第2章 盗賊団 編 - black stranger & silver prince -

40 ◆我が祖国

 望めば手に入らないものは何もなかった。

 自分が特別な立場の人間であることは幼い頃から自覚していたし、それを不自由に思うこともなかった。


 これは天が自分に与えた運命だ。

 人は運命に従う事が義務付けられている。

 人の上に立つことを人生の命題として与えられた者は決して驕ることなく民のために人生を捧げなければならない。

 それが当然のことと思っていたし自分にはできると信じていた。

 あの日、自分の無力さに気づくまでは。


 初めて訪れた大国で私は自分がいかにちっぽけな存在であったかを思い知らされる。

 豪奢な宮殿。大きな街。

 見たこともないほどの人、人、人。

 そしてなによりも目を見張ったのは機械マキナ技術だった。


 大国ファーゼブルへの視察はこれまでに自分が持ち続けてきた価値観を全て覆した。

 立場は対等だと思っていた。

 しかしファーゼブルの国王は我らを自治州の長としか見ていなかったのだ。

 我が国は由緒正しき王家を戴く歴とした独立国であるのに。


 たしかにファーゼブルと比べれば我が国はちっぽけな存在に過ぎないだろう。

 我が国の全人口を合わせてもこの国の第三都市であるフィリア市の半分にも満たない。


 軍事力においてもその差は明確だった。

 共に視察へ向った我が国の誇る若き天才輝士は公衆の面前で大国守護の要である輝攻戦士に打ちのめされプライドを打ち砕かれた。


 視察から戻った私は歴史を学び始めた。

 歴史はいつも大国を中心に廻っている。

 いや、大国の管理する輝鋼石を中心にしてと言った方が正しいかもしれない。

 神々の遺物。無限大の輝力を秘めた聖なる宝石。

 歴史はいつでもこの輝鋼石の奪い合いを繰り返していた。


 現在の五大国が並んで人間同士の戦いが終わると大国は国家間のパワーバランスを重視した。

 優秀な輝術師を何人も輩出し輝攻戦士で軍備を固め、機械という私たちにとっては輝術以上に恐ろしく不気味な道具を生み出した。


 各国間のパワーバランスに我々のような小国は何の影響も与えてはいない。

 経済が破綻、あるいは内乱で自治が保てなくなった国家は容赦なく大国に吸収されていく。

 歪んだ力の偏りは魔動乱期に重荷となってのし掛かる。

 力を持たない小国はなすすべもなくエヴィルによって蹂躙されていった。


 こんな不条理がまかり通ってよいのか?

 大国の支配に身を任せるのは楽だ。

 民や国土を蹂躙されるわけではない。

 むしろ大国の一地方として発展こそするかもしれない。

 世界をたった五つの色に分けてしまえば、もはや二度と人間同士の争いは起こらないだろう。


 だが私たちにも誇りはある。

 この国で生まれ、この国を愛し、この国で命を育んできた。

 故郷を亡くすような真似はしたくない。

 そのために必要なのは大国にも負けないほどの力。

 せめてパワーバランスに多少なりとも影響を与えられる程度の武力が欲しい。


 父上は非常に弱気で大国と今の関係を維持することしか考えていない。

 このままでは我が国は滅ぶ。

 魔動乱終結後にファーゼブルに吸収合併された隣国プレッソ王国のように。

 そんなある日、私の前に一人の男が現れた。


「あなたの才覚と私の頭脳が合わされば、この死にかけた国に再び力を取り戻すことができましょう。このクイント王国がファーゼブルに代わって地方の覇者になる日がやってくるのです」


 彼は力をもっていた。

 そして手段を知っていた。

 とある理由からファーゼブル王国と敵対していると聞いたが男の野望に興味はない。

 私は大国と対等な関係さえ保てればそれで満足なのだ。


 彼の言葉は甘く心地よかった。

 我が国が大国に取って代わることも不可能ではないとすら思えるようになった。

 私は彼の話に乗った。


 しばらく国は荒れるかもしれない。

 けれど私は信じている。

 明日の混乱は明後日の平穏を勝ち取るために必要であると。

 男が悪魔だろうと私の辿る道が修羅道だろうと構わない。

 私が求めるのはただ一つ、誇り高き我が祖国の存続だけなのだから。

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