18 初恋

 案内をするっていっても、もうすぐ夜だから遠出はできない。

 とりあえずその辺を一緒にぶらぶら歩くことにした。


「これがフィリア大通り。ずーっと北に行くと市内一番の繁華街のルニーナ街があります。もっと先は外壁の北門に続いてます」


 住宅地を抜け、大通りに出る。

 そのまま南に向かって乗合馬車のある広場を回って家に戻る。

 軽く近所を一周するだけのコース。

 案内って言えるほどのものじゃないけど、夜になっちゃったらいろいろとマズイから今日はこの程度で。


 学校の方まで歩けば海も見えるし、いい景色が広がっている場所もあるんだけど、暗いと人気がなくって少し危ない。

 あ、別に暗い道で二人っきりになるのがイヤだってわけじゃないよ。

 彼は信頼できる人だってわかってるからね。


 まあちょっとした散歩だと思えばいいかな。

 停留所の場所は覚えておいた方が便利だろうし。


「ずいぶんと綺麗に道路が舗装されてるんだね。僕のいた所はもうちょっとゴツゴツして歩きにくかったなぁ」

「新しい住宅街ですからね。ジュストさんは王都のどの辺りに住んでいたんですか?」

「学生寮暮らしだよ。下町のごちゃごちゃした所にあるんだ」

「寮ってことは元は王都の人じゃないんですか」

「生まれは別の国の小さな村だよ」


 まるでちょっとしたデート気分。

 さっきまで「また会えたら良いな」なんて思っていた人とこんな風に歩けるなんて、なんだか不思議。


「やっぱり輝士きしになるためにこっちに来たんですか?」

「うん。いつかはストライクナイトになりたいと思ってるんだ」


 すとらいく?


「野球選手になりたいんですか?」


 私が聞き返すとジュストさんはかすかに笑った。

 決して馬鹿にするような笑い方じゃなく、おかしそうに。


「野球じゃなくて輝攻戦士すとらいくないと。輝士の間での通称だから耳慣れないかもね。共用語で書くと『きこうせんし』。輝力の輝、攻撃の攻に、戦う戦士」

「普通の輝士さまとは違うんですか」

「えっと、輝士っていうのがどういうものだかは知ってる?」

「国の治安を守ったりエヴィルと戦う人のことですよね。あとは戦争になったら他の国の輝士と戦ったり」


 国を守る兵士には二種類あって、治安維持を専門にするのが衛兵で、それより上の階級の人を輝士って呼ぶのは知ってる。


「輝攻戦士は輝鋼石から力を借りてエヴィルとの戦いを専門にする最高位の輝士さ」

「王宮輝術師の輝士さま版ってことですか?」

「そうそう。そんな感じ」


 へぇ知らなかった。輝鋼石から力を借りるのって輝術師だけかと思ってたよ。


「なんでそのきこ……なんとか戦士になりたいんですか?」

「輝攻戦士は絶対的に数が少ないんだ。僕の出身国なんかじゃまだ残存エヴィルがいたりする。でも輝攻戦士になる資格は王宮輝術師以上に厳しくって、地方を管理する大国以外の人間が輝攻戦士になることは認められていないんだ」


 真剣な中にも優しさを感じさせる表情で、ジュストさんは丁寧に説明してくれる。

 というか改めて近くで見るとますますカッコいい。

 街を歩いていてもなかなか見かけないような美少年だと改めて認識する。

 思わず、ドキッとしちゃったり……なんて。


「大国が輝鋼石を管理してる以上は仕方ないんことなんだけど、もし自国の戦力で敵わないようなエヴィルが現れたら大国から輝攻戦士が派遣されるまで待つしかない」

「でも助けを求めてから来てくれるまで時間が掛かりますよね」

「そう。だから小国は突発的な被害に弱いんだ」


 拡げたご自身の掌を見つめ、拳をぎゅっと握ったジュストさんの目には一点の曇りも見当たらない。


「僕は輝攻戦士になったら自分の生まれた国に帰って改めて輝士を目指そうと思ってる。前例がないことだから大変だとは思うけど、やっぱり自分の故郷を守れる人間になりたいからね」


