13 ヒーロー登場
若い、男の人の声。
若々しくって澄んだ響きのある声。
声は人の輪の外からだった。輪の一部分が割れ、そこから声の主が姿を見せる。
茶色い髪に端正な顔立ちの二十歳前後くらいに見える男の人だった。
きちんとした革の服を纏い腰には剣をぶら下げている。
その姿はどう見ても隔絶街の住人には見えない。
とすると衛兵の人?
助けが来てくれたんだ!
「子供相手にみっともないと思わないのか。今すぐその少女を解放してやれ」
彼は男たちをざっと見渡すと、ハッキリとした声で言い放った。
真っ直ぐな瞳に一切の迷いは見られない。これだけの人数を目の前にしても怯む様子は全くない。
……か、かっこいい!
いや、わかってるよ? 不謹慎だってことはわかってる!
でもその凛々しいお顔と、堂々とした立ち振る舞い。
加えてピンチの時に現れるその絶妙なタイミングといい、そう思わずにはいられない。
「なんだテメエは」
邪魔をされたことに腹を立てたのかリーダーの男はドスの利いた声で彼を睨みつける。
それが合図となって私たちを取り囲んでいた男たちの半数が彼の前に出る。
それでも彼は少しも動じない。
「もう一度言う。彼女を解放しろ」
「おいおい、この娘は俺らの所有物だぜ。お前にどうこう言われる筋合いねえよ」
「だ、誰があなたなんかのっ!」
はっきりとモノ扱いされて私は怒りまかせに叫んだ。
十対以上の目が一斉にこちらを睨む。
思わず悲鳴を上げそうになった。うう、情けない。
「彼女は違うと言っている」
「どうでもいいんだよ、そんなことは。ここじゃ俺らが法律なんだ。輝士さまが口を出す権利はねえんだよ。それとも代わりになるような娯楽を提供してくれるってんのか?」
わ、やっぱり。
随分とご立派な身なりに本物っぽい剣を持ってるからそうじゃないかと思ったけど、本物の輝士さまなんだ!
ってことは、ってことは! すごく強いんだよね!
わあ! すごい! ヒーローみたい!
「確かに俺にお前たちを罰する権利はないが」
「だったらすっこんでるんだな。輝士と言えどもここには不干渉が原則だ」
「一人の人間として少女に暴行しようする集団を見過ごすこともできない」
大柄の男はやれやれと肩をすくめた。
「お前が許さなくったって俺が許してるんだよ。さらに言うなら市や輝士さま方も許して下さっている。ここは治外法権。フィリア市の法律じゃ俺らを裁けねえ。これは俺らの生活を保障できない市や国から与えられてる正当な権利なんだよ!」
「自らの意思で堕落した生活を続ける輩が偉そうな口を利くな」
シン……と場が静まった。
輝士さまの明らかな挑発に面白半分にはやし立てていた住人たちまでもが殺気立っていく。
「まともに働くつもりも無いくせに国からの保障がないことを逆恨みして我がままばかり。甘ったれるな。文句を言うならまずは社会に適応しようとする努力を見せたらどうだ」
輝士さまはそれに気付いていないのか正面の男だけを見て説教するように淡々と言う。
な、なんか……これじゃ余計に怒らせちゃうだけだと思うけど……いいのかな。
案の定、大柄の男は真っ赤な顔で声を張り上げた。
「ぬくぬくと生きてきた坊ちゃんが生意気言ってんじゃねえ! お前らやっちまえ!」
合図と同時に輝士さまに近い位置にいた二人の男が飛びかかった。
次の瞬間。
「うがっ」
「ぐげっ」
輝士さまに向かって行った男たちが苦悶の声を上げて崩れ落ちた。
な、何が起こったの……?
輝士さまを見ると腰から剣を抜いて両手で颯爽と構えを取っていた。
わ、輝士さまがやっつけたんだ!
目にも留まらないくらいの速さで、あっさりと!
