6 輝工都市と外の世界
海岸周辺を探したけれど男の子は見当たらなかった。
「っていうか会ったのって三日前なんでしょ。もしかしたらもう帰ってるかもしんないわよ」
ナータの言葉にメーラちゃんが悲しそうに俯く。
悪気はないんだろうけど恋する少女にそれはちょっと厳しいと思う。
「大丈夫、もっとよく探してみよう。ひょっとしたら近くにいるかも」
私は精一杯メーラちゃんを元気付けなんとかやる気を取り戻させようとする。
児童会の頃メーラちゃんはとって泣き虫な子だった。
だけどいまは泣いてない。知らない間に強くなったことに嬉しいようなちょっぴり寂しいような。
「もしその男の子に会えたら何をお話するの?」
「ハンカチのお礼を言って。それから……」
メーラちゃんはポケットに手を入れると拳大の丸い玉を取り出した。
「これ、お返しに渡そうと思って」
「あ……」
「ちょっと、外の子にそんなもの渡しても……」
「そうだね! きっと喜んでくれるよ!」
注意しようとしたナータの口を素早く塞いで私はメーラちゃんに微笑みかけて見せた。
彼女が持っているのは記録型の
映水球はボール型の映像保存メディアで保存した映像を
輝光灯や風音機、映水機といった
輝流は輝鋼石から取り出されて都市内部の隅々に張り巡らされた
輝線の繋がっていない外に出れば動力のない機械は全く動かない。
それが都市と外の世界と大きく隔てている原因でもある。
メーラちゃんが渡したがっている映水球に保存されている映像も映水機の使えない外の世界じゃ見ることができない。
だからってメーラちゃんの心遣いを否定するようなことは言いたくない。
気持ちをこめたプレゼントならたとえ本当の使い方ができなくっても想いは伝わるはず。
うん、私はそう信じてる。
ナータは私の手から逃れるとしぶしぶ辺りを見回して捜索を再開し始めた。
ごめんね。全然関係ないのに手伝ってくれるナータには感謝してるよ。
「あれ、ジルじゃない」
ナータの声に振り返ってみると部活帰りらしいジルさんが重そうなバッグを担いで歩いていた。背が高いから遠くからでもよくわかる。
「よっ、何してんだこんな所で」
ジルさんは私とナータ、それからメーラちゃんを見比べなぜか顔を青くして、
「まさか誘拐……」
「違う!」
「違うわ!」
私とナータの声がハモった。
いくら私が子ども好きでも犯罪はしないから!
「児ど研の知り合いの子。人を探すのを手伝ってるの」
「ああ、そうだよな。びっくりした……」
胸を撫で下ろすジルさん。どこまでが本気で言っているのか判別がしづらい。
「そうだ、あんたこの辺に住んでんのよね。外から来た男の子とか最近見かけなかった?」
ジルさんの家は伝統ある格闘技流派の本家でもう少し南に行くと敷地内に道場を構えた大きな屋敷がある。
この辺りは昔ながらの名家が多くターニャの家もすぐ近くにある。
「外から……ひょっとしてあれかな」
「知ってんの?」
「精錬師のじーさんとこに広域行商人さんが商品を売りに来てんだよ。もしかしたらそこの子じゃないか?」
「案内してください!」
突然大声を出したメーラちゃんにジルさんは驚き身構えた。
その姿を見てハッとしたメーラちゃんは自分が発した大声に気付いたようで顔を赤くした。かわいい。
ジルさんの言う精錬師のお爺さんの家は海辺の旧家で木造建築の大きなお屋敷だった。
ちなみに精錬師っていうのは輝流を使って素材の硬度を高めるお仕事のこと。
外では出来ない技術だからわざわざ外から買いに来る商人さんも多い。
お屋敷の前には市内では珍しい本物の馬に引かせるタイプの小さな馬車が停まっている。
今の時代、馬に任せていたほとんどの作業は二つの車輪がついた機械の乗物である輝動二輪に取って代わられてる。
輝動二輪は力も強く餌代や世話をする手間もかからないから都市の中で本物の馬を見かけることはほとんどなくなった。
つまり馬がいるってことは都市外の人がいる可能性が高いってこと。
「その男の子って馬車に乗ってたの?」
「わかんない。わたしが会った時は一人だったから」
「で、どうすんの? 男の子はいますかーって呼んでみる?」
「それは……はずかしい」
「けど待ってても仕方ないでしょ? もう暗くなり始めてきたし」
「なあ、その子ってウチらの後輩だろ? なんで商人さんに用があるんだ?」
ジルさんが不思議そうに聞いてくる。
「あのね――」
「あ、ジル。情報提供ご苦労。もう帰っていいわよ」
私が答えようとするのを遮ってナータがそっけなく言い放った。
「ほぉ。せっかく人が親切に教えてやったのにいい度胸だ」
