♯83 竜焔気《ドラゴニア・エフェメイル》

 リリーナさん、テトラ、アイリーンがシャルを守るように囲むが、テトラもアイリーンもがくがくと震えており、リリーナさんでさえ大粒の汗を流し、ふらついている。

 シャルは「やめろ……リリーナ、テトラ、アイリーン……!」と絞り出すような声を上げていた。


 アンジェリカはその真紅の瞳でじっとシャルの方を見下ろし、そして言った。


「だから阿呆と言ったのじゃ。あの男が貴様を利用することしか考えておらんことが解らなかったか、聖剣の主よ」

「なっ……」

「ヒトごときでドラゴニアたる妾の身を案じ、明確な邪気を放つ人間にも気付かんとは。その結果がこれじゃ。貴様はやはり相当な阿呆じゃな」

「…………」


 シャルはしばらく黙り込み、それからアンジェリカを見つめ返して言った。


「……確かに、そうかもしれない。だが、正体が何であれ、君のように拘束された少女を見捨てることも、一度はヴァリアーゼに忠誠を誓った宰相殿を見過ごすことも出来ない。それが、私の信じるヴァリアーゼの騎士道だからだ」


 正面からハッキリとそう語ったシャルに、アンジェリカはその大きな瞳を丸くして。



「……クク、ハハハハハハ! 阿呆の極みじゃ! 大馬鹿者じゃ! クハハハハ!」



 アンジェリカはあざ笑うように高い声を上げ、自らの腹を抱える。

 やがて目元の涙を拭い、笑い疲れたような息を吐いて満足げに言った。


「だが素晴らしい。その清廉な魂は稀に見る美しさじゃ。ゆえにその聖剣も貴様に応えたのだろう」

「……え?」

「娘、名は」

「……シャルロット・エイビス」

「そうか。殺すには惜しいな。しかし、ヤツのような小物が宰相である今のヴァリアーゼは世界にとって不要である。魂の輝きと意志の違いこそあれ、その配下に甘んじる者もまた同じ。シャルロットよ、この妾の手に掛かることを光栄に思うが良い」


 ――今のヴァリアーゼは、世界には不要?


 まるで神様にでもなったかのようなその言い方の意味を俺が考えたとき、アンジェリカは再びその赤い竜のオーラを発生させながら近づき、手をかざすだけでシャルの牢をどろどろに溶かす。

 アンジェリカは綺麗に微笑みながら一歩ずつ、前に進む。シャルはそこから目を背けない。


「案ずるな、それほどの魂であればすぐに転生できよう。輪廻の理の中で新たな生を営むがよい」


 その言葉に、シャルの額から大粒の汗が流れ落ちる。


 だが、すぐにリリーナさん、テトラ、アイリーンの三人がシャルの前に立ちふさがった。


「シャルロット様に近づくことは許しません――!」

「こ、こっち来るなよ! く、来るなってばぁ!」

「シャ、シャ、シャルロット様はっ、わ、わわわたしたちが、お、おま、おまもりをっ……」


 気丈に振る舞う三人だが、その力の差は歴然としている。特にテトラとアイリーンはもう限界を超えているはずだ……!


「ほう。完全ではないといえ、妾の【竜焔気ドラゴニア・エフェメイル】を見ても気力を保つか。使用人風情にしてはやる。だが――」


 愉快そうに言ったアンジェリカは、軽くその手を払って、


「頭が高い」


 その凄まじい灼熱のオーラの奔流によってリリーナさんたちはまるで紙のように吹き飛ばされ、それぞれが壁や牢に激突してしまった!


「みんな――ッ!!」


 強く歯を食いしばる俺。

 リリーナさんたちには以前に【魔力耐性】の才能をコピーしておいたが、あの才能はあくまでも耐性を持つというだけであって、無効化出来るわけではない。相当なダメージを受けてしまったはずだ! それにアンジェリカの赤いオーラが今も三人の身体を包み込んでおり、これ以上は命の危険もある!


 残ったのは、いまだに縛り付けられたままのシャルのみで――。



 もう……これ以上我慢は出来なかった!



「――カナタっ!?」

「ちょ、カナタっ!」


 ユイとミリーを残して飛び出した俺は、リリーナさんたちの代わりにアンジェリカの間へと立ちふさがる。

 当然、シャルもアンジェリカも同じタイミングでギョッと表情を変えた。


「悪いリリーナさん! さすがにもう我慢出来ない!!」


 届くように声を上げれば、吹き飛ばされた先でゆっくりとリリーナさんが身を起こす。彼女はなんとか地力でアンジェリカのオーラに対抗しているようで、その赤い炎は既に鎮火していたが、しかしテトラとアイリーンは炎に焼かれたまま気絶してしまっているようだった!


「ユイ! ミリー! リリーナさんたちを頼むッ!!」


 無茶をする俺がそう叫ぶ頃には、二人とも石像の影から飛び出して既にそちらへ向かってくれていた。


「――任せてくださいカナタ! 必ず助けます!!」

「――ったくしょうがないわねっ! 任せなさいよ!」


 頼もしい返事に安堵する俺。

 素早くリリーナさんたちの元へ辿り着いた二人は、それぞれ別の回復魔術を用いてすぐにリリーナさんたちを治癒してくれて、テトラとアイリーンの炎もすぐに鎮火して傷も癒えていっている。二人の魔力量ならこの土地の影響なんて大した問題はない。こういうこともあろうかと二人にいろいろと【転写】しておいてよかった。ユイたちも頷いてるし、リリーナさんたちは無事らしい。


 そこでずっと呆然としていたシャルが口をパクパクとさせながら言った。


「なっ……カ、カナタ殿? ユイ殿に……ミリー殿まで……っ! な、なぜこのようなところに!? 国にいるはずでは! それに、一切の気配もなくっ!」

「王子様にシャルを頼むって言われてさ。着いたらもうまさかの展開だよ。つーかこれ、なかなかヤバイ状況っぽいな……!」


 シャルの前で格好付けたことでテンションが上がり、アドレナリンが出て恐怖心を抑えられてはいたが、目の前の幼い姿をした少女がしかし人の限界をはるかに超えた存在であることをただこの場にいるだけで否応なく身に刻み込まれる。既に頭の本は開きっぱなしで、いくつものスキルを併用しまくっていた。


 そして――アンジェリカの大きな赤い瞳が真っ直ぐに俺を捉える。

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