10 街外れの古着屋

「ここよ」


 建物の地下へ降りていく階段。看板には古代語で「A secondhand clothes store」って書いてある。

 ……セカンド……二つめの手。クローザス……クローズ? 閉じる? 店。

 意味不明。


「これなんて書いてあるの?」

「古着屋」


 なるほど。

 古代語は難しいね。


 階段を下りると中は意外と広かった。

 教室より二周りくらい大きな空間にハンガーにかけられた衣服がズラリ並べられている。

 窓は無いけどしっかりと輝光灯が灯っていて思ったよりも普通っぽいお店だった。


 お客さんも私たちだけじゃない。

 使い古しとは思えないくらいに綺麗な服がお城の洋服屋で買ったらこの五倍はするだろうってくらいの安値で売られていた。

 これは確かにいいところだなあ。

 お古だって事を気にしなければとってもお財布にやさしいから予定よりたくさん買えそう。

 ちょっと遠いことを差し引いてもわざわざ来た甲斐があったかも。


「でも、なんだってこんな街から離れた場所にあるんだろう」

「たぶん非合法の商売だからじゃない?」


 非合法って……法律に触れてるってこと?


「それってヤバイんじゃないの?」

「目に見えて誰かが被害を被ってるわけじゃないから、そうそう監査が入ることはないでしょ。客も入ってるしね。ま、いつ潰れてもいいように気に入ったのがあったら今の内に買っておいたほうがいいわよ」


 平然とそんなことを言うナータさん。

 ……こんな外れの店を見つけ出したことといい、どうもこの娘のことがいまひとつわからない。

 ひょっとして私の知らないところで悪いことしてるんじゃないでしょうね。


「ねえねえ。これなんかどう? 似合うと思わない?」


 ナータが手にとったのはやたらとフリルがついた白のドレス。

 手触りはざらざらしてあまりいい素材は使っていないみたいだけど、その分値段は安い。

 私の手持ちでも十分手が出る。


「そうだね。ナータになら似合うと思うよ」

「あたしじゃなくってルーちゃんに」


 言うと思った。

 ナータは私にいろんな服を着させるのが好きみたい。

 以前にお城デパートのブティックで次から次へと十着以上も試着させられたことがある。

 残念なことにそのどれもが私には似合っていなかったんだけど。

 ナータのセンスが微妙っていうか、どういうわけか私には似合わない豪奢な服ばっかり選ぶから。


 この服もナータにならバッチリ似あってるんだけどなぁ。


「夏前なんだからもっと動きやすい服にするよ。ドレスとか着る機会ないし」

「可愛いと思うんだけどな」

「自分で買えばいいじゃない。私よりずっと似合うよ」

「あたしなんかが着ても似合うわけないじゃない」


 これが嫌味でも謙遜で言ってるわけでもないのが非常にもったいない。

 ナータを見て美人だと思わない人はよほどの変わり者かひねくれているかのどっちかだと思う。

 なのにナータは全然自分の美しさを自覚してないのか、どこへ行くにもカジュアルな服装ばかり。

 それでも街を歩けば何人もの男の人が彼女を見ているのに気づく。

 今日も繁華街からこっちに来るまでに五人も振り向かせていた。

 五人だよ五人。


 先日、ターニャがどこからか仕入れてきた南フィリア学園美少女アンケート(近隣の男性を対称にとったアンケートらしい。なんでターニャがそんなものを持っていたのかは不明)でもナータはダントツのトップだったし。

 剣闘で大会とかにも出ているせいかナータは本人が思っている以上に多くの人に知られている。

 あ、ちなみにそのアンケートに私の名前はもちろんありませんでした……。


 けど容姿端麗、スポーツ万能。おまけに成績は学年トップと美の女神の祝福をうけまくった才女は、なぜかまるっきり浮ついた話を聞かない。

 部活がない時はいつも私と一緒にいるし。

 男嫌いなのかな。もったいない。


「ルーちゃん?」

「あ、な、なに?」

「ボーっとしてた。昨日から三回目」


 う、うわ。恥ずかしい。


「……ひょっとしてまた何か変なこと考えてた?」

「変なことなんか考えてないもん」


 というかまたって何?


「ナータは美人でうらやましいなって思ってた」

「か、からかわないでよ」

「からかってなんかないもん」


 ナータは顔を赤くしてそっぽを向いた。かわいい。

 褒められると照れるクセは子供の時のまま。

 こんな所を男の子に見られたらますますモテるんだろうなぁ。


 ぶるり。

 あ……。

 きょろきょろ。私は辺りを見回した。

 ……見当たらない。


「あ、あのさ。ナータ」

「何?」

「……かな」


 声が周りに漏れないように耳元でそっと囁く。


「よく聞こえない」

「あのさ、お手を洗いたいんだけど」

「入り口の所に蛇口があったわよ」


 察してよ!


「……じゃなくて、おトイレないのかな」


 ナータの視線が周囲をさまよいまた私に戻ってくる。


「ないみたいね」

「わ、どうしよう」


 さっきナータを待ってるときに一缶開けちゃったのがマズかった。

 こっそりと商売したいのはわかるけど、おトイレくらい設置しておかなきゃお客さん来なくなっちゃうよ、もう。


「ど、どっかにないかなっ」

「んーあるにはあるよ。店出て左、赤い看板のある角を右に曲がってちょっと行くと公園があるから。そこに公衆トイレがある」


 なんでそんなに詳しいのかゆっくり聞いている余裕はないね。


「それでいいや。ちょっと行ってくるね」

「あ、待って。一人じゃ危ないわよ。あたしも着いてくわ」

「ナータお会計まだでしょ。持ったままじゃ出られないよ」


 彼女の持つカゴにはすでにどっさりと服が入っていた。

 人のことばっかり気にしているように見えて自分の分はしっかりと選んでいるところが抜け目ない。


「迷子になったら大変よ。この辺は――」


 またそんなこと言って、私だって子どもじゃないんだから。


「大丈夫だってば。行って帰ってくるだけだもん。寄り道しないで戻ってくるからちょっと待っててね」


 心配してくれてるのはわかるけど会計が終わるまでガマンするのはちょっとキビシイ。

 確かに慣れない場所だけど隔絶街に入らなければ安全なんだよね?


「じゃ行ってくるよ」

「あっ、ちょっと!」


 ナータは私と手に持ったカゴを交互に見比べ、諦めたようにため息をついた。

 そんなに心配しなくてもいいのに。

 駆け足で階段を上がる私の背に大きな声が届いた。


「絶対に知らない奴について行っちゃだめよ!」


 わかってるってば。

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