしなきゃっ。


「ううっ、ふぁ、いぐろーっ! あくろーっ! ぐらろーっ!」


 いろんな術の名前を叫んでみるけどなんの反応もない。


「ちょ、ちょっと待っててくださいねっ。私、輝術師なんです。本当はこう、ばぁーっ、って火をおこしてあなたたちを脅すつもりだったんですけど、うまくいかなくて」

「バカにしてんのか?」


 口で説明しても当然ながら男たちは納得してくれなかった。

 三人の男が私を取り囲む。

 その邪魔にならないように、あるいは目を付けられないため男たちの動きに合わせて人だかりが動く。


「あ、あの。話せばきっとわかると思うんですよ」

「いいだろう言ってみろ」


 あらら意外と紳士的。


「ぼ、暴力はいけないと、思いませんか?」

「そうでもないんだな。この町じゃ衛兵も俺たちを恐れて手を出さねえ。天下の狼雷団は暴力だろうが盗みだろうが問題なしだ」


 なにそれ! そんなことってあるの?

 衛兵さん仕事しろ!


「あ、いえ、そういうことじゃなくってですね。なんていうかもっと倫理的な観点から考えて人の道というかそういう」

「もういいよ、いいから寝てろ」


 そう言って男が腕を大きく後ろに振りかぶる。

 やだちょっと、殴る気っ? 

 やっそんな、私っ、助けてっ。

 誰か、ジュストくんっ。


「いやあぁっ!」


 とっさに目を瞑り頭を両手で庇う。

 ガコン! と嫌な音がした。

 やあっ殴られたっ!

 女の子を殴るなんて最低だあっ!


 けど……

 あ、あれ? どこも痛くないぞっ。


「ありゃ?」


 目を開いて顔を上げると男が頭を抑えていた。

 側頭部から血が出てる。

 地面を見下ろすとコブシ大の石が転がっていた。

 ゾッ。これが頭にぶつかったの? ヘタしたら大怪我だよ。


「あの……だいじょうぶですか?」


 殴られそうになった相手だけど、こんな姿を見れば心配せずにはいられない。


「てて……」

「おい平気か」 

「誰だ! ふざけたことしやがるのは!」


 石をぶつけられた男の人は頭からドクドクと血を流して気を失っていた。

 痛そう……


「オレだよ」


 と、周りを取り囲む人垣の中から誰かがこちらに近づいてきた。


 人垣の中から現れた現れたのは若い男の人だった。

 青年と呼ぶにはやや幼い童顔の少年。

 身長は私と同じくらい。

 旅人らしい軽装で腰に剣を二本もぶら提げている。

 けど何よりも目を引いたのは、その髪の色!

 ところどころ逆立ったボサボサの髪はカラスのように真っ黒だった。

 私のピーチブロンドも珍しいけど黒なんてありえない不自然すぎる色だ。

 その無愛想な態度と相まって少年は別世界の住人のような雰囲気をかもし出している。


「なんだコイツは」


 一人が強面の顔をさらに凶悪にゆがめて少年に詰め寄る。

 少年は細い目を吊り上げて少しも怯まず真っ直ぐに男を見返した。


「ジャマなんだよおっさん。騒ぐなら端っこで騒げ」


 少年は短くはっきりと言い切った。

 まだ声変わりもしていない高音の声。

 態度は平静で頭二つ分は高い男を恐れる様子はまるでない。


「はあぁ? いまなんて言いがやった?」

「道を塞がれちゃ通行の邪魔だって言ってんだよ」


 男たちが少年を見下ろし威圧する。

 少年は一歩も引かない。

 その態度が男達の神経を逆なでする。

 男たちは今にも掴みかかりそうな勢いだ。


「てめぇ俺らが狼雷団だって知ってて言ってんだろうなぁ?」

「は? 知らねーよデブ」


 ぷっ。

 確かに横幅はあるけど、そんなはっきり言っちゃワルイよ。


「けっ、テメエもよそ者か。いいか俺らは――あがっ!」


 男が胸倉を掴み上げようとした瞬間、少年は腰の剣を鞘ごと引き抜いた。

 柄で男の突き出た顎を打ち上げると男はたまらず仰け反った。

 その間に少年は男から離れてしかめっ面で手をひらひらと振ってみせた。


「臭い顔ぉ近づけんな、ばぁか」

「こ、このガキ……」


 ものすごい形相で少年を見下ろす顎男。

 他の二人は少年の後ろに回った。


「俺らは天下の狼雷団だぜ」

「タダですむと思うなよ」

「ぶっ殺してやる!」


 口々に吐き出される脅しの言葉。

 少年は小ばかにするように笑う。


「いいぜ、やってみろよ」

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