17 意外な再会

「なるほど。ジュスト君はこの課題さえ終われば試験に臨む資格を得られるわけだな」

「はい。必要な単位は前期までに取り終えましたから」

「後は卒業を待つだけか。なら残りわずかな学生時代を思いっきり楽しまんとな」

「いえ、まだ卒業課題が残っていますから遊んでいる暇はありません」

「若いのに真面目だな。俺が君くらいの頃には将来のことなどまったく考えていなかったというのに」


 大声で笑うお父さんはめったに見ないほど上機嫌だった。


「冒険者などと言えば聞こえはいいが、毎日いかにして楽しく暮らせるかばかり考えているだけの遊び人だった。そんな私が技術者をやってるんだから世の中わからんものだ」


 お酒も入っていないのに酔っ払った時みたいにおしゃべりなっている。

 例の輝士さまも律儀に話を合わせてあげていらしてる。

 私はというと何故か同席を勧められ、お父さんがおみやげに買ってきたクッキーをぽりぽりとかじっていた。


 平静にしているけど、心臓が飛び出しそうなくらいバクバクいってる!

 なんで? どうしてこの人が家にいてお父さんと仲良く喋っているの?

 さっきからちらちらとお父さんに視線を向けるんだけど気づいてくれない。


「あ、あの」


 このままでは気まずすぎるので機を見計らって会話に割り込む。


「ん。なんだ?」

「えっと……」


 気付いてくれたのはいいけど、何を言おうか考えていなかった。


「ああ砂糖か。ほら」

「でなくて、私にもこの方の紹介をして欲しいんですけど」


 お客様、それを若い男の人の手前できるだけ上品な言葉遣いを選んだ……


「なんだ変な喋り方をして。気持ち悪いぞ」


 のにまったくわかってくれない! 


「あ、挨拶が遅れてすみません。ジュスティツィアと言います。ジュストと呼んでください」


 輝士さまは少し申し訳なさそうに自己紹介をしてくれた。

 お名前はジュストさんとおっしゃるらしい。

 というか彼はけっこうこちらを気にしてくれていたっぽいんだけど、お父さんがちっとも話を途切れさせないから!


「エテルノ王立中央輝士養成学校で輝士見習いをしています。卒業課題のレポートのためにフィリア市にやってきました」


 ええーっ、学生なんだ!

 卒業前ってことは私よりひとつ上かな。一七か一八歳?

 もっと年上かと思ってた。

 だってすごい大人っぽいんだもん。

 そっかぁ。輝士さまじゃなくて見習いの学生さんだったのかぁ。

 だから輝士証を持ってなかったんだね。


「こちらこそよろしくお願いします。ルーチェです。そのまま呼んでもらっていいです。南フィリア学園の二年生です」


 できるだけおしとやかに見えるように気を配りながら私も自己紹介をする。

 ぺこりと頭を下げると、ジュストさんも同じようにしてくれた。

 その様子を見ていたお父さんが大きな声で笑う。


「ははは。若い者はいいなあ、俺も二〇年前は……」

「昔話はいいから。ジュストさんとはどういう関係なの?」


 話が長い長い思い出話に飛びそうだったので全力で阻止。

 話を邪魔されたお父さんはつまらなそうだったけど、ここで放っておいたら二時間は無駄話を聞かされるはめになるって経験上知ってるし。

 っていうかお父さんに合わせてたらお淑やかな喋り方とか維持できない。

 もういいや普通に話そう。


「彼の母親とは若い頃の知り合いでな。卒業課題でフィリア市の機械マキナ技術産業についての論文を書くと言うので、うちの工場の見学をさせてやってる」


 なんかいい加減な説明だけどジュストさんも頷いてくださった。


「数週間ほど滞在するらしいから仲良くしてやってくれ」


 ふーん。学生さんの課題旅行かぁ……。

 って、ちょっと待って!


「あ、あの。滞在って。もしかして……うちに?」

「もう市内のホテルに予約を取ってあるらしい。残念だったな」

「ざっ、べ、別に、そういうつもりじゃ……!」


 ざんねんだった!

