♯85 猛る赤き竜

 二人分の強大な魔力をさすがのアンジェリカも無視出来なかったようで、バッとユイたちの方へ顔を向け、すぐにその手を伸ばして――オーラの竜と共に光を受け止めた。



「ぐっ!? が、ああああああああ――ッ!!!」



 まるで浄化されていくように光に包まれるアンジェリカの口から、初めて苦しげな悲鳴のような声が上がる。


 この特異魔術は【シンクロ魔術】と呼ばれるもので、高位の魔術師二人が強大な意志と魔力を完璧に合わせることによって行使出来る大魔術の一つであり、ユイとミリーにそれぞれ渡した“欠片の魔術”が上手くかみ合わなければ意味はなかった。二人がそれを扱える保証も何もない。


 けど、俺は最初から何も心配してなんてなかった。

 ユイとミリーが力を合わせれば――このくらいのことは余裕だってわかってるからな!



「よっしゃ行けるわよユイ!! 全力で! 押しっ、こめえええええええええええっっっ!」

「うんっ!! はあああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」



 二人の身体を流れる莫大な量の魔力が止めどなく注がれ、その魔術はさらに凄まじい威力へと変化していく。

 今までずっと魔力を溜めてきて、しかしそれを一切使うことが出来なかった二人。

 その力がこうして本来の力をを発揮したとき、それは爆発的なパワーを生む。例えこの地の秘湯でその威力が弱まっていようと、有り余る力は凄まじいものがあった!


 あまりの衝撃にその小さな身体は吹き飛ばされかけていたアンジェリカは、しかし、再び強く地面を踏みつけ!



「ッ!! ――――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」



 ひときわ大きな叫び声を上げ、その手を振り払う。

 するとオーラの竜がその前足でユイとミリーの魔術をかき消し、あれだけ眩しかった光はアンジェリカの赤い炎に食い尽くされるように消滅した。


「「!!」」


 大きく目を開いて驚愕するユイとミリー。


 ギロ、とアンジェリカの視線が二人の方へ向く。


「アルトメリアの民、だと……? よもや貴様らのような不完全種にこのレベルの魔術が扱えるとは、妾の知らない間にこの世界もずいぶんと変じたようじゃな……面白い。――だが、所詮は付け焼き刃じゃ。黙ってひれ伏せッ!!!!」


 アンジェリカがまた激しく地面を踏みつける。

 するとオーラの竜もその脚で地面を揺らし、同時に凄まじい重力のような魔力のプレッシャーがユイとミリーを襲い、二人はリリーナさんたちを守りながらその直撃を受け、地面に押しつぶされてしまう!


「ユイッ!! ミリーッ!!」


 助けに行こうにも、再びアンジェリカの視線が俺たちの方へ向いた。

 ふしゅう、と彼女の口から赤い魔力の煙が漏れ、その口端からわずかに赤い血が滲む。先ほどのシンクロ魔術によってわずかにでもダメージを受けていたようだった。

 口元を拭い、自らの血を見つめるアンジェリカ。

 するとアンジェリカは苛立つように地団駄を踏みながら、頭をわしゃわしゃとかき乱す。



「恥じろ…………恥じろ恥じろ恥じろオオオオッ! こんなモノが妾の力であってたまるか! 早く、早く力を取り戻さねばならぬ! 貴様らは邪魔だ……グオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」



 遺跡を震わせるほどの竜の絶叫。

 最初は話し合いでも出来るかと思ったけど……これはもう無理だッ! 弱ってる状態でこれだけの力があるなんて、やっぱり竜族は群を抜いてヤバイ!!!


 だが、だがそれでも俺は勇者だ――!

【思考加速】であらゆる状況に対応出来るシミュレーションを幾万通りも続けながら、写本の才能に次々にアクセスして心身を強化し、目の前の竜に集中する! 

 俺が逃げれば……もう終わりだ!!


「カナタ殿……無茶だ! これは人が関わってよい相手ではないっ!! 逃げろっ!!!」

「シャルたちを置いて逃げられるわけないだろ!」

「逃げていいんだ! これは私の行動の結果なのだから! すべての責任は私にある! せめて動けるユイ殿とミリー殿を連れ、私たちは置いていけ! 騎士として死ぬ覚悟はとうに済んでいるっ! だから早く逃げ――」


「だああああああああうるせー知るかよバカッ!!」


「なっ――ば、ばかっ?」


 集中してアドレナリンが全開な状態でいるときにそんなことを言われたものだから、俺はつい乱暴に叫んでしまった。


「シャルがどう思ってるとか関係ねー! 俺たちはシャルを助けに来たんだ! リリーナさんも! テトラも! アイリーンも! 一緒に同じ風呂に入った時点でもう友達なんだ! 仲間なんだよ! 仲間を見捨てて逃げる『勇者』がどこにいんだ! そりゃ俺はまだ勇者らしくもないただのガキだろうけどさ! それでも意地張んなきゃいけねーんだよ男の子は!」

「カ、カナタ、殿……」

「シャルもリリーナさんもテトラもアイリーンも置いてなんていかない! それが勇者としての俺の誇りだ!!」


 気持ちで負ければおしまいだ。

 俺は自分を鼓舞させるように叫ぶ間にもいくつもの才能を発動し続け、身体能力を向上させ、【炎熱耐性】を得て、【心の深化】で一気に七階層まで潜り、もはや異次元の領域とも呼べる世界に突入。同時に、常に【神眼】で相手の力を見極める!


 そしてわかった。

 アンジェリカの身体に残った魔力がその口元へ集中し、強い輝きを放ち始めている!


「妾を地に落とした女神だけは許さん……! その手の掛かった者も同罪である!」


 そこでアンジェリカが口を開けると、オーラの竜もシンクロするように巨大な口を開けて――




「灰燼さえ残さぬ――【ドラゴニア・インフェルノ】ッ!!!!」




 そこから、灼熱の業火が勢いよく吐き出された!

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