 へえ……


「ご立派なんですね」

「そうでもないよ」


 ううん、凄いと思う。

 正直言って感動した。自分の生まれた故郷を守るため大国にやってきて修行なんて、なんとなくこれまで生活してきた私とは大違い。


「そうは言ってもまだまだ修行中だけどね。輝攻戦士になるのだって夢の中の話だよ」

「そんなことないですよ。きのう助けてもらった時なんて本物の輝士さまだと思っちゃいました。ジュストさんならきっと立派なキドウセンシになれます」

「ありがとう。まあ、相手に舐められないよう昨日は精一杯カッコつけてみたつもりなんだけど。あとキコウセンシね」

「そういえばどうしてあんな所を通りかかったんですか?」


 市街地のホテルに泊まるならわざわざあんな街外れまで来る必要はないはず。


「えっと、それは……」


 ジュストさんは困った顔をして言葉を詰まらせた。

 あれ? 聞いちゃいけないことだったかな。

 わざわざ隔絶街なんかに来るのはよっぽどの理由があるのかも。

 まさかと思うけど、悪いことをしてたわけじゃ……


「……ったんだ」

「え?」


 彼は頬をほんのりと赤く染め、小さな声で呟いた。


「ルニーナ街で輝動馬車の停留所を探してたら、道に迷っちゃったんだ」


 ぷっ。

 し、しまった。思わずふき出してしまった。


「み、道に迷ったって、あそこからルニーナ街はだいぶ離れれてますよ?」

「方向音痴なんだよ」


 ってフィリア大通りを横切った時点で気づかなかったのかな。

 それってヤバくない?


「王都にいたときも何度か間違って隔絶街に入っちゃったことがあって。一応こんな身振りしてるから黙っていれば何もされないけど実は内心でビクビクしてたんだよ」

「あ、危ないですよ。それは直さないと」


 なんとなく散歩をすることになったけど、これはひょっとしたら真面目に案内してあげた方がいいかもしれない。

 せめて家と停留所の道はしっかりと教えておかないと。

 っていうか一人でホテルまでたどり着けるのかな。


 それにしてもジュストさん、昨日とだいぶイメージが違うなぁ。

 最初会った時は大人びてカッコイイ人だなって思ったけど、今はなんて言うのかな。

 その……年齢相応に普通の男の子って感じ。ちょっぴりカワイイ所があったりして。


「わかってはいるんだけどね。ところで君こそなんであんな場所に?」


 そういえば私があんなところにいる方がよっぽど不自然だな。


「……実は私も道に迷っちゃったんです。あはは」


 小さい子に騙されたっていうのも恥ずかしいし、本当のことを言ったらあの子が責められるかもしれない。

 ジュストさんに言ったくらいじゃ大丈夫だと思うけど、あの子だって必死だったんだと思う。

 私がマヌケだったくらいで捕まっちゃうようなことにはさせたくない。

 だからナータにそうしたように私は嘘をついた。


「君こそ危ないじゃないか!」


 のんきなごまかし笑いをしていると、ジュストさんは大きな声でそう言った。


「えっ、あっ」


 一緒に笑ってくれると思っていたのでビックリする。

 ジュストさんは気まずそうに口元を抑えた。


「あ、ごめん。大声を出すつもりはなかったんだけど……」

「いえ……」

「ともかくダメだよ。ああいう場所は間違っても近寄らないように。いつも誰かが助けてくれるとは限らないんだから」

「……は、はい、これからは十分に気をつけます」


 真面目に心配してくれているんだ。

 そうだよね。隔絶街の怖さは授業でもしっかり習ってるんだから。

 どんな理由があっても近づくほうがバカなんだ。

 迷ったにしても騙されたにしても同じこと。

 キツく言ってくれるのは親切だから。うん、わかった。


「わかりました。もう二度とあの辺には近寄りません」


 あ、でもあの古着屋はもう一回行きたいかも……

 ぶるぶる。ううんダメダメ!

