27 追放された復讐者

 な、何? 何なの?


「何だ!?」


 私たちは同時に声がした方向を振り向いた。

 大通りの方角だ。


「ちょっと見てくる」


 ジュストくんが声のした方に向って駆ける。

 私も慌ててその後を追った。

 

 たくさんの通行人がいる中にぽっかりと空間が空いていた。

 その中心には――

 ……!

 人が倒れていた。

 若い男の人たちが六人。

 仰向けで痙攣している人、お腹から血を流している人もいる。


「あいつ……」


 その中で立っている人が一人だけいた。

 倒れた人を見下ろして笑っている。

 手には赤く染まったナイフを持つ汚い身なりの大柄の男。


「あれって……」


 隔絶街で私に暴力を振るった男だ。

 あの時の記憶が甦って足が震える。

 ジュストくんが偶然通りかかってくれなかったら、今ごろ……


「もう一回言ってみろよオラッ! 誰がドブネズミだと!?」


 怒声を張り上げながら男は倒れた人を何度も蹴り飛ばす。

 な、なにやってるの……?

 そんなことしたらその人、死んじゃう……


「やめろっ!」


 ジュストくんが叫んだ。

 鋭く力強い声はさっきまでの穏やかな彼じゃない。

 男がこちらに気づいた。


「おお、この前の輝士さまじゃねえか。探してたんだよ」


 嫌らしい笑いは相変わらず前にも増して醜悪に見える。


「どうにかおびき出すつもりだったが、へへ、手間が省けたみてえだな。お、よく見たらあの時のお嬢ちゃんも一緒じゃねえか」


 大男と目が合った瞬間、全身から嫌な汗が噴きだした。

 反射的にジュストくんの背中に隠れる。

 彼は手を広げて私を背中に庇ってくれた。


「なんだぁ今はその輝士さまのコレなんかい。ずいぶんと軽い女だな。ああ勿体ねぇことしたなぁ。強引にでもヤッときゃ今ごろ……」

「へ、変なこと言わないでっ」


 小指を立てながら好き勝手なことを言う男に思わず反論してしまう。

 じゅ、ジュストくんとはまだそういうんじゃないし! まだ!


「どういう事だ。まさか俺を探すために人を襲って騒ぎを起こしたのか?」


 ジュストくん、また一人称が俺になってる。

 ナメられないためだって言ってたけど声も意識的に低くしてるみたい。


 やっぱりちょっとカッコよくって……。

 こ、こっちのジュストくんもいいな。


 ……じゃなくって!

 私ってばもっと真面目になりなさい!


「このバカ共が絡んできたんだよ。まあムシャクシャしてたし、誰でもいいからぶん殴りたい気分だったのは確かだけどな。くっくっく」

「気でも触れたか。街中でこれだけの騒ぎを起こしてただで済むと思っていないだろうな」

「んなこたぁ思ってねえさ。ただ捕まる気はないぜ」

「隔絶外に逃げたとしても立場を悪くするだけだぞ」


 あ、そういえばこの人自分で言ってたじゃない。

 外で事件を起こすと隔絶街の皆に迷惑がかかるって。

 なのになんでこんなこと……


「知るかよ。あんな場所、もう俺には関係ねえ」

「追放されたのか」


 大男の瞳がギラリとジュストくんを睨んだ。


「ああ、テメエらのせいでな。二日続けて外のモンに舐められたってんで面目丸つぶれだよ。特に昨日は女にやられたとあってとうとう追い出しをくらっちまった!」


 ジュストくんが驚いた顔でこっちを見る。

 私はぶんぶんと首を横に振った。

 知らない! 私は何にもやってないからね!

 できるわけないじゃない!


「隔絶街を追われた時点で生きる道はねぇ。今さらカタギな生き方もできやしねえしよ。せめてテメエとあの女にだけは復讐してやろうと思ってな」


 そ、そんなの逆恨みじゃない!

 元はといえば私にひどい事しようとしたのが悪いんだし、追い出された直接の原因はジュストくんじゃなくってその女の人じゃないの! 

 誰だか知らないけど恨むならその女の人だけにしてよね!


「それで腹いせに俺を殺すつもりか?」

「そのつもりだ」


 周りを取り巻いていた人たちのざわめきが増した。

 ジュストくんはゆっくりと腰の銅剣を抜いて男に切っ先を向ける。


「先日の一件で理解しなかったか。お前では俺に勝てない」


 一転、周囲の人たちが「おおっ」と歓声を上げる。

 な、なんかジュストくん、必要以上にカッコつけてるような……

 お芝居とか役に入り込むタイプなのかな?


