8 少女の決意

 カルト通り入り口でナータと別れ自宅に向かう途中、可愛らしい声に呼び止められた。


「ルーチェおねえさん」


 メーラちゃんだった。今日は髪を下ろしている。

 昨日より少し大人びて見えるのは髪形のせいだけかな。


「おはようメーラちゃん」

「おはようございます。昨日はありがとうございました」


 メーラちゃんは満面の笑みを浮かべて深々とおじぎをした。


「昨日はあれからどうしたの?」

「はい、彼といっしょにこの辺りを歩いて回りました」


 ふふ彼だって。

 メーラちゃんは嬉しそうに昨日あれからあったことを話してくれた。

 フィリア市は始めてだという彼に彼女は色々と街のことを教えてあげたんだって。


 例の男の子の名前はゼブくんというみたい。

 メーラちゃんと同じ十三歳。外のほとんどの子がそうするように十二歳までで学校通いを終えて今年からは仕事の見習いを始めたみたい。

 これからはお父さんの仕事を手伝いながら国内を回る予定。


「ゼブくん、将来はフィリア市でお店を出したいんだそうです」

「へえそうなんだ」


 私は笑顔で相槌を打った。

 それは簡単なことじゃないってわかるけど表情には出さない。


 輝工都市アジールはとても移住制限が厳しく、出入りも不自由で内外を跨ぐ商売はやりにくい。

 けれど多数の人口を抱える都市にお店を出すことができれば商売の幅は一気に広がるし、行商人と比べて安定した収入も見込めるはず。


「その話を聞いてわたし決めたんです。がんばって勉強して役人になって彼みたいな人が自由に出入り出来るようにルールを変えたいって」

「へえ……」


 都市の学校では十五歳までが義務教育。

 さらに役人や資格が必要な職業に着く人は南フィリア学園のような高等学校に進学してさらに三年間勉強する。

 つまり市会の役人になるには最低でもあと六年は勉強しなくちゃいけない。

 まだ若いメーラちゃんにしては早い決断だと思える。

 でも早い内から将来のビジョンを描くのは素晴らしいことだと思う。私は心から応援したいと思った。


「がんばってね、メーラちゃん」

「はいっ」


 彼女は笑顔で応える。


「先は長くて大変ですけど……ママのこととか」


 メーラちゃんの家は旧貴族階級でご両親はいまだに排他意識が強い。

 大事な一人娘の将来に対して思うところもあると思う。

 けどこれまではそんな両親に言われるまま勉強をしていた彼女が今度は自分なりに目標を見つけて頑張ろうとしてる。

 ほんの少し前まで内気で人の影に隠れるような性格だったのに今はこうして自分の夢を見つけ出してそのために両親を説得しようとしている。

 五つも年下のメーラちゃんがなんだか自分より大人びて見えた。


「じゃあ失礼します。彼を探すのを手伝ってくれて、本当にありがとうございました。あと一日遅かったらきっと会えなかったと思います」


 ゼブくんがお父さんと一緒にフィリア市を訪れるのは半年に一度あるかないかだから今回会えなかったら次は覚えてくれなかったかもしれない。

 たまにしか会えないのは辛いだろうけれどメーラちゃんは本当に嬉しそうだった。


 メーラちゃんと別れて私は丘の上の住宅街にある自宅を目指して歩いていた。

 ……夢、か。

 私も一応やりたい仕事くらいはある。

 幼稚舎か児童館の先生になって子どもたちに囲まれて過ごしたい。

 そのための勉強も来学期から始める予定。

 けど、どうしても何かが足りないって感じは拭えない。


 このフィリア市の外には広大な外の世界が広がっている。

 そこには私の知らない生活があって知らない人がいっぱいいる。

 メーラちゃんもゼブくんも都市内外の問題に真っ向から向かうような仕事を選ぼうと考えている。


 私は、どうだろう。

 この先一歩もフィリア市の外に出ることなく人生を終えるのかな。

 メーラちゃんもゼブくんに会わなかったらそうだったかもしれない。

 たった一つの出会いが彼女の将来を変えたのかもしれない。

 それが恋と呼ばれる気持ちのためだとしたら、素敵なことだと思う。


 今の生活は嫌いじゃない。とても大切に思っている。

 けれど時々思うんだ。

 もしかしたらこの先運命的な出会いが待ち受けていて、外の世界に飛び出していくようなことがあったらって。


 ただの妄想。けれどそれはとても魅力的な空想。

 なんてね。多分私はうらやましいだけ。

 自分が変わるくらい好きな人ができたメーラちゃんのことが。


 私もいつかできるのかな。

 人生観を変えちゃうくらい、素敵な恋が。

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