3 殺人者に一輪花を
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ただひたすらに暗い夜だった。
街灯の少ない細道を1人歩く。
この手には、確かにあいつを刺した感覚があった。
*
この街の夜は静かだ。
吸い込まれそうになるほどに、自分の後ろめたさが身体に重くのしかかるように。
貧しい街灯を頼りに暗い道を進む。
下だけを向いて、自分を責めるように。
そんなだったから、前から来る人に気づかなかった。
「あっ…」
肩がぶつかり、顔を上げる。
「す、すみません。」
ぶつかってしまったのは、女の人だった。
「こちらこそ、すみませんでした。」
ちゃんと見えてなくて、そう言ってぺこりとお辞儀をしたのを感じた。
そりゃそうだ。こんな暗い中、そもそも人が歩いてるなんて思いもしない。
はぁ、と返しに困ったのもあり、それでは、と立ち去ろうとした。
そう、特に意味もないワンシーン。
あぁ、早く帰らないと。
明日も平日、通常運行。
走るスピードを早めた。
*
今回の殺しはとても計画的だった。
「あっ、おかえり。」
俺の雇い主はソファにもたれながら、コーヒー片手に目線だけを向けて言った。
「…もう勘弁してもらっていいですか?」
精神的にきついんですけど、と上着を脱ぐ。
「何言ってんのー?まだ3人目ー。一体この世にどんだけの対象がいると思ってんのよー。」
「いや、だからってなんで俺がやんなきゃいけないんですか!」
「えー?忘れたのかなー?君には責任取ってもらうよーって言ったよねー?」
「そんなこと言われた覚えないんですけど!?」
勝手に話盛らないでください、と自分にもコーヒーを入れる。
うっわ苦っ、この人ほんとコーヒー入れんの下手くそだな。口が裂けても言わないけど。
「いい?もう一度言うよ?」
いや、キミが理解するまで何百回何億回と言うよ?
雇い主は身体を起こし、真面目な雰囲気を出して言った。
「僕は肉体労働系が苦手なの。カンペキなプランは出来ても、実行は出来ないの。だから人手が必要なの。そこでキミのそのバカみたいな力を買って、雇ってるの。」
キミのした事を完全にもみ消す代わりにね。
と、恩着せがましい雇い主だ。
こんな理不尽で不経済なバイト、一刻も早く辞めてやりたいが、この人が言ったように俺は殺人幇助をした旨で追われる身になった。
全くの冤罪なのだが、ひっくり返すのは難しいだろうという見解で、危うく刑務所行きだったところをどういう訳か助けてくれたのがこの人だったのだ。
全くどういう訳なんだかさっぱりわからないが。
こんな設定無理がありすぎる。
…とはいえ、折角拾われた、いや、拾わられた人生だ。
せいぜいこの、天才童顔の上から目線な雇い主に忠誠を尽くそうか。
不味いコーヒーを飲むのはもうゴメンだ。自分で煎れなおそうと準備した。
*
「…キミ、次の仕事だよ。」
そう言って紙を渡された。
「…また殺すんですか。」
「そうだね。」
あっさり言い放った。
雇い主は俺が煎れたコーヒーを啜った。
ミルクと砂糖多めで甘めのやつ。
意外な子供舌。
…こんなこと言ったら殴られそう。
「ねぇ、キミ。」
「…なんですか?」
「今度はキミが殺される番だよ。」
「…?」
俺は雇い主が座るソファの脇に立っている。
雇い主は腕を伸ばして俺の顔に小銃を突きつける。
「…どういう意味ですか?」
「…だから、今日はキミが殺される番。」
「…」
いや、これには驚いた。
まさか雇い主がこんな物騒な物を持ってるなんて。
…突っ込むべきはそこじゃないか。
「…俺は、どんな反応したらいいんですか?」
「以外だね。冷静だ。」
雇い主は安全装置を外した。
動けずにいた。
ソファから立ち上がり、額に銃口を当てる。
俺より低い身長。
長めの前髪にかかる眼帯。
袖が長いセーターで隠れる手先。
「…なんてね。嘘だよ。」
一つ、ため息をついて銃を下ろした。
「じゃ、その件、よろしくね。」
キミの無反応も、新鮮で面白かったよ。
そんなことを言って、部屋を出ていった。
俺は資料を手に持ったまま、しばらく動けずにいた。
*
その日がやってきた。
あの日の用紙に書かれていた名前の女。
俺はそいつの名前と基本情報、それと殺さねばならない理由しかしらない。
そいつにどんな人生があったかなんて、わからない。
それでも俺はそいつを殺さないといけない。
俺が、生き残るために。
明日も、今日と同じように生きながらえるために。
そう、思っていたんだ。
今回は明るい街灯がある道。
目的地へと向かっていた。
「あっ、」
「あっ!」
「す、すみません!」
「あー、あ、いえ、大丈夫で…」
「あっ、…もしかして、この間、ぶつかってしまった方…?」
「あー、えーと、いや、そうなんですかね…」
どういうことだ。
こんな偶然あるのか。
この女性は、
今回のターゲットだ。
それがしかも、この間暗闇でぶつかってしまったようだ。
…雇い主はこのことを知ってて俺に回したのかな。
「これも、何かのご縁ですね。」
寒空の下、彼女のマフラー越しに白い息がみえる。
バッグを漁り、ラミネート加工された物を取り出す。
「これは、32口径リボルバーの銃弾をの破片です。」
どうぞ、と、手渡されたのは、鉛らしき物質が花びらを模したものだった。
「これは…?」
「貴方の主がご使用なさっているものだと思うのですが…
信じるか信じないかはあなた次第です、とでも言っておきます。」
「…え?」
「それともう一つご忠告。」
そっと俺の耳元に寄り、こう言った。
「You cannot kill me.」
──貴方に私は殺せない。
我に帰った時には、彼女の姿は見えず、インカムからノイズ音と共に声が聞こえたきた。
『………───聞こえているか、C-309。貴様の主は俺が殺した。』
『…───…主が殺された!犯人を探す!手伝え!今すぐ帰ってこい!依頼は後だ!早く戻れ!』
…え?
『…───この銃弾…32口径だ。誰か持ってなかったか?』
『…────いや、知らないな。』
『…────クソ!誰だ!』
俺は手の中にあるラミネートを見やった。
微かに赤くなっている場所があるのに気がついてしまった。
道に咲いている花が、ぽとりと落ちた。
その花はまだ生きていた。
俺はかつての、懐かしい呼び名を思い出した。
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拾って頂いたこの命、
最後の最後まで全うし、
誠心誠意貴方様に尽くすことを、
ここに誓います、
貴方のその血に懸けて。
NEXT➣
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