5 人捜しのお手伝い
喫茶店を出て家に向かう途中、怪しい光景が目に入った。
「あれ?」
路地裏から顔を出してきょろきょろ辺りを見回している女の子がいる。
見覚えがある娘だった。私は傍に近づいて声をかけた。
「メーラちゃん!」
「はわわっ!?」
声をかけたこっちがびっくりするくらい身体が大きく跳ね上がった。
メーラちゃんは胸を押さえて呼吸を整えてゆっくりこちらを振り返る。
「あ、あれ、ルーチェおねえさん?」
「ど、どうしたの? こんな所に一人で」
「知り合い?」
ナータが聞いてくる。
「うん。『ひまわり』でいつもお世話になってる児童会にいた子」
髪を二つに結んだこのかわいい女の子の名前はメーラちゃん。
私が所属しているクラブ『児童教育研究部ひまわり』がお世話になってる初等園に去年まで所属していた子で今年からは私が通っていた中等学校の後輩になってるはず。
会うのは久しぶりだけど、ちょっと背が伸びたかな?
「児ど研ね……ちゃんと活動してたの」
「してるよ。月に二回くらいは児童会や保育園でイベントの手伝いしてるもん」
教育学研究部っていう名前は大層だけど子ども相手のボランティアみたいな活動をしているクラブ活動の一種なのです。
普段はお茶を飲みながらお喋りしてるだけの気楽な集まりだからナータみたいな感想を持つ人は少なくない。
けどちゃんと本来の活動もしてるんだぞ。
「こんな所でなにやってるの?」
きょろきょろと私たちの顔を見比べていたメーラちゃんにできるだけ優しく問いかける。
メーラちゃんは大人しくて同年代の他の子よりも人見知りが激しい子だった。
「マ、ママには言わないで!」
頭二つ分背の低いメーラちゃんが私の制服を強く掴んで訴えるような目で見上げてくる。
「どうしたの? 何があったの?」
らしくない強い口調にビックリした。これはただ事じゃないと思い私は膝を折って同じ高さで目線を合わせると、強引にならないよう優しく事情を聞いてみた。
「誰にも言わないよ。よかったらおねえちゃんに話してみて」
「あのね」
「うん」
「人をさがしてるの。男の子」
「男の子?」
少し意外。児童会でも彼女が男の子と喋っているのを見たことはほとんどない。
てっきり友だちとはぐれたとかだと思ったのに。
「お友だち? 同じ学校の子?」
「ううん。知らない子」
メーラちゃんはスカートのポケットから真っ白いハンカチを取り出した。
洗濯したてのふんわりとしたいい匂いがする。
そのハンカチは白一色の無地で女の子が待つには少々シンプルな気もする。
「この前、学校が終わった後ね」
「うん」
「みんなと遊んで、一人で家に帰るとき、ころんじゃって」
メーラちゃんの視線が下を向く。彼女の膝にはかさぶたの後があった。その時にできた傷みたい。うう痛々しい。
「ひとりで泣いてたら知らない男の子がハンカチを貸してくれたの」
つまりそのハンカチを返すためにその男の子を探してるってわけね。
「でもだったらどうして隠れたりしてたの?」
「ママにその子にはもう会っちゃいけませんって言われたの」
「え、どうして?」
メーラちゃんの両親は厳しい人で有名だった。
彼女自身も小さい頃から特に可愛がられてて家庭教師を付けられて役人になるための猛勉強をさせられているんだって。
そんな厳しい両親だから見知らぬ男の子が大切な娘に近づくのは許せないのかも。
メーラちゃんは両親を嫌いじゃないけど厳しい勉強にうんざりすることもあるって言っていた。
でもハンカチを返すくらいはいいと思うんだけど……。
「外の子と話しちゃいけません、って言われた」
外の子。
この場合ここフィリア市や王都エテルノみたいな『
大国の首都は古くから大輝鋼石の加護を得ていてそれをエネルギーにした『
フィリア市みたいな起伏の激しい場所に街が拓けているのも人工的な中輝鋼石を置ける条件が整った場所に神殿を作ったからなんだって。
