5 あの子のメガネ
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「またね!」
彼女は駅のホームで手を振る。
行ってしまった電車を見送り、彼女は別の電車に乗ろうと階段を上る。
今日の楽しかった思い出に思いを馳せて、家路へと歩いていく。
電車を乗り換える為に別のホームへむかう。
ホームに降り立った彼女は辺りを見回し、バッグの中からロイドメガネを取り出す。
『ガラス越しの方が…視やすいと言いますからねぇ。僕自身は、全く目が悪くないんですよ。』
そう言っていたいつかの人と同じモデルのメガネだった。
電車が来るチャイムが鳴る。
レンズ越しにはっきりと見えるものが増える。
開いた扉に吐き出されるように人が流れていく。
また、入れ替わるように人が吸い込まれていく。
私もその電車に乗ろうとした。
けれど、
「っ!?」
存在しないはずの手が伸びてきて、私の髪の毛を、
物理的に掴んだ。
扉は私を見捨てるように閉まっていった。
数名がこちらをみて、驚いた顔をしたがすぐに自分の世界へ戻っていく。
「…。」
驚きと動揺で言葉が見つからないが、後ろを振り向く。
そこには模様が書いてある紙で目元を隠した、着物姿の奴がいた。
「…誰?」
「…。」
「…。」
無言の攻防の後、奴は脇差を抜いた。
「…!…あ、えっと…」
後ろにじりじりと下がる。
あと一歩進めばきっとホームから落ちる。
けれども、
「……あっ、」
1歩を踏み外してしまった。
あ、落ちる。そう思った。
ちょっとおしゃれして、踵がある靴を履いてきたのが間違いだった。
ヒールが引っかかり、後ろに倒れる。
「……おっとぉー、間に合いましたー…!」
ぎゅっと瞑っていた目を開ける。
「…え?」
落ちかけていた私の手を掴んでいたのは長い黒髪の女性だった。
「いやー、貴方が線路の方へ不自然に後ずさりしているのを見かけまして。」
怪我とか、大丈夫ですか?と私の体制を立て直してくれる。
「あ、あの、ありがとう、ございます…。」
「いーえ、お気になさらず。」
私は彼女の背中越しに、さっきの着物姿の奴に目を向ける。
顔が見えていなくても分かった。
悔しがって舌打ちしてる姿がまざまざと見えた。
そんな恨めしそうな雰囲気を出しながら、背中を向けて消えて行く素振りを見せる。
私はほっとしてため息をつく。
その様子をみた黒髪の人は、
「…この人はまだ死んでもらっては困るんですよ。」
聞こえるか聞こえないか、それくらいのトーンで呟いた。
「…?」
「ねぇ、××?」
誰を呼んだのかは聞き取れなかった。
でもそういった瞬間、着物姿の奴は身を固め、一瞬だけ彼女の方を振り向いて目を見開いた。
そして、私には理解できない単語を並べ始めた。
「アーー…… groeblohgr…ciucruawh… 改名…No.6012 foafr…… 放送コード108852.,」
「…?」
「 Don’t disturb. 」
意味は確か、「邪魔をするな。」
それを聞いた彼女は、
「…あー、えーと、It is both. お互い様、だろ?」
それだけの会話をした後、いよいよ奴は消えた。
私は訳が分からずぽかんとしていた。
「…ごめんなさい。巻き込んでしまいました。」
「い、いえ…」
彼女は言う。
改めてじっくり見てみると、とても可愛らしい顔立ちだった。
長い黒髪に赤いアメピンをバッテンに止めていたのが印象に強い。
「あっ、そう!貴方に言わねばいけないことがあったんですよ!」
そう言って彼女はパーカーのポケットから何かを取り出す。
「これをこうやって、」
と、自分の目元に当て、虫眼鏡を使うようにしてみせる。
「やると、色んなことが見えるようになります。」
はいどうぞ、とこちらに手渡す。
思わず受け取ったので、私も同じようにやってみる。
「…そうなんですか…。」
メガネ越しに特になにか変わったことはなく、ただ、ラミネート越しの世界がぼやけて見えただけだった。
「貴方は…、さっきの人の元へ急ぐべきです。」
「…え?」
「さっき見送ったあの電車に乗って、1秒でも早くあの人の元に急いでください。」
「…。」
「…信じるか信じないかはー、あなた次第ですけれどもね。」
それはわりと使えますよ。ラミネートを指さしてそう言った。
私は驚きのあまり呆然としていた。
「それでは、失礼します。ご迷惑をおかけしました。」
そう言って立ち去っていった。
私はラミネートを手に持ったまま立ちすくんでいたけれど、
「…。」
彼女に言われたんだ、あの人に会いに行けって。
そうしないといけない、そう直感した。
私は階段を駆け下りてさっき彼を見送ったホームへ向う。
辿り着いた先で一つ息を吐く。
思い出して手に持っていたラミネートをかざしてみる。
その先に見えたのは向こう側のホームではなくて、
「…あ、」
”血塗られた惨状”
何かの本で読んだ、表現だった。
「…!」
慌てて目をそらすと目の前を電車が通り過ぎた。
嫌な予感が走ったのを無視して来た電車に飛び乗る。
一瞬しか見えなかったけれど、あれは確かにあの人の部屋だった。
目の前に止まった電車は扉を開く。
今度はきちんと乗り込める。
次の行き先を告げるアナウンスが始まり、電車が動き出す。
電車に揺られている時間がもどかしく感じるも、私の気持ちとは裏腹に各駅停車はゆっくりと進んでいった。
ふと見上げた先に、さっきの彼女が別のホームから小さく手を振っているのが伺えた。
『…あの子、間に合うといいけど。』
*
どこかで何かがすれ違う特異点。
選んだ道は吉か否か。
レンズ越しに見えた世界は過去か未来か。
その先にあるのはハッピーエンドであることを願い…。
*
NEXT➢
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