 私は人より要領が悪いんだから、危ないと思う所には近づかないようにしないと。

 クンシ危うきに近寄らずだよ。クンシって何だろうね。


「ごめん、説教するつもりはなかったんだ。怒ったなら謝るよ」


 気がつくとジュストさんが申し訳なさそうに言う。

 私が俯いていたので勘違いされたのかもしれない。

 実際はまた思考が飛んでただけなんだけど。


「いいえ! 怒ってなんかいません。自分のバカさを反省してました!」

「そ、そう」


 そうそう! 昨日は助かったかららよかったけど、ジュストさんやナータが来てくれなかったらと想像するとゾッとする。

 それに比べたら怒られるくらいなんでもない。

 あ、ナータで思い出した。


「あとごめんなさい。昨日は友だちが失礼なことを」

「いや自分でも怪しいと思うし、正しい判断だと思うよ。まさかいきなり目眩ましをくらうとは思わなかったけど」

「すみません……」

「謝らなくっていいって」


 ジュストさんは本当に少しも怒っていないみたい。

 やさしいんだなぁ。


 それから私たちは歩きながらいろんな話をした。

 お互いの学校生活についてとか、自己紹介の延長みたいな些細なこと。

 ほとんど初対面なのに私は自分でも驚くくらい饒舌に喋っていた。


「え、ジュストさんって三月三十日生まれなんですか」

「そう。あと一日遅く生まれてたら一学年下だったんだ」

「私は四月の五日生まれで後一週間早ければ上の学年でしたよ」


 ジュストさんは私より一学年上だけど、なんと誕生日は六日しか違わない。


「じゃあほとんど同い年みたいなものなんだね」

「でも私なんかまだまだ子どもです。ジュストさんの方がずっと大人っぽいですよ」

「そんなことないよ。ルーチェさんだってさすがお嬢様学園生って感じがするし」


 ど、どこが?


「も、もう。お世辞がうまいんですからっ」

「お世辞じゃないよ」


 そんなこと真面目な顔で言われたら……恥ずかしいですよ。

 っていうか『ルーチェさん』とか言われるのも気恥ずかしい。

 周りにそういう風に呼ぶ人っていないからなぁ。


「あ、あの。良かったら名前、呼び捨てにしてくれてもいいですよ」


 って言うか私が呼んで欲しいだけだったりして。


「だったらルーチェさんも僕のこと呼び捨てでいいよ」

「えっ、そんなのできないです」

「それと話すときもそんなに気を使わなくていいよ。年上って言っても学校の先輩じゃないんだし」

「でも」

「じゃなきゃ僕もずっとルーチェさんって呼ぶよ」


 え、えっと。それじゃ……


「せ、せめて、くん付けで」

「うん、それで」

「じゃあ………………ジュスト、くん………………」


 うわっ。


「あははっ、なんだか改まって言うと恥ずかしいですね」

「ほらまだ敬語」

「もう、すぐには無理ですよっ」

「じゃあルーチェさんが敬語じゃんなくなるまで僕もルーチェさんって呼ぶから」

「なんかそれってずるいです。私はちゃんとジュストさ……ジュストくんって呼んだのに」

「それもそうだね」


 ジュストさん……じゃなかった、ジュストくんはおかしそうに笑った。

 私もつられて笑う。


 考えれば男の人とこうやって親しく話すのって初めてかもしれない。

 苦手っていうわけじゃないんだけど、女学校だから出会いの機会なんてなかったし。

 小さい頃は男の子って苦手だったしなぁ。


 青春してる……なんて、感じちゃったりして。

 うふ。うふふふ。

 なんか、楽しいぞっ。嬉しいぞっ。


 ひょっとしたら私、この人のこと……。

 好きになっちゃうかも、しれない、かな。

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