「す、少しはやるようだな」
「抵抗はよせ。お前たちの生活を脅かしたい訳じゃない。その子たちを解放すればすぐにでも立ち去ってやる」
明らかに狼狽の色を見せる住人たちの中で、ただ一人リーダーの男だけが余裕の表情を浮かべている。
「俺に命令できるのは俺より強い奴だけだ。いい気になるんじゃねえぞ」
「これが最後だ。その娘を解放しろ」
「全員を相手にするつもりか? 生憎と輝士の名前を出しゃビビっちまうような賢い奴はここにはいねえ。むしろ殺して埋めちまった方が好都合だって思ってるような馬鹿ばっかりだ。お前一人で何ができる!」
勝ち誇ったようにリーダーの男は大声をあげた。
けど輝士さまはあくまで冷静に男を見つめ返して、
「試してみればいい」
「なんだと……」
「どちらが強いか自分の身体で確認してみるといいと言ったのだ」
あちこちでガチャガチャと音がする。住人たちが凶器を手にする音だった。
どこに隠し持っていたのか、錆びついた斧や鉄パイプ。
先端が槍のように鋭くとがった木やバールのようなものなど。
ちゃんとした武器ではないけど人を傷つけるのに十分な破壊力をもった道具ばかり。
「いくら多少の剣の心得があろうが、この人数相手に――」
輝士さまは男の言うことを無視して柄に左手を添えると、無言で構えを取った。
「……!」
リーダーは驚きの表情を浮かべ、にやけ顔に変わっていく。
「なんだてめえ。そんなもんで脅すつもりだったのか?」
輝士さまの持つ剣の刃は赤茶けた色をしていた。
前に一度だけ知りあいに見せてもらったことがある。
輝士さまが修行時代に使う訓練用の刃の斬れない銅でできた剣だ。
剣の形はしていても実際にはただの鈍器でしかない。
けど輝士さまは眉毛ひとつ動かさず真面目な顔で言い放った。
「お前たちの相手などこれでも余るくらいだ」
バカにされたと感じたのか、大柄の男はこれ以上ないくらいに顔を真っ赤に染める。
「もういい、やっちまえ!」
合図をすると十人以上の男たちが一斉に動いた。
武器を手に持ち、さらに集団の強みもあって猛烈な勢いで輝士さまに迫っていく。
いくらなんでもあんな大人数相手じゃっ!
「うがっ」
「ぐげっ」
「あがあっ」
けれど予想に反して住人たちの動物じみた呻き声が次々と上がった。
輝士さまが攻撃を避け、剣を振るうたびに群がった男たちが次々と倒れていく。
一人、二人、三人……
目で追うことも難しいほどの素早い動きで輝士さまは男たちをやってけていった。
……す、すごい。
すごいすごいすごいっ!
本当にあっという間。私は何が起こったのかもよく分からなかった。
なのに輝士さまは訓練用の銅の剣で十人以上の男たちをあっさりとやっつけちゃった!
強い、圧倒的につよい!
輝士さまは剣を払うと、最後に残った大柄の男に切っ先を向けた。
「もう一度言う。怪我をしたくなければその娘たちを解放しろ」
予想外の輝士さまの強さにリーダーの男は完全に怖気づいてしまっている。
男は慌てた風にキョロキョロと首を動かした。
そして私と目が合うとイヤらしい笑いを浮かべる。その表情は何度見ても背筋がぞくりとする。
懐からナイフを取り出してこっちに向かってて来る!
「こ、こないで!」
実力じゃ輝士さまに敵わないから私を人質にするつもりだ!
抵抗するかせめて逃げようと思ったけれど、刃物を持って向かってくる男に足がすくんで一歩も動けない。
ところが男は目の前まで来たところで、いきなり前のめりに倒れた。
言葉もなくうつぶせに倒れる男の背後にしっかりと剣を握った輝士さまが立っていた。
まさに俊足、男が私に迫るよりはやく男の後頭部に打撃を打ち込んだみたい。
「大丈夫だった?」
輝士さまは優しい表情で私の前でしゃがみ込むと優しく声をかけてくださった。
「すまない。もう少し早く発見できていれば怖い目に遭わせずに済んだのに」
「い、いいえ!」
謝るだなんてとんでもない!
こんな大ピンチの所を助けていただいたのに、感謝こそすれ何を謝られる必要がありましょうか!
「あ、あの私、輝士さまのおかげで――」
お礼の言葉を言おうとした時、輝士さまが突然後ろへ飛びのいた。
何が……と思った次の瞬間、輝士さまがいた場所にいかにも重そうな斧が飛んできた。
そして私の目の前の地面に突き刺さった!
男たちの仲間が来たのかと思って斧が飛んできた方向を見る。
けれどそこにいたのは隔絶街の住人じゃなかった。
綺麗な長い金髪。整った容姿のほっそりとした女の子。
ナータだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。