 え、ええそりゃ期待してましたよ。

 こんな若くてカッコイイ男の人が突然やってきて一緒に暮らすなんて……まるで少女小説みたいな設定じゃないの。

 現実はそう上手くはいかないってことね。


「心配せずとも年頃の娘がいる家に若い男を泊まらせるほど無神経ではないよ」

「アルディさん。僕はそんな……」

「そうだよお父さん。ジュストさんに失礼だよ」

「とはいえ彼はまだフィリア市に来たばかりで右も左もわからん。ちょうどいいから暇なら今から市内を案内してやってくれ」


 え?


「実はまだ仕事中なんだ。開発が行き詰ってるので早く戻らなきゃいかん。お前が帰ってくるのを待っていたんだよ。部屋にいたならいたと言いなさい」


 だって寝てたし。

 それに忙しい割には楽しそうにしゃべってたけど……ってそれより!


「ふ、二人っきりでですかっ?」

「なにか不都合が?」

「い、いや、私は別にっ」

「なら任せた。ジュスト君、明日また研究所に来なさい」

「はい。今日はどうもありがとうございました」


 お父さんはにこやかに手を振ると上着を抱えてさっさと出て行ってしまった。

 かと思うとドアから顔だけを出して私の方を見て、


「彼は真面目な学生だからな。誘惑するんじゃないぞ」

「ばか! お父さんのばか!」


 それが娘に言うセリフか!


「ははは! じゃあ行ってくるよ」


 鼻歌混じりに今度こそ出て行くばか父。

 リビングに私とジュストさんの二人だけが残された。

 ううっ、いざ二人きりになるとすごい緊張する。


「えっと……」

「あの……」


 二人の声が重なった。

 思わず視線を逸らしてしまう。

 き、気まずい……


「どうぞ……」

「いや、そっちこそ……」


 また声が重なる。再び沈黙。

 まずい! このままはよくない!

 とりあえず会えたら言おうとしていたことを言おう。

 流石にお父さんの前で拉致されそうになった話はできなかったし。


「あの、ありがとうございました。えっと、昨日は本当に」


 昨日の隔絶街で彼に助けてもらったこと。

 あの時、彼が来てくれなかったらどんな目にあわされてたか……

 想像するだけで恐ろしい。


 ジュストさんは私の危機を救ってくれた恩人だ。

 本心からの感謝の気持ちを込めて私はお礼を言った。


「危ないところを助けてくれてありがとうございました」

「い、いや。あんな場所に出くわしたら誰だって同じ事するって」


 あれ?

 ジュストさん、顔が赤い。

 もしかして照れてる?


「無事でよかった。もしものことがあったらアルディさんに顔向けできないところだったよ」

「もしかしてあの時すでに私のこと知ってたんですか?」

「確証はなかったけどね。ほら、その綺麗な髪。話に聞いてた君のお母さんと同じだったから」


 お母さん譲りのピーチブロンド桃色の髪

 小さい頃は珍しさからからかわれたりもしたけれど、今はとても大好きな私のチャームポイント。


「うちの母のことご存知なんですか?」

「うん。母さんから聞いてる」

「ジュストさんのお母さんは私のお母さんとどういう関係だったんですか?」


 お父さんの仕事の仲間は時々うちに来て難しい話をしていくことはあるけど、お母さんのことを知っている人が尋ねてくるのは初めて。

 お母さんは私が小さい頃に亡くなっている。

 ほとんど記憶にはないんだけど、お父さんが酔うたびに昔の話をするからなんとなくのイメージだけはある。

 話は脚色が入っているだろうから他の人から話を聞けるなら聞いてみたい。


「そうだなあ……王都で暮らしてた頃に知り合ったらしいけど。あんまり詳しいことは知らないや。僕もしばらくあってないしね」

「あら、そうなんですか」

「ごめんね」

「あ、いいえ! ぜんぜん!」


 単なる興味本位だから別に謝られるようなことじゃないし。

 そういえば今気づいたけどジュストさん、自分のこと『僕』って言ってる。

 昨日は『俺』だったからもっと大人びた感じがあったけど、今日は少し雰囲気が柔らかく思える。

 っていうか街を案内しろって言われたんだった。


「それじゃ日が暮れる前に出かけましょうか」

「うん」

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