14 勘違い
ナータがへたり込んでいる私に駆け寄ってくる。
そしてしゃがみこんで視線を合わせると。
ぱしん。
おもむろに私の頬を平手で打った。
「な、なにを」
するのっ。口から出かかった言葉を彼女の泣きそうな表情を見て呑み込む。
「バカっ!」
ナータは今にもこぼれそうなほどに瞳を潤ませていた。見る間にぽろぽろと涙を流し、彼女は私の体を強く抱いた。
「すぐ、戻るっていったじゃないっ。なんで、こんなところに、いるのよっ。心配、しんぱいしたんだからっ! ルーちゃんが、悪い奴らに、酷い目にあわされちゃったんじゃないかって、すっごく心配したんだからっ!」
嗚咽を漏らしながら親友は私をしかる。
ああ……
そうだね。すぐ戻るって約束したのにね。
ナータはこの辺が危ないって知ってたから、ついて来てくれるって言ったのに。
私がそれを心配しすぎって決め付けたから。
私がなかなか戻ってこないから探しに来てくれたんだよね。
ナータだって女の子なのに、こんな危ない所まで一人で来てくれた。
ここの怖さを知っているのに私のために危険を顧みずに来てくれた。
勇敢で優しいナータ。私がバカだったせいで大切な友達を危険な目にあわせちゃうところだったんだ。
「ごめんね、ごめんね……」
私も涙が溢れてきた。
助かった安堵よりも申し訳ない気持ちでいっぱいで、彼女を強く抱き返した。
言うことを聞かなくてごめんなさい。騙されちゃってごめんなさい。
「ほ、ほら。泣かないで。大丈夫だから。あたしが来たからもう怖くないからね」
ナータは体を離すと、にっこりと笑いかけてくれた。
その笑顔に心から安心する。
と、ナータは私の胸元を指差してなぜかそっぽを向いて小声で言った。
「とりあえずそれ、しまいなさい」
え……きゃあ!
ブラウスのボタンの上が外れて胸の谷間まで見えちゃってる!
ってことは輝士さまにも見られちゃった、よね。やっぱり。
うう、こんなことならもっといい下着をつけてくるんだった……じゃなくて。
慌てて前を隠すとナータは自分が着ていたジャケットを私にかけてくれた。
ぽんぽんと二度私の頭を叩いてナータは立ち上がり、輝士さまの方を振り向いた。
「あいつね」
「え?」
その声は信じられないくらい低く、いつも聞いている透き通ったイメージとはかけ離れたものだった。
「覚悟はできてるんでしょうね?」
ナータは……なんでそんなものを!
今まで気がつかなかったけど野球のバットにいくつもの釘が打ち付けられている、殺傷能力十分の恐ろしい武器を手に持って輝士さまに突きつけた。
いけない! ナータ勘違いしてる!
「な、ナータっ!」
私は慌ててナータのズボンを掴み、彼女の顔を見上げてゾッとする。
ナータはとても恐ろしい、凍り付いてしまいそうなくらい怒りに震えた表情で輝士さまを睨んでいた。
見慣れているはずの親友の顔が隔絶街の住人よりも恐い。
と、止めなきゃ!
「違うの! その人は私が襲われそうになってたのを助けてくれたの! 悪い人じゃないんだよ、輝士さまなの! 見て。倒れてるのが私を襲おうとした奴らで、みんなこの人がやっつけてくれたんだから!」
「輝士?」
ナータは疑わしげに彼を睨む。
「あんたがルーちゃんを助けてくれたの?」
「あ、ああ」
「なんで輝士がこんなところにいるのよ?」
輝士さまは答えなかった。
「輝士証を見せてくれない? 持ってるでしょ、本物の輝士なら。そしたら信じてあげるわ。さあ早く見せなさいよ」
「な、ナータ、失礼だよ」
「ルーちゃんは黙ってて。……ほらどうしたのよ。早く見せなさいよ」
それでも輝士さまは黙ったまま。
その様子を見たナータは鼻を鳴らして私の肩に手を置いた。
「危なかったわねルーちゃん。こいつ、奴らとグルよ」
ぐる?
