♯84 シンクロ魔術

 アンジェリカはじぃっと朱い瞳で俺を見つめて、言った。


「……貴様、どこから現れた? あの娘たちも。妾の【竜眼】に映らないことなどありえん」


 アンジェリカの赤い瞳が鈍く光り、瞳孔が縦に伸びて爬虫類のそれのように変化し、そこに強い魔力が集まっていることがわかった。

【神眼】を発動していることで、その【竜眼】なる才能が俺のそれと同種のモノであることがわかる。竜族が持つ特殊な気を使い、相手の性質オーラを見抜くもののようだ。


「俺と似たような眼を持ってんだな。けど、あいにくそういうのから逃げるための才能も持ってるんでね」

「……馬鹿な。妾の眼で見通しきれない存在、だと……?」


 目を細めたアンジェリカはここで初めて困惑を見せ、一歩だけ足を下げた。


 もしかしたら会話が出来るかもしれない。説得も可能かもしれない。

 そう思った俺だったが、アンジェリカはすぐに自分が引き下がったことに気付いたのだろう。また足を一歩踏み出して俺を睨みつける。その鼻はクンクンと、まるで何かを調べるように俺のニオイを嗅いでいた。


「貴様、何者じゃ。この独特なニオイといい、その力……ヒトではないな?」

「人だよ。ただの人間。それも異世界のな」

「異世界……だと? 小僧が、妾をからかうか――!」

「ホントのことだよ。まぁ、ちょっと女神様に会っただけの普通の人間だ」


 途端に、アンジェリカの顔が引きつる。


「……女神? 今、女神に会ったと言うたか」

「え? あ、ああ」

「……フフ、そうか。フフ、フフフフフ……!」


 アンジェリカは顔をうつむけて静かに笑い、やがて小さく息を吐いて言った。


「ヤツに会ったか……。フフ、ヤツは実に壮健だったであろうな……」

「ま、まぁそうかな……? なんか温泉好きの元気なお姉さんだったけど……君、女神のことを知ってるのか?」

「鬱陶しいほどにな。ふん、道理で貴様から『神族』のそれと似たニオイがすると思うたわ。この神聖で鼻につく甘美なニオイ。実に懐かしい。貴様、アレとまぐわったか」

「まぐわっ――!? ち、違うっての! ちょっと一緒に混浴しただけだよ! それでこの世界に送られてきたの!」


 いきなりの過激発言に耳が熱くなる俺。

 アンジェリカは「そうか」と短く笑い、そして言った。


「だが貴様がアレの力を持つことは事実――であれば死ね。女神のニオイを嗅ぐだけで……殺意が燃えるわッ!!」



『ッ!!』



 突然激昂したアンジェリカの身体から今まで以上に大量のオーラが溢れ出し、アンジェリカの頭部からは曲がりくねった角が、背中からは翼が生え、さらに臀部の方からは尻尾が確認出来た。

 紅の髪の切っ先はゆらゆらと燃えさかり、開かれた口からは牙が覗いて、フシュゥ……と燃える呼気が放出される

 さらに赤熱のオーラは彼女の身体を覆うようにムクムクと形を変えていき、巨大に膨れあがって具現化していく。


 その形はまるで竜のようになり――咆哮したッ!




「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!!!」




 ――【竜焔気】



 竜族が持つ強大な気の力を生体エネルギーとして開放し、竜の姿に具現化させ、爆発的に身体能力を向上させることはもちろん、そのエネルギー自体を灼熱のオーラと変えてあらゆるものを燃やし尽くす……! 竜族でない俺には使えないモノだが、しっかりと頭の写本には記載されていた。

 

 たった1%ほどしか残っていない魔力でこの迫力。

 これが……ドラゴニアの力!!


「神に愛でられし者よ――消えろ!」


 燃えさかる竜のオーラはすべてを融かし尽くそうと雄叫びをあげ、その目を光られて俺を狙う!

 

 そこでユイが叫んだ。


「――カナタ!! お願い、カナタを守って!【エルヴィン・シュトローム】!!」


 ユイがリリーナさんたちの元から高位精霊魔術を発動させ、それは周囲の温泉の湯をぐるぐると集めて竜巻と化し、背後からアンジェリカを襲う。

 しかし、必要な水量が少なかったことや、そもそもこの秘湯そのものが魔力を弱める『効能』を持っていたせいもあり、以前のときよりずっと威力が弱まってしまっている!。


 一瞥さえしないアンジェリカが手を振ると、彼女の《竜焔気》そのものであるオーラの竜がその太い腕を振り払い、ユイの魔術を虫でも叩くように消し去って、ユイが驚愕に顔を硬直させた。


「ふんっ! 炎の魔術だったら――あたしたちクインフォだって得意なのよっ! 【ラル・アベリカ・ヴォルフレア】!!」


 続いて、ミリーが教えたばかりのこれまた高位魔術を見事に操り、ミリーの周囲に四つの巨大な炎玉がぷかぷかと浮かび上がる。それは一つ一つが凝縮された超高熱エネルギーを抱え、本来であればたった一つで山を吹き飛ばす威力さえある危険な魔術だ。

 だが、やはり同様にこの土地の――秘湯の影響で魔術の威力は弱められてしまっていて。

 すべてが一斉にアンジェリカの元へ向かったものの、アンジェリカの竜の手に握りつぶされ、無残にも消え去った。これにはミリーも愕然としてしまう。


 アンジェリカはユイたちの方を振り返ることすらなく、叫ぶ。


「なんと情けない……恥じろ! この程度の力しかだせんこの妾をっ!!」


 ユイたちにではなく、自分自身を戒めるように猛るアンジェリカ。


 それでも――ユイもミリーも引かない!


「あーもうッ! ユイ! 貰ったばっかだけどアレやるわよ!! ぶっつけ本番イケるわよね!?」

「うんっ、お願いミリー! 私たちで、みんなを守らなきゃ!!」


 二人はリリーナさんたちを庇うように前に立ち、ユイは右手を、ミリーは左手を、まるでダンスのパートナーのように組み合わせる。そしてもう片方の手も組み合わせて銃のような形を作り、アンジェリカの方へと伸ばした。

 二人の持つ強力な魔力は光となってその伸ばされた指先へと集中していき、それぞれの髪先から抑えきれずに溢れ出した魔力の一部が瞬く粒子となって、まるで一対の翼のようにキラキラと放出され、宙へ舞う。


 その姿は――天使のようにも見えて。


 二人は混じり合い、唱えた。


 


「「【アルク・ヴェルカーロ・シュート】ッ!!」」




 瞬間。

 二人の手から激しい白光が放たれ、それはまるで巨大なビームのように一直線に飛ぶ――っ!!

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