一方で機械を動かす動力を得られない外の世界とは生活水準に大きな格差がある。機械に慣れた私たちから見れば外の生活はとても不便で貧しく見えるし、外の人から見れば私たちの生活は異世界のように思えるらしい。
都市の周りには城壁があって出入りが厳しく制限されている。
だから中には外の人を差別する人もいてメーラちゃんのお母さんみたいな旧貴族階級の人ほどその意識は根強く残っているみたい。
私はもちろんそんな差別意識は持っていないし、よくないことだと思うけどね。
「でもねわたし、もう一度あの子に会いたいの」
メーラちゃんは恥ずかしそうに俯いて頬を赤くさせた。
ははぁ、これは……
「どうするルーちゃん……って聞くまでもないか」
「うん、ごめんね。ちょっと付き合って」
ナータが理解のある娘で本当に助かる。
「メーラちゃん。その男の子探し、私たちが手伝ってあげる」
「え、本当ですか?」
「そうそう。あんたいい先輩を持ったわね」
ナータが言うとメーラちゃんはぽーっとした顔で彼女を見つめた。
「クラスメートのナータ、私の一番の友だち」
私はメーラちゃんにナータを紹介した。私が児ど研の手伝いを始めたのは中等学校の頃ナータは当時フィリア市とは別の都市に引っ越していたからメーラちゃんはナータの事を知らないはず。
「……綺麗な人ですね」
「お世辞なんか言わなくってもちゃんと手伝ってあげるわよ」
メーラちゃんはお世辞で言ってるつもりはないと思う。
「さ、じゃあその子を探そうか」
可愛い後輩の淡い恋、手伝ってあげましょう。
まずはメーラちゃんがその男の子と出会った場所、市内南部のトレ海岸へ向かうことにした。
いくら夏とはいえあと数時間も経てば夕暮れだ。
暗くなればメーラちゃんの親が家に戻ってくるからそれまでには戻りたい。
なんでもメーラちゃんは留守番するフリをして抜け出て来たらしい。
いくら親に反対されているからってあの大人しいメーラちゃんがそんな大胆な行動を起こすとは……恋する女の子のパワーは凄いんだなぁ。
「歩いてたら日が暮れちゃうわ。輝動馬車に乗りましょうよ」
「だめです、パパに見つかっちゃいます」
ナータの提案にメーラちゃんが反対した。
「メーラちゃんのパパ、輝動馬車の御者さんだから」
彼女の代わりに私がナータに理由を説明する。
迂闊に乗り込んで鉢合わせになったら目も当てられない。
また、大通りを歩いている姿を見られる可能性もある。
迂闊にフィリア大通りは通れないし、カルト通りにも停留場はあるからこうして歩いているのも危険なくらいだ。
「んじゃどうすんのよ」
「大丈夫。裏道があるから」
私はメーラちゃんの手を引いてカルト通り出口直前で路地裏へ入った。
緩やかな坂を上がりきると建物のない草むらに出る。
フィリア市は大きな街だけど外壁の中にはまだまだ自然に溢れた場所がたくさん残っていて、南部のこのあたりは特に人の手がついていない場所が多い。
川を渡る小さな橋の手前で左に折れるとフェンスが立ち並んでいて私たちの通行を妨げた。
「行き止まりじゃない」
「大丈夫」
よく見ないとわからないフェンスの切れ目を潜って原っぱを抜け昔ながらの木造邸宅が立ち並ぶ地域に出る。
家々の隙間を左へ右へとくねくね曲がり三十分ほど歩くと視界に一面の青が飛び込んできた。
「ほら、大通りを使わなくっても来れるでしょ?」
ナータは目を丸くして驚いていた。
「すごい抜け道知ってるわね」
「散歩してたら見つけたの」
実はこう見えて歩くのは好きなのです。
天気のいい日はやっぱり外に出たいじゃない?
フィリア市南部なら細い路地まで完璧に記憶してるんだよ。これはちょっぴり自慢かも。
「その記憶力を勉強に使えれば先学期末の歴史のテストで十七点なんて取らなかったんじゃ」
「なにかいったかな?」
みょーん。
「いや、なんでもないわよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。