41 最初の町へ

「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」


 ゆさゆさと肩を揺さぶられ炎に包まれた町で戦っていた私の意識はぶつりと途切れた。

 目を開くと眩しい光が飛び込んできる。


「着いたよ起きな」


 瞳を開いて最初に映ったのは赤いツンツン髪に隠れた切れ長の瞳。

 続いて木の天井。幌の向こうには馬車を引く馬と真っ白い大きな門。

 現状整理……

 大きく息を吸いゆっくりと吐き出す。

 ……うん。同じ失敗は二度としないのが私なのよ。

 現実と夢をごっちゃにさせて恥をかくのは一度で十分。

 目を擦って大きく息をして、はっきりと声に出す。


「おはようございますミミカさん」

「おはようルーチェ」


 一昼夜お世話になっていた一行のリーダーのミミカさん。

 一見するとコワそうな印象を受けるけれど穏やかな表情には優しさが満ちている。

 ドタドタと慌しい足音が馬車に近づいてきた。


「姉ちゃん、停車場借りれたよ」

「三日以内なら餌もサービスしてくれるってさ」


 長い髪を振り乱しながら駆け寄ってきたのはクーラさんと男の子みたいなベリーショートのクレマさん。

 外見は対照的だけど二人ともよく似ている。

 ミミカさんを含めた三人は姉妹らしい。


「アタイらはこのまま仕事を取りに行くけどアンタはどうすんだい?」


 ミミカさんが私に尋ねた。


「えっと、とりあえずホテルを探して泊まります」

「ホテルなんて通じるのは輝工都市アジール内だけだよ。こっちでは宿屋ってんだ」

「あ」

「都市育ちは狙われやすいからね。気をつけなよ」

「はい。いろいろとありがとうございました」

「いいって。あんなモン頂いたんだからこっちが礼を言いたいくらいだよ」


 そう言って彼女は親指を立て馬車の外を指す。

 フィリア市を脱出する時に私が盗み出した大型輝動二輪。

 RC900ロッソコリーニョ。

 一度エンジンを回せば馬数十匹分の力を持つ機体も今は眠っているように沈黙している。

 私は馬車に乗せてもらったお礼にあれを譲ることになっていた。


「あ、あの。一応あれ盗品ですから使うときは気をつけてくださいね」

「大丈夫。ちゃんと信用できるとこに流すから」

「もう行っちゃうのん?」

「ルーチェもアタシらと一緒に来ればいいのに。アンタならきっと人気者になれるよ」

「あ、えと、あの。せっかくですけど……遠慮しておきます」


 クーラさんとクレマさんが顔を見合わせて笑い二人して私の肩を叩く。

 実はミミカさんたち町から町へ渡り歩いて、その、夜のお仕事をなさっている方たちでして……


 いや、みんなイイ人だし立派に仕事をしているのもわかってるんだけど、ちょっと私には無理っていうか私なんてそういうのは全然未経験ででも全く知らないわけじゃないけどそもそも私はジュストくんに会うために出てきたんだからそういうコトに専念するわけには。


「ほらお前たち。無垢なお嬢ちゃんを引き込むんじゃないよ」


 返事に困っているとクレマさんが助け舟を出してくれた。


「でも本当にありがとうございました」


 彼女たちに同行していなければ今頃はたぶん泣きながら輝動二輪を押して必死に街道を歩いていたはずだから、いくら感謝しても足りないくらい。


「アタイらはしばらくこの町にいるから機会があったらまた会おうな」

「またなぁ」

「カレシによろしくなぁ」


 私はちょっぴり照れながら私は馬車から降りてもう一度お礼を言った。





 輝動二輪を借りて――っていうか強引に奪って――フィリア市を飛び出してからしばらくの間、私は軽快に疾走していた。

 追っ手を気にしながら時々振り返ってはどこまでも続く雄大な草原を走る。


 初めて操縦する輝動二輪は思っていたよりも大変だった。

 十分ほどはとにかく必死にハンドルに掴まり続けどうにか慣れてくると景色を眺める余裕もできてきた。

 どこまでも続く大地。

 遠くに見える山々の稜線。

 空を自由に羽ばたく鳥の群れ。

 城壁に囲まれたフィリア市内ではとても見られなかった雄大な風景。

 私は景色を楽しみながらひたすら前へ前へと走る。

 前途洋洋の旅の始まりだった。

 そこまでは。


 数時間ほど走ったところでお腹が空いたので輝動二輪を道端に停めて、用意していたおにぎりを食べた。

 順調なペース。

 このまま行けば夜中までには都市から一番近い隣町へ到着する。

 ……はずだったんだけど。


 食事を終えて出発して一キロほど走ったところで輝動二輪が突然停止した。

 何度キーを回しても動かない。

 故障?

 血の気が引いた。

 壊れた輝動二輪の整備なんてできるはずない。

 地図で確認した隣町のノルドまではまだ半分も来ていない。

 歩きじゃ何日かかるかもわからない。

 その間に間違いなくジュスト君は遠くへ行ってしまう。

 どうしたものかと途方に暮れていた所をミミカさんたちの馬車が偶然通りかかったのでした。


 彼女たちもノルドの町へ向かう途中だったらしく、私が立ち往生しているとみると快く馬車に同乗させてくれた。

 ミミカさんたちは一見すると怖そうだけどとても親切な人たちだった。

 故郷の町を三人きりで出て町から町へ移動しながら生活しているらしい


 一人が馬の手綱を引き一人がロープで繋いだ輝動二輪のハンドルを取り残った一人が休憩するっていう交代制。

 休憩中の人がこれまでの旅の話なんかをしてくれた。

 馬を引かせて欲しいと頼むと彼女たちは手取り足取り教えてくれた。

 都市では見かけない本物のお馬さんと触れ合うのは初めてだったので、最初はなかなかいう事を聞いてくれなかった。

 動かなくなった輝動二輪を乗せたことで馬車が重くなったためご機嫌ナナメになっているらしい。

 それでもこの重量を引くことができるのはコイツくらいのもんだよ、と笑いながらミミカさんは言っていた。


 一日と少しの間だけど一緒に居られて楽しかった。

 だから本当は一人になるのはちょっと心細いけど……がんばらなくっちゃね。


 というわけで予定より時間はかかったけど、どうにか無事にノルドの町へ到着したのでした。

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