9 休日のおでかけ

 一度家に帰り服を着替えて待ち合わせ場所のカンポルト広場へ。


 今日の服装は動きやすいブラウスとショートパンツ。

 わりとお気に入りなんだけど今どき次から次へと流行は移り変わるし、いつまでも同じ服ばっかりじゃつまらないもん。


 待ち合わせ場所に着いたけどナータはまだ来てないみたい。

 なので売店でジュースを買ってベンチで待つことにした。

 大きな樫の木から木漏れ日が零れてる。


 昼下がりの広場から可愛らしい声が聞こえてくる。

 赤や緑の帽子をかぶった三歳から五歳くらいの子どもたちの声。

 近くの児童会の遠足みたい。

 リュックを背負った子たちが並んで歩いて若い女の先生が忙しそうに面倒を見てる。


「おまたせ」


 三歳くらいの女の子と目が合った。

 手を振って挨拶すると女の子は笑顔で手を振り返してくれた。かわいい!


「ちょっと準備に手間取っちゃって」


 ああいいなぁ。小さい子の笑顔って心が癒されるよ。

 なんていうかこんな子たちがいるから世の中は美しいんだって思える。

 この笑顔を守るためなら私はどんな敵とだって戦ってみせるわ。

 そう、たとえこの身が燃え尽きて灰になろうとも戦うわ。

 戦う敵とかいないけど。


「ちょっとルーちゃん」


 ひまわりの活動で触れ合う子どもたちのあったかくてやわらかくってかわいいこと!

 思い出しただけで心がほんわかしてくるよ。

 夏休み最初の活動はいつだっけなぁ。

 将来はぜったい保母さんになって大勢の子どもたちに囲まれてお仕事したい。

 勉強は辛くてもがんばるよ。

 小さな天使たちがみんなして「ルーチェせんせい」「ルーチェおねえちゃん」って寄って来ては抱きついて、私はその一人ひとりの名前を呼んでほっぺたをぷにぷにするの。


 まるで天国のよう。うふふ……

 それとやっぱりいつかは自分の子どもが欲しい……なんて。

 真っ白なお家で素敵な旦那様と可愛い一人娘の三人で暮らすの。

 旦那様はどんな人か想像できないけれどきっと素敵な――


「聞いてんの!?」


 楽しい空想は強制的に中断させられる。

 突然後ろからほっぺたを引っ張られた!


「いはいいはい!」


 のびる、のびるってば!

 ようやく開放されると清純で動きやすそうな白いパンツルックのナータが立っていた。


「やっと気づいた」

「なんでつねるの!? 普通に声かけてくれればよかったのにっ!」


 ぷにぷにするのは好きだけどつねられるのは好きじゃない!


「かけたわよ何度も。あんたが上の空だったんじゃない」


 あれ?


「ひょっとしてけっこう前から来てた?」

「来てたわよ。あんたがボーっとしててちっとも気づいてくれなかったんじゃない」


 あ、あはは。そっか妄想に夢中で気がつかなかったんだ。

 ごめんなさい。


「ルーちゃんって本当に子供好きよね」


 私が見ていたのが児童会の団体だってことにナータは気づいていたみたい。

 確かにそうなんだけど途中から妄想の将来設計に入っていたなんて言えないな。


「ま、いいや。そんじゃ行こっか」


 カンポルト広場近くの停留所から市内を遊覧する定期輝動馬車に乗る。

 私たちは一番後ろの窓際の席に座った。休日にしては乗降客が少ないのはお昼時だからかな。

 二台の輝動二輪車が砂をふるいにかけるような音を立てて動き出す。

 それに引っ張られて車体が動き出した。


 お喋りしていたら二十分くらいでルニーナ街に到着した。

 ルニーナ街は市内の各地域に向けての輝動馬車が出ているフィリア市の中心街。

 街の中心にある通称『お城』と呼ばれるショッピングセンターはその名の通り古い時代の王城を模した市内最大の建物。

 周囲にはカルト通りよりもずっと大きな商店街もあって商業都市としてのフィリア市を象徴するような場所になっている。

 いつもなら商店街、もしくはお城のショッピングセンターに向かうんだけどナータは馬車を降りると繁華街から外れた方角へ足を向けた。


「結構歩くけどちゃんと着いてきてよ」

「大丈夫だよ」

「迷子になったら恥ずかしがらずに大声であたしを呼ぶのよ」

「ばかにしすぎだよ」


 向かう先は東。海の方角。

 フィリア大通りを横切ると次第に周囲の風景変わっていく。

 賑わっているのは街の中心部数百平方メートル程度でちょっと歩けば昔ながらの古い建物が目に付く。


 いわゆる下町。あまり訪れることがない場所。

 ナータはやたらと狭い路地へ入っていく。

 私は黙って後を追った。

 十分くらい歩くとやたらと雰囲気の悪さが目に付く場所に出た。

 建物は全体的に黒ずんで汚れが目立ちあちこちにゴミが散乱している。

 空き家が多いのか建物の数と比較して人通りがやけに少ない。


「な、なんだか気味悪くない?」

「そう?」


 ナータは何でもなさそうそうだけどこういう所は好きじゃない。

 自然が多くて明るい南部と違い過ぎて同じ市内に居る気がしない。

 それに、このままもう少し東へ行くと……


「ああでも絶対にはぐれないでね。近くには隔絶街があるから。迷い込んだら大変よ」


 わかっているのならっ!


 市の北東部海側の地域は隔絶街と呼ばれる隔離地域、いわゆる貧民街になっている。

 街の中で住むところを失った人たちが集まって作られた街で市の法律は一切通用しない。

 あらゆる犯罪が日常的に行われているっていう噂もある。

 外壁の中にあって他とは隔絶した場所。一般の人は絶対に近づこうとしない。

 都市の発展による歪みが生み出した隔絶街は身近にして現代最大の社会問題。

 世界中にあるほとんどの輝工都市アジールにはそういった場所が存在していて比較的環境のいいフィリア市も例外じゃない。


 ……って授業で習った。

 そんなところに近づくなんて正気の沙汰じゃないよぉ。


「ね、ねぇ。もう引きかえそ? お城の洋服屋さんでいいじゃない」


 間違って隔絶街なんかに入っちゃったらどういう目に合うかわかったもんじゃない。

 私は怖くなってナータの手を掴んだ。


「大丈夫よ。隔絶街の中に入るわけじゃないんだしさ。気をつけてりゃそうそう危険なことなんか起こりゃしないから。あいつらだって街の人に手を出したら即衛兵にしょっぴかれちゃうってわかってるし」


 どういう神経をしてるのかナータは笑ってる。


「万が一、中に連れ去られたらただでは済まないけどね」

「帰る!」

「大丈夫だってば。あたしと一緒なら大丈夫よ」


 不安を拭えないままそれでもナータを説得できずに十分くらいヤキモキしていると、彼女はふいに足を止めた。

 どうやら目的の店に着いたらしい。

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