♯81 聖呪封印《カディエ・ルレット》



「――ふ、ふざけるな! お前たちなどに我が国を任せられるはずがない!」



 宰相は聖剣を持ったまま兵士たちと共に牢を飛び出ると、そのまま奥の巨大な牢へと――あのドラゴニアの少女がいる牢へと向かう。


 途端に魔術師たちの魔術が解け、リリーナさんたちが自由を取り戻す。

 リリーナさんはすぐに起き上がって牢の中へ入りシャルの無事を確認するが、テトラとアイリーンは起き上がれないほど衰弱してしまっていて、乱れた衣服を直す体力すら奪われてしまったようだ。

 シャルもまた弱りながらリリーナさんに応えたが、シャルを縛り付ける太い鋼鉄の鎖の鍵もまた宰相が持っていたため、いかにリリーナさんとて強引に外すことは出来ないみたいだ。


 そして、俺たちの視線は宰相の元へ。


 彼はドラゴニアが封じられた牢の前に立つと、迷いなく牢の鍵を開け、中へと侵入。

 途端にドラゴニアの少女が顔を上げて揺らめく赤いオーラを発したが、シャルの聖剣がバリアのように宰相を守る。しかし、三人の魔術師たちはそのオーラに当てられて倒れてしまった。その身体から生気が抜け出ていくのがわかる。


「……! 宰相殿っ、何をするつもりだっ!」


 シャルが声を張り上げる。

 宰相はくくくと笑い、なんとその聖剣でドラゴニアを縛り付けていた両手の鎖を切断。重力によってドラゴニアの少女の手はバタッと地面に落ち、少女はその紅の瞳で宰相を見上げる。

 宰相は少女の顔に聖剣の切っ先を向けて言った。


「災いの竜ドラゴニアよ! お前に最初で最後のチャンスを与える! あの邪魔者たちを一掃し、私の支配の下で世界を服従させてみせよ!」

「…………」


 沈黙する少女。

 俺たちは一様に息を呑み、真っ先にシャルが叫んだ。


「何を馬鹿なことを! やめろ、宰相殿ッ!」

「黙れエイビス! ふふ、さぁどうするドラゴニアよ。従うのならばここですべての枷を――その“聖呪印”を外してお前を自由の身にしてやろうではないか!」

「…………」


 宰相の言葉に、しかしドラゴニアは何も答えない。すぐにその視線も下げられてしまう。

 それでも宰相は話し続けた。


「お前にもわかっているだろう? その聖女が施した聖なる刻印――『聖呪封印カディエ・ルレット』は永久の輝きによって罪人の身を縛り付ける。お前一人の力で外すことは絶対に叶わん! しかし、私にはそれが出来るのだ!」


 少女がわずかに身体を動かし、ジャラ、と鎖の音が響く。

 その鎖に繋がる手足の枷で輝くその『印』がいまも強い聖力を持っていることは俺の目にもわかった。


「しかし断るならば……この場でお前を処刑する! 今のお前の力では、この聖剣に逆らうことは出来ないということは理解出来よう? 貴様の禍々しい魔力を弾いたのが何よりの証拠! フフ、フフフフ!」

「…………」

「さぁどうするドラゴニア。お前ほどの存在が千年かけても手に入れることの出来なかった自由が! 今! 目の前にあるのだ! 人よりもはるかに高い知能を誇ると云われる竜族ならば容易に理解できよう! どう答えるべきなのかを!」


 ドラゴニアの少女はじっと床を見つめたまま、微動だにしない。


 ――一拍、音のない時間が流れて。


 やがて、彼女はつぶやいた。




「………………自由、か……」




 そのたった一言に、しかし宰相は大きく目を開いて手を広げる。


「そうだッ! こんなところでいつまでも生き延びてきたお前だ、喉から手が出るほど欲しいものだろう? それを私は与えてやれる! 宰相としての立場と、新たな聖剣の主としての力でな! だから誓え! 私に従属すると! さすれば我がヴァリアーゼがお前に自由を与えてやろう! そして世界を統一するのだ! 」


 満足げに語り尽くし、はぁはぁと息を荒げる宰相。


 対してドラゴニアの少女は何のリアクションも見せず、しばらくは息が詰まりそうなほどの沈黙を貫いていたが――



「…………よかろう、貴様の意を酌んでやる」



『っ!!』



 その言葉に俺たちは一様に息を呑む。

 だが宰相だけが破顔し、遺跡内に高笑いを響かせる。


 そして宰相はついに少女の足の鎖をも切断し――災いの竜と呼ばれたその少女、ドラゴニアは自由を取り戻してしまった!


「な、なんてことを……!」


 シャルが焦燥に震え、リリーナさんがその身体を支える。ようやく動けるようになった様子のテトラとアイリーンもフラフラと二人の元へ近づいていった。

 リリーナさんが俺たちの方へと視線を送り、軽く首を横に振る。「来てはいけません」という意味だろう。【集音】の才能でわずかに聞こえてきた声からもその意図がわかる。

 だが……みんなを放って逃げるわけにもいかない!


 そんな中、ドラゴニアの少女は強引に断ち切られた手足の鎖をジャラ、と鳴らしながらゆっくりと立ち上がり、自分の身体を見下ろす。

 長く伸びきった髪と、ボロボロに薄汚れたワンピースのような服。

 彼女はペタペタと地面の感触を確かめるように牢からその姿を現した。

 小柄な彼女はミリーと同じくらいの身長しかなく、外見はただの幼い女の子にしか見えない。だが、その内に宿る途方もない力の大きさが俺には感じられていた。




 ――【Lv3655】




 ……ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ!

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