「そうだな、確かにあんたは強えぇ。俺もケンカ慣れしてるつもりだったが本職には敵わねえって思い知らされたよ」

「だったら大人しくお縄につけ。抵抗をしなければ痛い目は見ずに済む」

「じゅ、ジュストくんっ」


 私は彼の袖口を引っ張った。


「だ、ダメだよっ。こんな街中で戦ったりしたら退学になっちゃうかもっ」


 あの日私を助けてくれたのだって、かなり危ない状況だったはず。

 さらに今度は周りに大勢の人がいる。

 どうみても一方的な障害事件だからそのうち本物の衛兵もやってくる。

 悪人相手とは言え暴力を振るったのがバレたら大変なことになっちゃう。


 なのにジュストくんは私の方を向いてにっこりと笑った。


「放っておいたらこいつはまた周りの人を傷つける」


 その表情はさっきまでのあどけないジュストくんだったけど、内面から滲み出る力強さがある。

 見る人を安心させてるような穏やかな表情に私は何も言えなくなってしまう。


「放っておくわけにはいかないんだ。さあ危ないから離れていて」


 ジュストくんは掴んでいた私の手を取り、ぎゅっと握ってくれた。

 ゆっくりとその手を離し再び大男と向き合う。


 ……私ってば、自分が恥ずかしい。

 そうだよ。私を助けてくれた時だってジュストくんは自分の身の心配なんてしていなかった。

 他人のために戦っただけ。


 彼だって退学になんかなりたくないに決まっている。

 それでも放っておけないって思っているから戦うんだ。

 何気ない態度の奥にどれだけの覚悟があるんだろう。

 リスクは理解しても理不尽な暴力を前にして黙っていられない人なんだ。

 余計なことを言って彼を困らせちゃいけない。


「おっと待ってくれよ。俺はアンタに敵わないって言っただろ」

「ならば自首しろ。そうすれば多少は罪も軽くなる」

「いやだね。今さら自首なんて野垂れ死ぬよりもカッコワリイぜ」

「逃がしはしないぞ。間もなく衛兵もやってくる」

「誰が逃げるって言ったよ? 俺はテメエらを殺しに来たって言ってんだろうが」


 大男の声色が怒りの色を帯び、だんだんと大きくなる。


「こっちには秘策があるんだよ。テメエだけじゃなく俺たちを差別して悪びれもしない市民共を皆殺しにできるような秘密兵器がな」

「秘密兵器?」


 男はニヤリと笑うと懐から何かのビンを取り出した。

 親指くらいの大きさの小さなビン。

 遠くてラベルの文字は読めないけど中には紫色の液体が入っている。


「これが何だか分かるか?」

「……貴様!」


 ジュストくんの声の調子が変わった。

 信じられない物を見た、という思いが伝わってくる。

 彼はこれまでに聞いた事がないほど焦っていた。


「さすがに輝士さま、こいつがなんなのか知っているみたいだな」

「どこでそんなものを手に入れた!?」

「今朝な。隔絶街を追い出されて途方に暮れていた時に得体の知れない爺さんに渡されたんだよ。とんでもない力を与えてくれる神秘の薬だってな」

「馬鹿な、そんなものが残っているはずがない」

「知るかよ。もらったものはもらったんだ。最初は半信半疑だったけど今のテメエの反応で確信したぜ。こいつがあれば俺は無敵になれるってなぁ!」


 男はビンの蓋を開けて中身を一気にあおった。


「やめろ、それは……っ!」


 ジュストくんが走った。

 剣を振り上げ一気に男との間合いを詰める。

 大きくジャンプして男の脳天に手加減無しの一撃を思いっきり振り下ろした……ように見えた。


 突然、男の体が眩い光に包まれる。

 これは……輝力のエネルギー?

 ううんもっと禍々しい……


「逃げろ! みんな逃げろお!」

「ぐおっ、な、なんだ、こりゃあ! は、話が違……いてえええええええええええっ!」


 光の中からジュストくんが叫ぶ声と男の絶叫が聞こえてきた。

 私を始め、周囲の人たちも何が起こったのか理解できず立ちすくんでいる。

 やがて光の奔流が静まっていく。


「ひぃっ」


 誰かが悲鳴を上げた。

 男が蹲っている。

 その背中が不気味に脈打っている。

 まるで巨大な虫が背中の中を這いずり回っているよう。

 その姿は人間のものとは到底思えない。


「痛ええええっ! 痛えよおおおおっ! なんだ、なんなんだよぉっ! この薬はぁ! 無敵の力を与えてくれる薬じゃなかっ――ぐあああああああああああああああっ!」


 絶叫と共に片手を大きく振り上げた。

 その瞬間、男の人のお腹から腕が生えた。

 紫色の体毛に覆われ、鋭い爪を持った獣の腕が。


 波打っていた背中が裂ける。

 中から飛び出してきたのは巨大な野獣の顔。

 白銀に輝く毛に大きく開いた真っ赤な口の中には刃のような牙が覗く。


 異様な光景だった。

 昆虫の脱皮に似ているけれど、それともまるで違う。

 人間が内側から別の生物に貪り食われていく。

 グロテスクを通り越して一種スペクタクルな光景。


 十秒ほどの間に人間が内側から醜い獣に取って代わられてしまった。

 野次馬たちがパニックに陥る声が聞こえる。

 私はそれを遙か遠くにいるような気分で聞きながら、目の前の生き物を呆然と眺めているしかできなかった。


 悪夢の中から飛び出したようなバケモノ。

 それは人類の敵。異世界の魔物。


 エヴィルだった。

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