42 初めての武具店
ファーゼブル王国は王都と二つの都市以外にも小規模な町村をいくつか領内に抱えている。
そのほとんどが自治を行っていて税を納める代わりに何かあればすぐに輝士が派遣される。
ただし輝鋼石のエネルギーが得られないせいで
なので同じ国内でも
……って授業で習った。
ノルドの町は数時間あれば一回りできそうな小さな町だった。
都市に住んでいる私からみれば本当にこんな場所で暮らしていけるのかと不安になるくらい。
さて、まずはホテル……じゃなかったヤドを探さないと。
一刻も早くジュストくんに追いつきたい気持ちはあるけれど、ここから先の手掛かりのない以上は慌ててもしょうがない。
右も左もわからない私が今一番必要なのは情報収集だ。
慣れない旅で疲れも溜まっている。
とりあえず今夜の寝る場所を確保しておこう。
えっとヤドはどこにあるんだろう。
ホテルみたいに見ればすぐにわかるのかな?
少し歩いてみよう。
ブラブラと初めての外の町を散策するのも悪くないもんね。
街道から繋がる町の入り口から町の中心部へ向かう。
しばらく歩くとお店が立ち並ぶ通りに出た。
小さな町でも中心地は人で賑わっている。
買い物カゴをぶら提げたおばさん。
大声ではしゃぎまわる子どもたち。
旅人らしい格好の男の人。
いかにも仕事人って感じの無骨なおじさん。
いろんな人がいる。
建物は高くても三階建て。
ほとんどが石作りで都市の感覚でいうと古っぽい感じがする。
道を行く人たちの服装もどっちかといえばファッションよりも実用性重視って感じ。
地味って言っちゃ悪いけどちょっとダサい。
それでも町には活気が溢れている。
輝光灯も輝動馬車もないけれど都市とはまるで違った生活がここにはある。
どこか落ち着いているっていうか人間そのものの暮らしって感じ。
おっと、あんまりキョロキョロしてたらよそ者と思われちゃう。
バカにされないよ堂々と胸を張って歩いていよう。
ふと通りの中に気になる看板のお店を見つけた。
『武具店』
おわっ。ブグ、武具だって。
こんなお店はじめて見たよ。
フィリア市みたいな独立してた都市と違って外の世界は町から町への移動も頻繁に行われる。
となると安全に移動するためには護身用の道具が必要。
旅人が武具を持つのはあたりまえ。
何の護身具も持たずに出てきちゃったけどやっぱり武器の一つも持っておいたほうがいいかな?
うん。輝術が使えるようになったっていっても、やっぱり自分の身を守るための保険は持っておくに越したことはない。
興味もあるしね。
ちょっと覗いてみてよさそうなのがあれば買っておこう。
そんな軽い気持ちで武器屋に入ったのはいいけれど。
「うそ……武器ってこんなに高いの?」
お店のドアを開けてまず目に付いたのが輝士が持つような長身の剣。
ギラリと光る刃は間違いなく本物で、ちょっぴり怖いけどカッコイイ。
それが値札を見るととても私の今の手持ち金じゃ買えない。
ううん、一年分のお小遣いを足しても半分にも満たないくらい。
つまりは半端じゃなく高価。
やっぱり自分の身を守るための武器はお安くはないんだなぁ。
一応他の商品も見てみたけれど、どれも気軽に買えるものじゃない。
かろうじて刃渡り十五センチほどのナイフがギリギリ手持ち金と同じくらいの値段で買えるくらいだ。
もちろん払ってしまえば手元にはなにも残らないので買えないけど。
「いらっしゃい。お嬢ちゃん旅の人かい?」
がっくりしながらお店を出ようとしていたところで恰幅のいいおじさんに呼び止められた。
店員さんらしい。
「あ、は、はい」
「一人かい?」
「あ、あの、そうですけど」
「そんな軽装で?」
「旅を始めたばかりで……あ、でも後で知り合いと合流する予定があるので」
最近も何もつい二日前までは平凡な学生だったんだけど。
「それなら護身用に武器の一つも持っておいた方がいいんじゃないかい?」
そ、そう言われるよね、やっぱり。
「女の子だったら自分の身は自分で守らなくっちゃ。これなんか逸品だよ。輝鋼精錬してあるから腕力がなくても切れ味は抜群だ」
おじさんが見せてくれたのは細身の剣。
お値段は今の所持金を十倍しても手が届かない。
「あの、そんなにお金は持っていなくて」
「予算はどれくらいなんだい?」
「えっと」
私は思わず持っている全財産を答えてしまった。
「うーん、それで買えるのはこっちのナイフか……もしくは銅製品だけになっちゃうな。どっちも女の子の護身用としてはお勧めできないね」
「あ、あの。でしたらまた今度」
そのナイフでさえ手持ち金ギリギリ。
これを買ったら今夜のヤド代も出せない。
残念だけど私はおじさんに謝ってお店を出ることに決めた。
「ノルドに武具店はうちだけだよ。護身具なしで旅を続けるのは危ないと思うけどねえ」
あう。
「武具の値段は命の値段。悪いことは言わないからナイフだけでも買っておいた方がいいんじゃないかい?」
あううぅっ。
そ、そう言われてみれば確かに。
いくらなんでも手ぶらの旅は無用心だと思えてきた。
街中で怖い人に襲われた時とかもナイフの一本でも持っておけば随分と対応も違ってくる。
隔絶街で襲われた時も逃げ出す隙くらいは作れたかもしれない。
お金を取るか今後の安心を取るか。
いやいや私には輝術があるから武器なんかなくても大丈夫!
……って訳にもいかないか。
何せこれから私はあてのない旅を続けるんだ。
輝術だけじゃなく武芸の特訓とかもしておいたほうがいいに決まってる。
でもでも、ここでナイフを買ったら今夜泊まるところもないわけで。
でも運よく早い段階でジュストくんを見つけられれば……
けどもし見つけられなければしばらくは一人でいなくっちゃいけないし……
ああそうするとなおさら護身用の武器を持っておいた方が……
「よしわかった、特別サービスだ。今なら一割引きで譲ってあげよう」
わわ、一割安くなるって事は……
上手くいけば今夜のヤド代分くらいは残る!
よぉし思い切って買っちゃえ!
「それじゃおじさん、このナイフくださ――」
「こらこらボッってんじゃないよ」
背後から突然の声が聞こえた。
私とおじさんが同時に振り向く。
戸口に女の人が立っていた。
すらりとした長身。
ポニーテールの青い髪。
おじさんを睨みつける瞳には女性らしからぬ迫力がある。
「商売熱心なのは結構だけど世間知らずのお嬢ちゃんを騙すのはどうかと思うわよ」
「……」
「え、え?」
お姉さんが凄むと店員さんは目を逸らして黙り込んでしまう。
何が何だかわからずに私は二人を見比べた。
「いくら輝鋼精錬してあるって言ってもこの程度の品ならこんなもんでしょ」
お姉さんはおじさんが提示した金額の五分の一くらいのお金を懐から取り出すと、それを無理矢理押し付けナイフを奪った。
「じゃ、もらっていくよん」
ナイフを懐にしまってお姉さんは私の方に振り向いた。
「さ、行こ行こ」
強引に背中を押され店の外へ連れ出されてしまう。
これってドロボウなんじゃ……と思って振り返ると、
「……毎度」
悔しそうな諦め顔をした店員さんが小声で呟いていた。
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