12 隔絶街・奥地

「叫んでも無駄だぜ。ここにゃ人助けしようなんて物好きはいねえからな」


 私は男の子と一緒に地面に放り投げられた。強く打ち付けた背中に鈍痛が走る。

 木造の簡素な建物が密集した中でぽっかりと空いた広場だった。

 地面はむき出しの土。いつのまにか男たちは数を増やし、十人以上が私たちの周りを取り囲んでいる。


「へへ、よく見ればかなりの上玉じゃねえか」

ピーチブロンド桃色の髪とは珍しい。奴隷商船に売ればかなりの金額になるのでは?」

「バァカ、せっかくの女なんだ。まずは俺らで楽しまなくっちゃな」


 ……私、どうなっちゃうんだろう。

 わかってる。ううん、わかってなかった。

 本当にこんな状況になるまでは心のどこかで軽く考えてた。

 今ならわかる。汚い身なりの男たちに囲まれて「怖かった? もうこんなところに近づいちゃダメだよ」なんて注意だけで返してもらえるなんて思わない。

 乱暴に地面に投げ出された時、この人たちが本当に危ない人間なんだって始めて理解した。


 私はこれからこいつらにいい様に弄ばれて心も体もボロボロにされちゃうんだ。

 二度とお家には帰らしてもらえない。だって市民に乱暴をしたって分かったら大変なことになるから。

 私が二度とここから出なければ……もしくは誰にも見つからない場所で始末されちゃえば、ただの行方不明で済む。

 この人たちは絶対に私を解放なんかしてくれない。

 怖くって悲しくって涙が溢れ出てきた。


「おいおいまだ泣くなよ。今からそんなんじゃすぐに壊れちまうぞ」


 顔のすぐ前にリーダーらしき男が近づいてきている。私は目を伏せたまま絶対に顔を上げない。

 抵抗を続けていると男の手が私の頬を打った。


「痛いっ!」

「聞いてんのかおい? 死にたくなかったら俺たちの言うことをしっかりと聞けよ」


 小さい子の手前、必死に恐怖に耐えていた私の理性は『死』という単語によって崩壊した。


「やだっ、やだやだっ、やだあっ! 許してっ、もうしないから、帰してっ!」


 髪を振り乱して必死に抵抗する。

 けど男たちはそんな私を見てあざ笑うばかり。

 もうわけがわかんない。なんで? なんでこんなことになっちゃったの?

 小さい子を助けようとしただけじゃない。いいことをしようとしたんだよ。なのになんでこんな目にあわなきゃいけないの?


「やだよぉ、怖いよぉ」

「ははっ、イヤがるのも最初だけだぜ。すぐに楽しくなるさ。そうなりゃ後は死ぬまで俺らの可愛いオモチャとして使ってやるよ。もっともその頃にはもう何も考えられなくなっちまってるだろうけどな」


 ゴツゴツした汚い手がまだ痛い私の頬に触れる。


「触らないでっ」

「おい、何度も言わせるんじゃ――」


 その手が拳を握り勢いよく振り上げられる。


「いやぁっ! ぶたないでぇ!」


 私はとっさに顔を庇った。

 地面を転がり必死に男から逃れうつぶせになって蹲る。

 体がガクガク震える。怖い。悔しい。涙が溢れてくる。


「あっはっはっはっ!」


 暴力的なまでにいやらしい笑い声が耳に突き刺さる。こんな私を見て楽しんでいるんだ。最低。

 もうやだよ。誰か助けてよ。お願い。ナータ。お父さん。ジルさん。先生。ベラお姉ちゃん。

 誰でもいいから助けてよぉ。


 と、腰に柔らかな感触が当たった。スカートを掴んでいるのは小さな手。男たちの無骨な手じゃない。小さな子どもの手。私といっしょに投げ出され人の輪の中に閉じ込められている男の子の手。


 この子も震えている。私と同じかそれ以上の恐怖に震えている。

 怖いんだね。私なんかよりずっと小さいのに、こんな場所でずっと生きてきた君は私なんかよりもずっとこいつらの怖さを知ってるんだ。


 でも泣かないんだね。えらいね。お姉ちゃん、みっともなくってごめんね。

 かすかな温もりに触れ私は涙を振り払った。

 小さな手はヒーローにはなれないけれど確かに私に力を与えてくれた。

 守らなきゃ。

 私はこの子よりもお姉さんなんだから、泣いてないで守ってあげなきゃ!

 顔を上げる。私は精一杯力を込めた目で男たちのリーダーらしき大柄の男を強く睨んだ。


「おっ?」


 男はまるで面白いものを見るような表情で私を見下ろす。

 ささやかな抵抗でさえこいつらにとっては遊びでしかない。

 そんなことはわかっているけど、このまま黙ってやられたくない。


「わ、私たちをっ、いますぐ離しなさいっ。じゃないとみんなやっつけちゃうんだから」


 男は一瞬きょとんとして、それから大声で笑った。周りの人たちもつられて笑う。

 薄汚い合唱はその中心にいる私たちにとってはそれだけで暴力にも等しい。


「嘘じゃないんだからっ。私はこう見えても輝術師なんだから。本気でおこらせたらひどい目にあわせちゃうんだから」

「お嬢ちゃんが輝術師?」

「そりゃ大したハッタリだ。俺たちが何も知らないと思ってるのかよ」


 周りの人たちから野次が跳ぶ。私は勇気を奮い立たせる意味でもあえて大声で相手をした。


「私は南フィリア学園の生徒なのよ。輝術理論は学んでいるし、輝鋼石の洗礼も受けているんだから。それも炎の術を取得してるのよ。あなたたちなんか黒こげにしちゃうんだから」

「面白え。やってみせてくれよ」

「こっ、後悔するんだから!」


 恐怖に押しつぶされそうな心を一喝し、理不尽な暴力に対する怒りを掻き立てる。

 そして夢の中の『私』がしていたようにその怒りを炎のイメージに変える。

 魔獣でさえも焼き尽くすくらいの強い炎に。

 もちろん私は輝術の習得に必要な輝鋼石の洗礼は受けていないし、術に必要な輝言も知らない。

 けど『あの人』はできるんだから。

 夢の中で『私』として使った感覚はハッキリと覚えているから。


「イグ! イグっ!」


 掌を男に向けて声の許す限り火の術の名前を叫ぶ。

 けど願いもむなしく、何度叫んでも煙すら立たなかった。


「さて輝術師ごっこはもういいかい?」

「ううっ……」


 私は唇を強く噛んだ。

 なんでよぉ。こんなときくらいできたっていいじゃない。

 奇跡が起こってくれたっていいじゃない。


「じゃあ今度は大人のアソビに付き合ってもらうからな」

「やぁ……こないでぇ」


 叫びすぎて嗄れた声で必死に懇願する私の肩を男の手は容赦なく掴んだ。

 その時。


「やめろ!」


 どこからともなく声が聞こえてきた。

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