「別に頼んじゃいないわよ」
「頼んだだろが、しっかりと!」
「あたしはただ質問しただけよ。あんたが勝手にそれに答えただけでしょ」
「ん、そうだったか? ……って騙されるか!」
「ちょ、ちょっと。二人とも意味のないケンカはやめて」
ナータとジルさんにとっては冗談半分のいつもの言い争いだけどメーラちゃんが怯えてるじゃない。特にジルさんは背も高く声も大きいし知らない人が見たらちょっと引いちゃうような迫力があるんだよ。
「あっ」
メーラちゃんが声を上げた。
お屋敷の入り口を見るとふちの大きな帽子を被った人が出てくるところだった。
その隣には若い男の子がいる。
「あの子がそう?」
メーラちゃんは首を縦に振った。
「どうすんの?」
ナータの問いかけに答えるより早くメーラちゃんは親子の下へ走っていた。
「あ、あのっ」
父親らしき帽子の人が振り返ってその後に男の子がメーラちゃんの方を見た。
「おや、どちらさまでしょうか?」
紳士的な対応をする父親の人に比べて男の子の反応は薄い。
どうやら自分に話しかけられているとは思っていないみたい。
「あの、わたし」
「ん?」
メーラちゃんに見つめられようやく男の子はメーラちゃんに気付いた。
けれどちょっとだけ見てすぐに視線を逸らす。
前に優しくしたことを覚えていないのかな。
優しくされた方にとっては運命の出会いでも男の子にとってはただの気まぐれなのかなぁ。
だとしたら覚えていてもらえなかったのはショックだろうな……
でもメーラちゃんはめげずに両手でハンカチを差し出した。
「これ、貸してくれてありがとうございました!」
おおがんばった!
でも男の子はよく理解できずにきょとんとしている。
「おや、ゼブがなくしたハンカチを拾ってくれたんですかね?」
父親の人がそう言うと男の子は口を開けてうなずいた。ようやく思い出したらしい。
「あ、お、おれが落としたやつ」
「え」
「拾ってくれたのか。サンキュな」
男の子はハンカチをひったくってさっさと馬車に乗り込もうとする。
「な、なによその態度は!」
「ちょっと、バレるっつーの」
飛び出そうとした私は後ろからナータに口を押さえつけられた。
だってあの態度はないよ!
怪我したメーラちゃんに渡したんでしょ、そのハンカチは!
なのにどうして落としたなんて嘘をつくのよ!
「照れてんのよ。女の子に優しくしたなんて父親に知られたら恥ずかしいんでしょ」
「もがっ。け、けどさ。メーラちゃんが勇気を出して返しに来たのに」
普段のメーラちゃんを知っている私にはあの子がどれだけの勇気を出してハンカチを返しに来たのかよくわかる。あんなに大人しいメーラちゃんがお母さんの言いつけに逆らってまでこうして会いに来たんだぞ!
「まて。あの子まだ話しかけるみたいだぞ」
一緒になって物陰に隠れていたジルさんが指差す。
仕方ないからもうちょっと見守ってるわよ。
でもいざとなったら飛び出すからね。
メーラちゃんは馬車に乗ろうとしていた男の子の服を掴み、ポケットから取り出した映水球を差し出した。
「い、言っちゃうの? 告白するの?」
「ルーちゃん静かにして」
振り返る男の子。映水球を差し出しながらメーラちゃんが何か言ったけど声が小さくてよく聞き取れない。ただメーラちゃんの横顔は真っ赤になっている。
男の子は映水球を受け取らずにメーラちゃんの顔をじっと見つめていた。
ごくり……さあどうなるかっ。
男の子は手を伸ばして映水球を受け取った。年相応に無邪気な笑顔を浮かべて。
メーラちゃんは頬を赤くしたまま幸せそうに笑っていた。
「や、やった!? うまくいった!?」
「ルーチェうるさい」
もがっ。今度はジルさんに口を塞がれた。みんなちょっと乱暴すぎない?
け、けどやったんだね? 勇気出してお礼を言えたんだね?
照れている二人に男の子の父親の人が近づいた。
なんて無粋なっ!
「せっかくのいいところなのに邪魔するなっ」
「だからうるさいっつーの。ほらよく見ろ」
父親の人が頭を撫でると男の子は照れているような仏頂面を浮かべた。
そして今度はメーラちゃんに何かを言う。
メーラちゃんも林檎のように真っ赤になって俯いてしまう。
男の子が馬車から飛び降りてメーラちゃんの手を握った。
そしてメーラちゃんの手を引いて海のほうへと歩いていく。
手を引かれながらメーラちゃんがこちらを振り返る。
彼女はとっても嬉しそうな顔をしながらペコリと頭を下げた。
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