「よくある手よ。あらかじめ襲う役と助ける役を決めておいて、ヒーローを演出するヤラセ救出劇。そんで信用してついていくとさっきの奴らも含めた大勢の奴がいて、今度こそ本当にどうしようもない状況になっちゃう」
「ま、まさか。そんなはずないよ。だってみんなやっつけちゃってるじゃない」
「それが逆に怪しいのよ。いくら輝士だからって銅剣一つでこれだけの人数をあっさり倒せるわけないでしょ。ベラお姉さまならともかく、こんな若い男が」
ベラお姉ちゃんだって十分若いんだけど……
「ともかく輝士を自称するような男を信じちゃダメ。いろいろと小道具は用意してきたみたいだけど、輝士証までは用意できなかったみたいね。まあ無断で輝士を語るってだけで重罪なんだけど」
「あ、いや僕は……」
輝士さまは困った顔で何か言おうとして言葉が見つからなかったのか黙ってしまった。
ナータは彼を無視して私を引き起こす。
立ちくらみがした。よろけた私をナータはしっかりと支えてくれた。
「歩ける?」
「あ、うん。べつに怪我とかはどこもしてないよ」
背中とほっぺがちょっと痛いくらいで。
「よかった。じゃあ行くわよ」
ナータは私の手を握って。輝士さまに背を向けて歩き出した。
ちょ、ちょっと待ってよ。まだ輝士さまにお礼を言ってないのに。
もう一度説明しようとナータの方を見ると、彼女は小声で何かブツブツと呟いていた。
あ、これって輝言だ。
「――
ナータの掌から光が迸る。
この前の授業中とは段違いの光が溢れ輝士さまの姿が見えなくなる。
「走るわよっ!」
そしてナータは強引に私を引っ張って走り出した。
ちょっとちょっと! そんなに引っ張ったら腕が痛いってば!
……じゃなくて。
「い、いけないんだ! いけないんだ! 人に輝術を向けちゃ犯罪なんだよ!」
「いいのよ! ここは隔絶街なんだから殺人でもやらかさない限りお咎めなし!」
そ、そういう問題なの?
その理論ってさっきのやつらとかわらないような。
輝術は便利な反面、非常に危険なものでもある。
そのため習得するのにも難しい試験があるし、いろいろと規則がある。
輝術に関する法律も存在するくらいでこれに違反すると普通の犯罪よりもずっと罪が重い。
もちろん私はナータに捕まって欲しくない。
だから彼女の手を振りほどいて輝士さまの所に戻るなんてことは絶対にできない。
もしナータが言う通り彼が本物の輝士さまじゃなければいい。
けど本物だったら現行犯で逮捕されてもおかしくない。
治外法権も輝術と殺人に対しては寛容じゃない。
仕方なく私はナータに引かれるまま隔絶街の外まで走った。
助けてくれた輝士さまにお礼を言えなかったのは残念だけど、やっぱり一刻も早くこんな場所から離れたい。
ちょっと強引だけどナータにはいっぱい感謝しなきゃ。
「あ……」
ルニーナ街まで戻ってきたところで私はいつの間にかサイフがなくなっていることに気がついた。
「……やられたわね」
「うう……」
「さっきの男? それとも別の誰かかしら」
「わかんない。でもさっきの人には触られてないからちがう」
サイフはずっとスカートのポケットに入れておいた。大柄の男には上着を脱がされかけたけど下には手を出されなかった。
私のスカートに触れたのはただ一人。あの最初に私を騙した男の子だけ。
そういえばナータが来たころにはいつの間にかあの子は姿を消していた。
多分そうなんだ。
けど私はあの子を責める気にはなれない。だってあんなに過酷な場所で暮らしてるんだもん。それくらいのしたたかさは必要なんだ。
何より今からあんな場所に戻るのは絶対にやだ。
悔しいけど諦めるしかない。
ああ、初等学校卒業のお祝いにベラお姉ちゃんから買ってもらった大切なサイフだったのになぁ。
どっちにせよ、あんな事があった後じゃのんびりと買い物をする気にもなれない。
仕方なくナータからお金を借り輝動馬車に乗って私たちは家に帰ることにした。
そういえばミリオンスウィートパフェも食べてないや。
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