♯82 灼焔の竜姫《スカーレット・エンプレス》

 この目に見えるその数値は今まで見てきたものの比ではなく、存在そのもののレベル・・・・・・・・・・が明らかに他の生物を凌駕している。まさに桁外れのレベルだ! それもこんなに弱っている状態で!


「さぁやれドラゴニアよッ! まずはこの愚者たちを蹴散らし、国へ戻って戦争の準備を始める! そこで思う存分にお前の力を発揮してもらおう! 世界を掌握せしめるその力で、共に世界を革命するのだ! ハハハハハ!」


 牢から出てきた宰相は俺たちの方に剣を向け、勝利を確信した笑いを漏らす。

 俺たちは皆臨戦態勢に入り、俺もすぐに飛び出せるよう覚悟を決める。


 するとドラゴニアの少女がそっと口を開き――




「貴様も阿呆じゃな」




 軽く、その左手を横に振る。



「――は?」



 とつぶやいた宰相は次の瞬間にはもう弾き飛ばされており、その身体は遺跡の壁面に衝突して崩れおち、周囲を流れていた浅い秘湯の中にぐったりと倒れた。吹き飛ばされた際に聖剣は手放されてしまっている。


『――っ!!』 


 その光景に俺たちは言葉を失う。

 ドラゴニアの少女の手はブワッと立ち上る赤いオーラに覆われており、それが途方もない魔力の固まりであることが俺にはわかった。


「ぐっ!? がっ! ご、うぐ……が、が、あ、あああああっ!!!!」


 吹き飛ばされた宰相はその全身を赤いオーラに包まれており、それは端から見ればまるで灼熱の炎に燃やされているかのような光景だった。

 宰相はその顔を歪ませ、喉元を抑えながらその場を転がり続ける。次第にその赤いオーラは鎮火するように消えていったが、その頃には宰相はもう立てるような状態にはなく、今にも気絶する寸前というところだった。


 一方、ドラゴニアの少女はまるでハエでも払ったかのようで宰相にはまったく目を向けることもなく、手足に嵌められたままの手錠と足かせを見下ろし、なんと、それを素手でたやすく引き千切って破壊した!


「ふん、小生意気なシャーレの聖女めが。この妾を千年以上も封じる聖呪印を刻みおって。忌々しい」


 眉をひそめて吐き捨てるようにつぶやくドラゴニア。

 彼女はそれから長く伸びきって自分の顔を隠すほどになっていた前髪に触れ、年頃の乙女のように「邪魔じゃな」と鬱陶しそうにつぶやく。


 そこで、今にも意識を失いそうな宰相がガクガクとその手を伸ばした。


「ぐっ……ぎ、ぎざ、まぁ…………っ!」


 ドラゴニアの少女は前髪に触れたまま、宰相の方には一瞥すらせずに話す。


「あの使用人の小娘が言うたことを覚えておらんのか。その剣は貴様ごときには到底扱えんシロモノじゃ。家畜にどれほどの宝石を与えようが意味はない。何より、貴様のように穢れた魂のヒトごときが妾を従属させようなどと片腹痛い」

「――がふっ! ……や、やくそくが、ちが、う……!」

「そんなことはない。貴様が願う“世界の統一”を果たすためには貴様は不要だ。ゆえに排除したまでじゃ」

「な、なに……を……っ!」

「いつの時代もヒトは愚かじゃな。貴様らにこの妾が手なずけられると思うていたか」


 そう言いながら前髪に軽く「フゥ」と息を吹きかける少女。

 するとその前髪にボウッと赤い火が灯り、あっという間に髪を焼いてその顔が露わになる。焼き切れた髪は不思議と綺麗に整っており、まるで美容師の手にでもかかったかのようだ。


 前髪の出来に満足したらしい様子の彼女は少しだけ口元を緩め、それから落ちていた聖剣を足蹴にしようとして――しかし避けるように剣をまたいで、ふん、と短い息を吐いて堂々と胸を張って立つ。


 そしてその煌びやかな赤い髪を振り払い、赤い瞳を大きく開くと―― 



「妾を誰と心得る。現世において最も気高き始祖はじまりの竜族ドラゴニア――“灼焔の竜姫”スカーレット・エンプレス、『アンジェリカ・ヴィ・フレイル・ガーランド』である! ひれ伏すが良い!」



 美しい少女は自信に満ちあふれた傲岸不遜な態度で自らの名を語り、右足で地面を強く踏みつける。


 瞬間、彼女の――アンジェリカの周囲に赤いオーラが燃えさかる業火のように轟々と立ち上り、竜のような姿をしたそのオーラが激しい熱と質量を持っていることは、先ほどまで彼女が拘束されていた牢がどろどろに溶けたことですぐにわかった。


 同時に凄まじい魔力の勢いが重力のような“重み”となって俺たちに襲いかかり、リリーナさんやテトラ、アイリーンはその場に押しつぶされるようにひれ伏す。まるで空間全体を彼女に支配されたかのようですらあった。



「カナタ……こ、これは……っ……!」

「ちょ、あれマジ!? ねぇやばくない!? どうすんのよ!」

「ああ……あいつはちょっちマズイぞ!」



 石像の影でユイとミリーを抱え込む俺の額から汗がしたたり落ちる。

 気配をかき消すスキルに加え、【魔力耐性】を併用し、同時にユイとミリーにも同じ効果を分け与えることでなんとか堪えることが出来ていた。

【神眼】で視る限り、あいつはずっと封印されていてその魔力量はもうわずかに1%程度も残っていないはずなのに……とんでもない力だッ! 宰相たちもとっくに気を失ってしまってる!


 何より――このままじゃシャルたちが危ないっ!


 俺はその場から飛び出していこうとしたが、しかしリリーナさんは俺を見て頑なに首を横に振る。「来てはいけない。逃げてください」と、その目は強く訴えかけてきていた。


 この場の全員を威嚇するかのように魔力を放ったアンジェリカは、そこでようやくその猛る赤いオーラを鎮めつつ呼吸を整え、自分の手を見下ろす。


「――むう、封印が解けたばかりではこの程度か……。やはり、本来の力を取り戻さねばどうにもならんな」


 つぶやき、そしてゆっくりと歩き出す。


 彼女が歩み寄っていったのは――シャルたちが入ったままの牢屋!

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